第104話 スティア国立魔法学校
長い長い冒険者の期間が終わり、六年生となった。
六年生は特に特別なこともない、平和に過ごせたらそれでいい。
──と、思っていた。
「何の用だ?」
「ブライア、お前に招待状だ──スティア国立魔法学校の、留学推薦状」
「魔法学校に留学?」
「そうじゃ、他にも推薦状が届いておる⋯⋯受けるか?」
魔法の専門学校に留学か。
特にデメリットもないし、学べるものは全て学ぼう。
「受けよう、他に推薦状を貰ったのは?」
「名指しで貰ったのはお前とシュヴァルツ・レッドドラゴンだけじゃ、残り定員は四名、これは希望した者に渡そうと思う」
俺は魔法を扱うからまだ分かるが、シュヴァルツ?
剣しか扱わないアイツに、何故推薦状が届いたんだ。
「何か疑問か?」
「いや、シュヴァルツ が呼ばれているのが気になってな」
「アイツは剣士の特別講師としての推薦みたいだ、向こうの学校に剣を扱う者は殆ど居ないから、実践させようとしているのだろう」
成程、そういうことか。
この国で現在、シュヴァルツより強い剣士はいない。
だから留学という名目で、剣士に対抗出来る魔法を試す為にシュヴァルツを呼んだのだろう。
「いつから行くんだ?」
「もう既に募集をかけてあるから、今日中に四名の希望者を選定する。出発は明後日だ」
「分かった、ありがとう」
校長室の扉を閉める。
魔法学校への留学⋯⋯今まで見たことの無い魔法も見れるのだろうか。
楽しみだ、見た魔法は全部俺が再現してやる。
──翌々日、貴族学校大門前
「よくぞ集まってくれた」
早朝、魔法学校の前に現れた中年男性姿のクリーナ。
一応他の生徒もいるから姿を隠しているのだろう。
「それでは、早速出発しよう」
俺達の足元に、魔法陣が展開される。
次に目を開けた時には──魔法学校の門前だった。
「でっけえ⋯⋯!」
今回来たのは俺、シュヴァルツ、アルプ、ノラス、そして双子の妹のシャルナとミルナ。
全員、俺の知り合いだ。
「シュヴァルツ、相手に失礼ないようにしなさいよ」
「俺も貴族の一員なんだ、当然だろ!」
「ちょっと不安だけどね⋯⋯」
そんなやり取りをしながら、門をくぐる。
大きな校舎が見えた瞬間、真上から人が降ってきた。
「ようこそお越しくださいました、貴族学校の皆様。私、ティアス・フェンドリクシーと申します」
「これはこれはティアス殿、お出迎えに感謝します」
金髪のサングラスをかけた男が、箒に乗って目の前に現れた。
俺の想像する魔法使いのようだ、凄く面白い。
「中で校長がお待ちです、さあお入りください」
ティアスに導かれて、黒い大扉が開かれた。
中にいたのは、白と黒を基調とした制服に袖を通す生徒達。
そして中心から、黒いスーツを着た老人が歩いてきた。
「どうも、私が魔法学校校長、ドラグレイヴ・ハイマードです」
──その姿を一目見た時、俺は臨戦態勢に入っていた。
どんな者でも恐怖に陥れるような暗黒の魔力に、底知れない実力。
次の瞬間には、殺されるとも思った。
それ程までに──この校長は、ヤバい存在。
強い弱いという問題ではなく──おぞましい。
「⋯⋯ブライア、どうした?」
「──っ!いや、何でもない⋯⋯失礼をお許し下さい、魔法学校の校長殿」
「いえ、構いませんよ。私の姿を見て臨戦態勢に入る人は、そう少なくありませんから」
俺は笑みを浮かべつつも、冷や汗をかく。
コイツを見た瞬間からの恐怖が止まらない。
一体、コイツは何者だ⋯⋯?
「皆様を歓迎致します、案内はそちらのティアスにお任せしましょう⋯⋯校長殿はコチラへ」
「それでは私は行ってくる、失礼のないように」
クリーナとドラグレイヴが去る。
お出迎えの生徒達も二人の為に道を開け、散っていった。
「それでは、魔法学校の案内を致しましょう」
⋯⋯あれは一体、何だったのだろうか。
──魔法学校校長室にて
「──もう解いていいですよ」
校長室の扉が閉まった瞬間、ドラグレイヴはクリーナに合図した。
クリーナは中年男性から金髪の美少女へと変わり、乱雑に豪華な椅子へと座る。
「彼⋯⋯中々良いです、私の研究対象になりそうですね」
「ブライアは確かに強いが⋯⋯研究は褒められたものじゃないな」
クリーナが姿を晒し、威圧的になる。
ドラグレイヴのイカれた研究は、クリーナはよく知っているのだ。
そして、ドラグレイヴこそが──
「──下衆な魔龍め」
──魔龍デビルなのだ。
クリーナは魔龍の存在を知っておきながら、他の者達に隠している。
その理由は、至って単純。
「魔王を解禁されたくないでしょう?大人しくしておくことですね」
クリーナは、魔王の封印なんてしていない。
クリーナが魔龍デビルに従うことで、魔王の復活を抑えているだけだ。
自身の欲望の為だけに生きる存在、それが魔龍デビル。
彼に目をつけられたら最後──その者は、終焉の道筋を辿る以外ない。
「さて⋯⋯『魔天究極獄法』は完成しましたか?」
「まだまだだ、魔力が使えなくなる後遺症を無くすのに難航している」
「まあ、それは仕方ありませんね⋯⋯あの魔法の強力さに対するデメリットなのだから、それは割り切りましょう」
魔法についての理解度の深さは、この世界で魔龍デビルがダントツと言っていい程だ。
強力な魔法であればある程反動やデメリットもある、その原理を魔龍デビルは知り尽くしている。
『魔天究極獄法』となれば、尚更だ。
「まあ、魔力を暴走させず、全てを抑え込んで使えるようになるまでにできるのは、あなたしかいませんからね──始まりの魔女」
魔龍デビルですら、魔女についてはよく分かっていない。
魔女は言わばこの世界のイレギュラー、誰にも予測できない存在だ。
「それで、何故儂を呼んだ?」
「少し、警告をしたかったのですよ──近々、私の意思が全く介入していない魔王が誕生します」
「──何?」
「近々⋯⋯まあ、およそ一、二年後でしょうか⋯⋯あなたにはそれを、命を懸けてでも止めてもらいたい」
「頼み事だなんて、珍しいな」
「邪魔になるんですよ、その魔王──今まで私が生み出したどんな魔王よりも、圧倒的に強いのですから」
魔女が自然発生の災害だとすれば。
魔王は魔龍デビルが起こす、人工的災害だ。
ただ──今まで何度も魔王を生み出してきた魔龍デビルが、自分の上をいくと断言した。
クリーナですら、警戒せざるを得ない。
「⋯⋯それは、魔女じゃないのか?」
「そうかもしれませんね⋯⋯魔王か、魔女か⋯⋯いずれにせよ、何かの大災害がこの国を襲います。その時は私も尽力しましょう」
「了承しよう、その災害の情報はないのか?」
「一つ分かるのは⋯⋯その魔王、もしくは魔女には『愛』が関係しているようです」
「⋯⋯『愛』?」
「私も詳しくは知りません、その時になれば分かるでしょう」
未曾有の危機に、龍であるデビルと、魔女であるクリーナが戦慄する。
魔龍デビルの魔力による感知は世界で一番、この未来は既定路線だろう。
二人しか知らない情報を、どう回避するのだろうか。
──魔法学校第一校舎
「この学校は三つの校舎があってね、座学をする為の教室はこの第一校舎に固まっている」
ティアスによる魔法学校の紹介が始まった。
魔法学校も既に授業は始まっている様子で、大体の教室は静かだ。
よく喋るシュヴァルツも、邪魔してはいけないと思って珍しく静かになっている。
「第二校舎は実験室が固まっていて、第三校舎は魔法の実技訓練といった場所だ」
「魔法の実技をする校舎があるのか!」
「行くとしても明日よ、今すぐはダメ」
やっぱり、シュヴァルツはシュヴァルツのまま。
いつでも戦いを好んでいる。
「そういえば、私達ってクラスはどうなるの?一応留学なんですよね?」
「そうだね、シャルナちゃんとミルナちゃんは二年二組、アルプちゃんとノラスちゃんは六年一組、シュヴァルツ君とブライア君は六年四組に入ってもらうよ」
二人一組でクラス分け、ということだな。
俺はシュヴァルツと一緒だが⋯⋯大丈夫か?
「この学校は、君達のように十歳から入学という訳ではなく、何歳で入学してもいいようになっている。君達より年下や年上の人達が同じクラスにいるかもしれないけど、仲良くしてあげてね」
「当然だぜ!」
「じゃあ、校舎紹介はこれで終わり、今からそれぞれの教室に入って自己紹介してもらうよ。本格的な授業は明日から、何か分からないことがあったら周りの人達に聞いてね」
そう言うと、ティアスは去っていった。
俺達の目の前にあるのは二年のクラス、ここでシャルナとミルナとはお別れだ。
「じゃあ、二人とも頑張って。俺達ももう行くから」
「はい、お兄様も頑張ってください」
「兄ちゃんばいばーい!」
二人が教室に入っていくのを見送ってから、俺達は階段を上がる。
誰もいない廊下というのは、こんなに静かで寂しいものなんだな。
「そういえば、ノラスはなんで応募したんだ?」
「私?私はちょっとでも便利な魔法を覚えたり、魔法使い相手の剣術を勉強したいからよ」
「剣術の名家出身なのにって思ったら、そういうことか」
やっぱり、留学の目的はそれぞれだな。
アルプは魔法の名家だから、魔法の勉強をしにきたのだろう。
⋯⋯そういえば、シャルナとミルナの目的を聞いてなかったな。
また今度聞くことにしよう。
「六年一組はここね、じゃあ私達は行くわ」
「おう、またな!」
ノラスとアルプが入っていった。
六年四組もすぐそこ、俺達も教室に入ろう。
「失礼します」
「おや、来ましたね」
教室にいる生徒の目が、俺達に向けられる。
教師の立つ教壇の真ん中へと立ち、自己紹介を始めた。
「ブライア・グリーンドラゴンです、スティア国立貴族学校から留学生として来ました」
「シュヴァルツ・レッドドラゴンだぜ!宜しくな!」
ザワザワと、教室全体が騒がしくなる。
そしてとある生徒が、俺達に向けて指を差した。
「世界最強と世界三位⋯⋯だよな?」
やっぱり、知られているようだ。
シュヴァルツはあの大会以来、世界で三番目に強い者として世界に名を馳せている。
あれだけ広まれば、ここの生徒も知っていた。
「ああ、そうだ」
「あれだけ強いのに、何を学びに来たの?」
「そうだな⋯⋯俺はここにあるであろう、世に出されてない魔法が知りたい」
「俺はお前達に特別講師として教えに来た!魔法使いが剣士の対処をできるようにする為だ!」
再び、教室がザワつく。
やっぱり、歓迎されていないのだろうか⋯⋯?
「とりあえず自己紹介も済みましたし、空いているあそこの席へと座ってください」
段差上になっている教室をのぼり、一番上に二人並んで座る。
俺が窓側に、シュヴァルツは廊下側に座った。
「とりあえず今日は終わりです、明日は二人に魔法の実践をして貰う為に、第三校舎に集まって下さい」
二日目から実践開始なのか⋯⋯シュヴァルツが大喜びしそうだ。
「お二人には寮の場所に案内するので、着いてきてください」
俺とシュヴァルツは教室を出て、教師について行く。
「私の名前はエラリアです、呼び捨てでも構いませんよ」
銀髪でメガネをかけた教師は、エラリアという名前らしい。
呼び捨てでも構わないって、中々凄いことを言うな。
「六年四組は強さを重視しています、あのクラスは六年生の中でも最上位、将来魔導士として活躍する者ばかりでしょう」
「まだ未熟なんですか?」
「六名程、魔導士として覚醒しています⋯⋯その六人は、本当に強いですよ」
この魔法学校で強いのはシェード・ライアウトだけだと思っていたが、そうでもないのか。
⋯⋯いや、シェード・ライアウトはもう既に卒業しているな。
「ここがあなた達の部屋です、個別なので好きに使って頂いて構いません」
「ありがとうございます」
エラリアは、案内だけすると去っていった。
今日はもう疲れた、さっさと寝て明日に備えよう。