第109話 散策
「お、いたいた!」
「今日は頼む、フィアセルト」
魔法学校の大門、その前に居たのはフィアセルト達。
フィアセルト、ヨーメア、リーシャ、リフィアと、名前の知らない二人がいた。
恐らく、四位と七位だろう。
「まずは自己紹介だな、改めてフィアセルト・フレンテ・アイシクルローザだ」
「『十大魔導士』序列四位のエニアス・ミルキスだ、宜しく頼む」
「序列五位、ヨーフェン・メルド・アリア⋯⋯ヨーメアでいい」
「序列七位のナルフィン・フランツだ」
「九位のリーシャ、宜しく」
「十位のリフィア・ヘルマトーレ、宜しく!」
向こうの六人の自己紹介が終わった。
知ってるとは思うが、一応俺達も自己紹介しておこう。
「ブライア・グリーンドラゴンだ、この学校で一年程世話になる」
「シュヴァルツ・レッドドラゴンだ、よろしくな!」
「それじゃ、早速案内しよう」
魔法学校から離れ、坂の下を降りていく。
すぐそこに見えるのは、住宅街。
西洋風の家屋が立ち並ぶ中、更に奥には静かな露店や酒屋が静かに並んでいる。
「それにしても、ここなんか呼吸しにくくないか?」
「あー、多分この辺は魔力濃度が高いんじゃないかな」
「魔力濃度?なんだそりゃ」
「もっかい一年の授業聞き直してこいバカが」
「⋯⋯俺が説明する」
基本、シュヴァルツは人の話を聞かない。
退屈な座学となれば、尚更だ。
呆れたように、フィアセルトが説明を始める。
「魔力には濃さ薄さがある、濃い魔力であればある程扱いは困難を極める⋯⋯魔力を暴発させれば、濃い魔力を一時的に発生させることができる」
「俺が戦ったシガレット家のアイツがやってたな!」
「ああ、普段から僕たち人間は薄い魔力濃度で暮らしている、だからそれに慣れている人は魔力が濃い所だと呼吸が少し苦しく感じる、これが魔力濃度による影響だ」
「じゃあ、なんでここは魔力濃度が濃いんだ?」
「⋯⋯突如発生した迷宮のせいさ」
「迷宮?何かあったのか?」
「ああ⋯⋯すぐそこにある、案内しよう」
──数十分ほど歩き、街を離れた場所。
そこには、俺たちを飲み込まんとする程の恐ろしい迷宮があった。
「一年近く前、突如発生したこの迷宮は、未だ踏破されていない」
「へぇ⋯⋯どこまで進んだんだ?」
「──まだ一層も踏破できていない」
──一層も、攻略できていない?
そんな迷宮、聞いたこともない。
今まで発見された迷宮の殆どは攻略し尽くされている、一年もあれば必ず一層は踏破できるはずだ。
いや、一層どころか、迷宮自体の攻略も可能のはず。
それ程までに、この迷宮は恐ろしい⋯⋯のか?
「おいおい⋯⋯冗談だろ?」
「残念ながら事実だ、この迷宮は他とは格が違う、僕たちですら立ち入りは禁止されているからね」
「この迷宮に何があったんだ⋯⋯?」
「さあね、僕もこの迷宮については何も知らない──だが、この迷宮は『魔導祭』に使われるみたいだ」
「──この迷宮の攻略をさせるつもりか!?」
「恐らくは、そうだろう」
一層も踏破できていない迷宮を生徒に攻略させるなんて、学校側は何を考えているんだ?
明らかに正気じゃない、誰も止めなかったのか?
「『魔導祭』を仕切るのは、毎回校長だ⋯⋯この迷宮の攻略も、校長が提案し、決行するつもりだろう」
「あんな優しそうな人が、何を考えてんだ?」
「優しそう⋯⋯?お前、本気で言ってんのか?」
シュヴァルツの発言に、俺は耳を疑った。
だが、シュヴァルツは何がおかしいという顔で、疑問そうに俺を見る。
フィアセルトを見ると、力無く頭を振っていた。
「アレのヤバさに気づけるのは、ごく一部の人間だ。僕以外のこの五人も、あの恐怖に気づいていない」
フィアセルトは、校長の恐ろしさに気づいているみたいだ。
だが、他の五人も何を言っているという風に、疑問を抱えていた。
シュヴァルツは強い、この五人も決して弱くはない。
なのに、何故アレに恐怖を抱かない?
強ければ強い程、校長を見れば恐ろしく感じるはずだ。
あの校長、本当に何者なんだ⋯⋯?
「『聖霊』の一族である僕が、あの生物に恐怖を抱いた、アイツは最早人間じゃないとかいう次元じゃない──僕より遙か上位の種族は、片手で数える程しかいないからね」
「本当に、あの校長は何者なんだ⋯⋯?」
俺の中にいる五人に聞けば、何か分かるのだろうか。
神智結晶やオニシエント辺りなら何か知ってそうだ。
⋯⋯反応がない?
寝てるのだろうか──いや、もしくは都合が悪いのか。
コイツらは俺に知られたくないことがあれば急に黙る、この反応的に何かあるのは間違いない。
あの禍々しさ的に、『魔』に関係しているのは確実だ。
⋯⋯いや、これ以上は詮索しないでおこう。
あれとできるだけ関わらない、その方針を取る。
「まあ、暗い話はここまでにしておこう。次は別のお祭りについて話そうか」
「祭りか!何があるんだ?」
「『恵みの祭』と呼ばれる、様々な神による魔法や食物への恵みに感謝する、大々的な祭りだ」
「お!俺それ行ったことあるぞ!」
シュヴァルツはその祭りに行ったことがあるのか。
俺は行ったことがないな、あまり家から出る用事もなかったし。
帝国の祭りには何度か参加したけど、スティア王国の祭りってなると、特に記憶もない。
祭りには積極的に参加しよう、特に神に関係する祭りには。
俺も神になりかけている存在、今の間に伝承や伝説とはいえ、知識として蓄えておくのに無駄は無いはずだ。
「その祭りではとある伝説があってな」
「伝説?なんだそりゃ」
「一週間その祭りは行われるんだが、最終日に花火が上がるんだ。花火の最後の一発に自分の想う相手に告白すると、必ず成功し、幸せに暮らすってな」
「へー⋯⋯あれ、それどこかで⋯⋯」
どこで聞いた話だったか⋯⋯あれ、もしかしてファルド先輩とネル先輩だったか⋯⋯?
もし俺の記憶が正しかったら──あの二人、良い家庭を築くんだろうな。
まあ、多分俺の記憶違いだろう。
──とある訓練場にて
「へくちっ!」
「あら、風邪でも引いたのかしら?」
「いや、大丈夫⋯⋯のはずだ」
ファルドは変な悪寒がしたが、大丈夫だろうと気にはしなかった。
──静かな街中にて
「何だか静かだな、どうしてだ?」
「夜になればまた騒ぎ出す、今はどの家も仕事で出払ってるからだろう」
「まあ、この辺はスティア王国でも端の方だからな、中央都市に比べれば静かなのは当然だろうな」
世界一の王国とはいえ、端の方は静かだ。
中央都市の方が物は売れるし、警備の仕事をするにもそっちの方が稼げる。
とはいえ、騎士がこの街を巡回しているのも事実だ。
いくら静かとはいえ、強盗や殺人といった事件は起こり得る。
どんな土地でも、警備というのは必要なのだ。
「飲み屋街に行けば少しは賑わってるだろうけど、今は行きたくないな⋯⋯変な酔っ払いに絡まれるのはゴメンだ」
「夜でも変な酔っ払いしかいないだろ」
「ヨーメアも酒癖悪いだろ、自分のことを棚に上げんな」
「コイツ記憶無いから余計タチ悪いよな」
そういえば、この世界では酒は十五歳からだったな。
確かに少し前にレジェンドと飲んだ、あまり良さは分からなかったが⋯⋯歳を取れば分かるのだろうか。
「それでいえば、シュヴァルツも良い勝負しそうだな」
「俺は酒に強いぞ?」
「何言ってんだお前、酔っ払ってノラスに殴られてただろ」
その話を暴露すると、クスクスと笑いが起こる。
シュヴァルツにはもう二度と酒を飲んで欲しくないと思う程、酷かった。
あまりにも騒ぎすぎて、その辺にある物を壊す始末。
最終的にノラスによるコブだらけ、一応俺が治療したから、後遺症はない。
コイツも暴れた記憶はないから、余計がタチ悪い。
「アタシ達は大丈夫だよね!」
「リフィアも騒ぐ方だと思うけど⋯⋯?」
「リーシャ、お前は酔ったら寝るまで泣くじゃねえか」
「ちょっと、言わないでよ⋯⋯!」
何だか、コイツらの意外な部分が知れた。
酒というのは人を狂わせる、俺も気をつけるようにしよう。
「そういや、フィアセルトが酒飲んでるとこ見た事ないな」
「僕は酒が飲めないんだ、あまり好きじゃなくてね」
「まあ、確かに飲んでるとこは想像つかないな」
「多分種族的な問題だろうね⋯⋯どこかで読んだのは、『聖霊』は祭りでも一切ビールやワインを飲まなかったみたいだからね」
アルコールが苦手なのだろうか。
この世界でワインが苦手というのは、かなり珍しい。
料理にもワインはかなり使われている。
アルコールを飛ばせば食べれるのだろうか。
「俺たちでパーティでも開いてみたいな!」
「まあ一年はあるし、その機会はあると思うぞ。その時はノラスとアルプも誘おう」
「帰ってから親睦会的な感じでやろうよ!どう?」
「いいなそれ!そうと決まれば、早速買い出しだ!」
「おいおい、明日普通に座学があるんだが⋯⋯?」
リフィアとシュヴァルツはそんなのお構い無しというように、駆け出していく。
それに感化されたのか、ヨーメア、エニアス、ナルフィンもそれに着いて行った。
「酒は僕が選ぶ、僕の選んだ酒に間違いは無い」
「俺に食材を選ばせろ!」
「俺はつまみを選ぶ、邪魔すんなよ」
置いてけぼりにされたのは、俺とフィアセルト、そしてリーシャ。
目が点になりながらも、呆れて、歩いて追いかける。
いや、追いかけるつもりもなくなった。
ああなったヤツらは、どう足掻いても止まらない。
特に、シュヴァルツなんかは絶対止まらない。
「⋯⋯好き勝手させていいのか?」
「いい、アイツらはもう止まらない、今までの経験則が物語ってる」
「⋯⋯リフィアももう無駄だね」
──この日の夜、とんでもない親睦会が開かれるのだった。