第110話 酔い
「⋯⋯ねぇブライア、一体どういうことかしら?」
「あ、あはは⋯⋯そういう日もある、諦めてくれ」
「アホシュヴァルツを止めれるのはアンタだけなの、その役割の重要さ、そろそろ分かってくれない?」
「ぜ、善処する⋯⋯」
ノラスによる、説教タイム。
シュヴァルツには一発拳骨。
アルプは親睦会だと騒ぎ、ノラスに怒られて隣で正座。
魔法学校の方は別室で準備中、賑やかな声が聞こえてくる。
⋯⋯ここまで対極な図も、なかっただろう。
「赤髪のバカ、楽しいのは分かるけど調子乗り過ぎ。次やったら斬る」
「⋯⋯すみません」
「アルプ、あんたははしゃぎすぎ、喧しいのよ」
「ごめんね、ノラスちゃん⋯⋯」
「まあ、向こうもやる気みたいだし、こんくらいで許したげる──赤髪のアホはマジで斬るからな」
シュヴァルツは一瞬震え、コクリと頷く。
何故俺とアルプまで怒られたんだ⋯⋯度し難い。
まあこの程度で終わったくらいだし、そんなに怒ってないんだろう。
「お、来たね。こっちは殆ど終わったよ」
「助かったよ、フィアセルト」
「これくらいはお安い御用さ、むしろ僕らのやる事が飾り付けだけでいいのか不安なくらいだ」
怒られてる最中、飾り付けを頼んでいた。
中心には長机が四つ程、その上には温かい料理がずらりと並んでいる。
全て、俺とノラスで仕上げた。
ノラスの料理スキルは凄まじい、とても参考になる。
「シュヴァルツ、つまみ食いすんなよ」
「しない!」
「その手はなんだ赤髪」
「アダッ!」
しないと豪語しておきながら、俺の作った唐揚げに手を伸ばすシュヴァルツ。
ノラスに手を叩かれ、少し大人しくなった。
「ったく⋯⋯」
「こっちは全部終わった、もうそろそろ始めようか」
魔法学校側の六人と、俺たち四人が向かい合う。
グラスを持って、天に掲げた。
『かんぱーい!』
全員がグラスをぶつけ、中身が少し零れる。
それも気にせず、中のドリンクを飲んだ。
俺とフィアセルトはソーダ、他全員は多分酒だろう。
「ブライアの飯は相変わらず美味いな!」
「確かに美味い⋯⋯値段の高い料亭で出されてもおかしくないぞ」
「ねえねえ、料理教えてくれない?」
「その辺りの料理はノラスだから、ノラスに教えて貰ったらいいんじゃないか?」
そう言うと、一斉にノラスの方に輝く視線が向いた。
ノラスは面倒そうな顔をし、ため息を吐く。
「別にいいわ。ただ、この赤髪みたいに下手くそだったら諦めるわよ」
「俺は下手くそじゃない!」
「厨房爆発させた癖に何言ってんのよ」
ノラスがシュヴァルツに料理を教えた時、何故か厨房が爆発したみたいだ。
詳細を聞いてもよく分からなかったから、適当にノラスに説教させた覚えがある。
「そういえば、このトランプっていうのを持ってきたんだ」
「帝国で話題になったやつか?それなら知ってるぜ!」
「確か、それブライアが開発した遊びだったかしら?」
帝国で冒険者をしている間、色々とゲームをこの世界に流行らせた。
トランプ、すごろく、ビンゴ⋯⋯他にも道具の必要のないしりとりやじゃんけんなど、レジェンドに教えた。
それをレジェンドが気に入ったお陰で、帝国を発祥として様々なゲームが開発されていく。
本来はもっと昔の人間が開発した遊びだが、この世界では俺しか知らない知識だ。
まあ、許してくれるだろう。
「帝国でそんなことまでしていたのか⋯⋯じゃあ、全員で勝負しないかい?」
「勿論、種目は?」
「二手に別れて『ダイフゴウ』にしよう」
大富豪──前の人より強いカードを場に出していき、一番早くに手札が無くなった者に、階級が割り当てられていく。
向こうでも認知度の高いトランプゲームだからか、こっちでもよく流行った。
ルールが覚えやすいっていうのもあるだろう。
「10枚のカードで、黒が出た5人と、赤が出た5人で別れようか、じゃあ配るよ」
黒と赤が5枚ずつになっているか確認してからシャッフルし、フィアセルトが全員に配った。
配り終え、全員がカードの表を向ける。
「エニアス、ヨーメア、リーシャに、ブライアとアルプが黒だね」
「となると、赤はフィアセルト、ナルフィン、リフィア、ノラス、シュヴァルツだな」
「全5ゲームで勝ち抜けを決めよう、それじゃ始めようか」
長机を移動させ、二組に別れて大富豪が始まった。
二組で大富豪と富豪を決め、残った四人で優勝を決める。
手加減はしなくていいだろう。
「カード配ったから、始めようか!」
──今回、一切手は抜かなかった。
予選の方では、四人を圧倒して大富豪で一位抜け。
富豪の二位はヨーメアだった。
「なんでカード運そんなにないのに強いの?」
「急に失礼だな。まあ⋯⋯このゲームはどこでどのカードを使うか、が大事だからな、運だけのゲームじゃないんだ」
今回、俺にジョーカーは一度も届かなかった。
それどころか、ジョーカーの次に強い2すらも片手で数える程しかなかった。
それでも、持ち前の頭で何とか勝利を手にしたのだ。
まあ、元々ルールを熟知してたってのもあるだろうが。
「そっちはブライアとヨーメアかい?」
「そっちは⋯⋯フィアセルトとノラスか」
「シュヴァルツは残念ながら最下位、アホすぎるのよアイツ、運だけは良かったけどね」
「そ、そうか⋯⋯」
シュヴァルツに戦術や論理的思考の戦いをすれば、どう足掻いてもシュヴァルツは負ける。
しかし、直感をアリにしてしまえば、アイツは無類の強さを誇るのだ。
シュヴァルツの持ち前の運と野生の勘が、シュヴァルツたらしめている。
だが、こういうゲームは当然のように弱いみたいだ。
しょんぼりしているシュヴァルツもなんだか面白い、是非あのままでいてほしい。
「さて、じゃあ勝者を決めようか」
──全5ゲームだというのに、決勝戦は一時間程かかった。
特に制限時間をつけていなかったのもあるだろうが、全員が賢い為、長考しがちなのだ。
長い戦いに、シュヴァルツ以外の全員の目が釘付けになっていた。
「──これでおしまい!」
勝者は、この俺だった。
他が長考する中、俺は一瞬で思考を完了させ、最適のカードを導き出す。
このスムーズさに焦りだしたヨーメアとノラスは崩れたが、フィアセルトは特に動揺しなかった。
少し油断していれば、恐らくフィアセルトに負けていただろう。
「流石に強いな」
「流石ね、賞賛に値するわ」
「成程、手札運が悪くても、実力で覆せるのか、いい勉強になった」
大富豪が終わり、また酒を飲んで雑談が始まった。
雑談といっても、俺たち四人がこの学校について質問しているくらいだ。
──そして、俺とフィアセルト以外の八人が酔い始めた頃。
「はぁ⋯⋯こうなると思ったよ」
「まともなノラスですら、寝ちまったしな」
ノラスは酒を飲んだら寝る。
自分で起きない限り、ずっと寝続けるのだ。
シュヴァルツとアルプは、騒ぐ。
笑い、飲み、食べ、また笑う。
確実に騒音だろうに、誰も文句を言ってこない。
恐らく、フィアセルトが遮音してくれているのだろう。
「⋯⋯なんか、ゴメンな」
「こっちの五人も、酒癖悪いからお互い様だよ」
今日話した通り、リーシャは何故か泣いている。
その隣で騒いで慰めるリーシャ。
エニアス、ヨーメア、ナルフィンは何か言っているようだが、ほとんど聞き取れない。
どうせ全員明日になれば忘れている、飲んでいない俺たち二人が覚えていることになる。
「いい迷惑だな、ほんと⋯⋯」
「ちょっと、外にでも出るかい?」
「そうする、ここは酒臭い」
俺とフィアセルトが外へ出る。
外の迷惑にならないように、フィアセルトがきちんと遮音をしてから学校の外へ向かった。
この国にも四季はあり、今は春。
少し肌寒いが、丁度いいくらいの気温だ。
「ふぅ⋯⋯なんだか疲れたね」
「もうあそこには戻りたくない」
魔法学校の端にある訓練場の草原、そこのちょっとした段差に並んで腰掛ける。
ここは星がよく見える、この世界の星はかなり綺麗だ。
天の川とはまた違う銀河が空を覆っている、見ていて凄く新鮮で面白い。
「何か、聞きたいことがあるんじゃないのかい?」
「⋯⋯昨日、ユフィスティアに会ったんだ」
「彼については特に知らない、って言ったと思うんだけど」
「いや、それじゃない⋯⋯あの目、この世界じゃおかしいんだ」
──昨日、部屋に戻った後に神智結晶に聞いてみた。
あの目は確実にこの世ならざる者──神聖な気配がした、と。
だが、敵意はない⋯⋯むしろ、俺の仲間になりたいみたいだ、と言っていた。
それを確かめる為、『魔導祭』でアイツと戦うことがあれば、俺に任せて欲しい、そうフィアセルトに伝えた。
「それは別に構わないよ。むしろ、僕はアイツの相手をしたくないんだ」
「それは⋯⋯アイツが不気味だからか?」
「そうだね⋯⋯僕の『聖霊』とはまた違う異質さ⋯⋯君が彼に神聖を感じるなら、間違ってはいないのだろうけど⋯⋯どうしても、僕は彼に疑いの目を向けてしまう」
まあ、確かにアイツは何かおかしかった。
底知れない実力、美しくも全てを見透かすかのような瞳⋯⋯あの歳で、あそこまで威圧感を出せるのは確実に才能と言う他ない。
それでも──俺は、アイツと戦うのが楽しみだ。
「さて、それじゃ部屋に戻ろうか」
「何も壊してないといいが⋯⋯」
不安を抱えつつも、酒の匂いのする部屋に戻る。
扉を開けると、そこには床や机ですやすや寝ている八人がいた。
先程まであんなに面倒だったのに、何故か仕方ないと思えるように、微笑む。
フィアセルトも、どうやら同じみたいだ。
「僕たちもそろそろ寝よう、ここはどうする?」
「明日朝できるだけ早く起きよう、コイツらもどうせ二日酔いしてるだろうしな」
そうして、別室で眠りについた。
──少し時は流れ、学期末。
待ち望んでいた『魔導祭』が、やってくる。