第111話 『魔導祭』準備
「さて、一週間後には『魔導祭』です、これからこのクラスから出場する選手を選びましょうか」
エラリアが教壇に立ち、全員を見渡しながらそう言う。
そしてフィアセルトと目を合わせ、手で呼び込んだ。
「フィアセルト、君に出場する人を選んでもらいたいの。人数は問わないわ」
「分かった、じゃあ全員こっちを向いてくれ」
このクラスで一番強いのはフィアセルトだ。
彼がこのクラスで何をしようが、誰も異を唱えられない。
フィアセルトが、強すぎるからだ。
「今回の『魔導祭』の種目は──『栄冠』だ」
『栄冠』──その名を聞いて、クラスがザワザワし始めた。
俺とシュヴァルツには何かさっぱり分からない、説明が欲しいのだが⋯⋯。
「ああ、君たち二人は知らないんだったか。じゃあ復習も含めて、説明しよう」
「察しが良くて助かる、じゃあお願いしよう」
「開始時に全参加者の中から一人、この小さな黄金の冠が配られる。そしてこの冠を最後に持っていた者のクラスが優勝、という訳だ」
フィアセルトが黄金の冠を魔法で作って見せる。
手のひらサイズの小ささだが、その輝きは隠しきれない。
いつの間にか、目を奪われていた。
「この冠は光り輝くせいで、誰が持っていてもバレてしまう、だからこの冠をいつ手にするか、どう防衛するかが肝になる」
単純に考えれば、最後の最後に持ってるヤツから盗めばいい。
だけど、それを失敗してしまったらおしまいだ。
武力のみが勝負を決めないこの種目、戦術を組み立てる者の頭脳が試される。
「説明も終わったことだ、早速選んだ者達を発表したいが──先に言っておく、今回は少数精鋭で挑むつもりだ」
クラスの雰囲気が、いきなり一変する。
先程まで寝ていたシュヴァルツも、空気の変化を感じ、目覚めた。
「俺も含めて、今回は五人だ。強さ、役割、現場の適応力、そして咄嗟の判断⋯⋯その判断要素から出場選手を選んだ。異論があれば、いつでも訓練場にて受け付けよう」
出たいなら、強さを証明しろ──そう言っているように感じた。
いや、実際そう言っているのだろう。
赫と蒼の目が、クラス全員を見渡した。
全員が姿勢を正し、フィアセルトの声に耳を傾ける。
「まずは一人目──俊敏さや隠密能力を評価して、リーシャ」
全員が黙し、次に名を呼ばれる者を待つ。
選ばれたリーシャも静かに座っている。
「二人目──俺と一番相性が良い魔導士で、視野の広さや純粋な魔法能力を評価して、エニアス」
エニアスも、一言も喋らない。
フィアセルトを除いて、残り二人。
「残り二人だが──圧倒的殲滅力と奇襲、そして対応の難しさとしてシュヴァルツ、戦略や頭脳、更に圧倒的防衛力と、オールラウンダーなブライア」
──クラスが、異様な雰囲気に包まれる。
俺も、まさか自分が選ばれるとは思っていなかった。
隣を見ると、シュヴァルツも疑問を抱いてるようだ。
そもそも、留学生の俺達は出場できるのか?
「そして僕、この五人で挑む」
クラス全員がフィアセルトの言葉を聞いた後、エラリアの方へ向いた。
恐らく、俺達の出場についてだろう。
エラリアも予想していたようで、すぐに言葉を返した。
「二人は出場できます。校長から許可も出ています」
先程までの厳粛な空気とは一変し、ザワザワとし始めた。
動じていないのは、俺達二人と、このクラスの『十大魔導士』の六人。
静まり始めた頃、フィアセルトが短い言葉を投げかける。
「──異議は?」
圧倒的強者の目が、俺達に牙を剥く。
それに恐れたのか、誰も、何も言わない。
フィアセルトが、強いから。
「何もないなら、選ばれた四人は後で来て欲しい」
そう言って、フィアセルトは自分の席に戻った。
エラリアが再び教壇に戻り、話し始める。
「先程も言いましたが、『魔導祭』は一週間後、このクラスの出場者の特訓に協力するなり、会場設営を手伝うなり、何か自分でできることを探しなさい。本日はこれにて解散とします」
エラリアが教室から去り、フィアセルトが立ち上がる。
リーシャとエニアスがフィアセルトに着いていき、俺とシュヴァルツもその後を追う。
「すまないね、二人とも」
「いや、いい。俺達が協力できることなら何でもやるさ」
「どんなヤツと戦えるんだろうな!」
もう既にコイツは戦うことを考えている。
シュヴァルツが負けることなんて想像つかないが、後で特訓でもするとしよう。
──いくつか、伝えたいこともあるからな。
「今回出場する選手全員、大会議場に行かなければならなくてね、だから呼んだんだ」
「全員って、10学年5クラスの選手全員か」
「出場登録をしないといけないんだ、だから全員集まることになっている」
ここから大会議場までそう遠くない、少し歩くだけだ。
⋯⋯『魔導祭』で、恐らく俺はユフィスティアと戦うことになる。
アイツの異質さには正直俺も怖い。
俺の味方っていっても、意図が見えない。
今回の目的は、アイツの何かを暴くことにしよう。
「着いたな、選手登録を済ませよう」
大会議場の大きな扉を開けると、そこには魔法学校の生徒が多くいた。
他クラス他学年と雑談する生徒、選手登録をしている生徒、この時点で宣戦布告をする生徒。
かなり騒がしいが、全員が『魔導祭』を心待ちにしていることはわかった。
「六年四組です、選手登録をしにきました」
「はい、では名前を」
「フィアセルト・フレンテ・アイシクルローザ」
「エニアス・ミルキス」
「リーシャ」
「ブライア・グリーンドラゴン」
「シュヴァルツ・レッドドラゴン!」
シュヴァルツだけ一際声が大きい。
まあ、これだけ騒がしかったら、目立つことは無い。
⋯⋯と思っていたのだが、やけに静かだ。
「おい、あれって⋯⋯」
「ああ、世界最強と剣聖だ⋯⋯」
「アイツらも出るのかよ」
「勝ち目、あるのか⋯⋯?」
俺達二人を見て、コソコソと話し始める。
そんな空気を破るように、一人、俺達に向かって歩いてきた。
「久しぶり、ブライア君」
「⋯⋯ユフィスティア・ラディス・フェインか」
「何度も言ってるじゃないか、ユフィでいいよ。君とは仲良くしたいからね」
この学校で、俺とシュヴァルツを見て怖がる者は少なくない。
だが、コイツは恐れるどころか、近づいてくる。
コイツ、本当に何が目的だ⋯⋯?
「よぉユフィスティア、僕に挨拶は無しか?」
「ボクに対して当たり強くない?嫌いなの?」
「好きとか嫌いとかじゃなくて、不気味なんだよ」
「へぇ、あのフィアセルト君が、かい?」
身長に差がある二人だが、そんな差など誤差だと言わんばかりに、二人の圧は拮抗している。
エニアスも、リーシャも止めようとしない。
恐らく、本当に恐ろしいのだろう。
隣のシュヴァルツも、真面目な顔をして二人を観察している。
暴れだしたら、本気で止めるつもりだろう。
「はいユフィ、ストップ」
「あれ、フィナじゃん。君も出るの?」
「私はまだ現役でいたいのよ」
美しい青髪を靡かせながら、こちらに近づいてきた。
青髪──もしかして、ブルードラゴンか?
「レッドドラゴンにグリーンドラゴン、いいじゃない。相手をしてあげるわ」
「あなた、もしかして⋯⋯フィナ・ブルードラゴン⋯⋯ですか?」
「そうよ──そして、『十大魔導士』序列三位」
確か、ゼナ・ブルードラゴンの娘。
そして──ガルの、実の姉。
「ブライア、先に言っておく──『十大魔導士』の殆どは飾り──俺達三人は、格上だ」
そう言うと、リーシャとエニアスが無言で頷いた。
ユフィスティアはニヤリと笑い、フィナは真顔で俺とシュヴァルツを見詰める。
「──何がなんだか分かんねぇけど、全員斬ったら勝ちだろ?な、ブライア!」
普段なら頭が痛くなるシュヴァルツの発言。
だが、その発言に救われた。
この地獄のような空気を変えてくれたからだ。
「そうだな、俺達は実績もそれに伴う実力もある──挑戦状なら受け付けるぞ」
「⋯⋯言うじゃない、君──絶対に倒す」
「それでこそ最強、君は自信に満ち溢れた姿の方が似合っているよ」
フィナは敵対視し、ユフィスティアはまた笑う。
そして、フィアセルトは──
「──君達が仲間で、心強いばかりだ」
俺とシュヴァルツに笑顔を向ける。
シュヴァルツの方を向くと、シュヴァルツも俺に笑顔を向けてきた。
──『魔導祭』が、楽しみになってきた。
「はっはっは、頼もしい未来の魔導士達ですね」
──突然、校長のドラグレイヴがやってきた。
底知れない恐怖とおぞましさに、俺は飛び退いた。
それと同時に、フィアセルトとフィナも俺の隣にいた。
あそこに残っていたのは、ユフィスティアのみ。
「や、校長さん」
「ユフィスティア君はいつも通りですね、あの三人の反応が普通でしょうに」
「ま、そうだろうね」
──アイツ、校長のおぞましさに気づいていないのか?
いや、それとも──耐性がある?
何にせよ、アイツはやっぱり異質な存在だ。
「驚かせて申し訳ない、そんなつもりはなくてね」
⋯⋯何故だ、恐怖がまとわりついて離れない。
前は時間が経てば少しだけ和らいだはずだ。
──もしかして、フィアセルトとフィナも俺と同じ状態か?
「まだ警戒が解けないみたいですね⋯⋯では私は去りましょう、邪魔してすみませんね」
ドラグレイヴはそう言って、大会議場から去った。
ユフィスティアもそうだが、アイツもよく分からない。
あれだけ俺に恐怖を与えられるような種族って、一体何なんだ⋯⋯?
「⋯⋯やっと去ったか」
「君も、あれの恐怖を感じる体質なんだね」
「ええ、同じ人がいてくれて少し安心しました」
いつの間にか、ユフィスティアもいなくなっていた。
生徒達も徐々に減っていき、残るは数名。
「俺達も帰るか、シュヴァルツは明日出かけるぞ」
「ん?ああ、分かった」
「じゃあまた」
「ああ、またな」
大会議場の扉を閉め、部屋に戻る。
道中、シュヴァルツは何も聞いてこなかった。
その方が楽だから、俺としてはありがたい。
「おやすみ、シュヴァルツ」
「また明日な、ブライア!」
────そして一週間後、『魔導祭』の開幕。