第102話 クライアの過去
────約20年前、貴族学校一角の教室にて
「⋯⋯こんなとこに呼び出して、何の用だ?」
「少し話したかったんだ⋯⋯明日のことを」
学生時代のクライア、そして同じ緑の髪をした少年。
彼の名はフライア、クライアの双子の兄。
──七年生は見聞を広げる為に、世界各地を放浪する。
その前日に、クライアはフライアに呼び出された。
「俺は、ソロミア皇国に行こうと思う」
「⋯⋯何故だ?」
「いずれあの国とは戦争が始まる、だから少し偵察をしようと思ってね」
静かな口調で、クライアに語りかける。
クライアは疑念を抱きつつも、フライアを肯定した。
「いいんじゃねえか?ただ──死ぬなよ」
「まさか、死なないさ。僕が負けると思っているのかい?」
当時の学園では、クライアが最強。
その次に強いのが、フライアだった。
クライアもフライアの実力を疑っていない、その自信を見て、安心する。
「あとは⋯⋯クライア、もっと体を大事にしなよ」
「⋯⋯分かってる」
『無天無双』の体への負担は凄まじい。
フライアは、無理をしているクライアに気づいていた。
彼の特異体質の一つ──『状態看破』により、クライアがどんなに隠そうとも、フライアには筒抜けなのである。
「じゃ、また一年後かな」
「ああ、強くなって帰ってこい」
「当たり前だ」
──これが、最後の会話となる。
──一年後、貴族学校にて
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯行方、不明⋯⋯?」
フライアはソロミア皇国に行った後、行方不明となり、貴族学校には帰ってこなかった。
校長からその言葉を聞いた時、クライアは現実を受け止められなかった。
「奴の行方不明に関わっているのは恐らく、武術の名家であるグレイスフォール家だろう」
「グレイスフォール家──潰す」
「待て」
今にも復讐を果たさんとする勢いのクライアを、クリーナは止める。
「グレイスフォール家を潰せば、ソロミア皇国との戦争が始まってしまう──八武闘士の序列一位を奪え、奴らのプライドをズタズタにするには、それが丁度いい」
「八武闘士⋯⋯いいぜ、ぶっ潰してやる」
八武闘士、八剣士、八魔導士の序列一位は、全てソロミア皇国にある名家が継承している。
当然、彼らを倒せば序列はその人のものだ。
彼らを倒せば、長きに渡る歴史に終止符を打つことができる。
クリーナは、戦争を回避する為に、代替案としてクライアに提案した。
「ただ──殺すなよ」
「チッ⋯⋯分かった」
クリーナが、グレイスフォール家の拠点に送り込む。
送り込まれたのは、ソロミア皇国にある『サブシステの大森林』──その奥地。
そこに、グレイスフォール家の集落がある。
「──ここで一番強いヤツを出せ!」
集落に入り、歩きながら怒鳴る。
すると、警戒態勢になった大男が、ズラリとクライアを取り囲んだ。
「序列一位をお望みか⋯⋯ならば俺達全員を倒せ!」
「チッ、鬱陶しい──消えろ!」
風魔法を纏った、蹴脚。
その風は嵐を巻き起こし、大男全員を巻き上げ──地面に叩き落とされる。
「雑魚は寝てろ」
クライアが編み出した魔法武技──『颶風』。
全ての属性を持つクライアは、武術を発展させる為に、ありとあらゆる武技を生み出していた。
彼らは、クライアの足元にも及ばない。
「はっ、おもしれぇじゃねえか」
「⋯⋯お前が、ここで一番強いやつか?」
「そうだ──八武闘士序列一位、セルシア・グレイスフォールだ」
「その称号、俺が奪い取る」
「やってみろよ」
──八武闘士に限らず、称号戦には条件がある。
一つ、お互いが承認した時のみ、称号戦が可能。
二つ、称号戦が始まる時、即座に不死場が設置される。
三つ、序列が変わった時、冒険者ギルドや民衆看板といった、人々の目につく場所に掲示される。
「さあ、かかってこいよ!」
「──殺す」
余裕なセルシアと、殺意に駆られるクライア。
邪悪に微笑むセルシアだが──その余裕な顔は、一瞬にして消え去る。
「『無天無双』────『無天の一撃』」
──一撃必殺。
煌めく虹色の閃光は、セルシアを消し去った。
最強の男が君臨する一撃。
何とも形容しがたいこの技は、ただ一言──『最強』と言い表す他ない。
自身以外の頂点を許さず。
自身以外の無双を許さない。
まさに『無天無双』──最強であるクライアを、世に知らしめる一撃だった。
「──フライアは多分、死んだ」
クライアは何故か、そんな予感がした。
完全に感覚だが、こういう時の予感は当たる。
森を去るクライアの背中には、ただ無力感が感じられるのみ──。
「⋯⋯帰った」
「⋯⋯⋯⋯今日はもう休め、しばらく学校を休んでも構わん」
校長であるクリーナが直々にそう言った。
クライアは頷き、一人部屋へと戻って行く。
「⋯⋯まだ十七歳だというのに、辛いな」
長い時を生きるクリーナだからこそ、大切な人を失う辛さは、誰よりも経験している。
クライアの気持ちも、痛い程理解出来てしまうのだ。
「だが⋯⋯その辛さを乗り越えてこそ、真の最強に一歩近づける」
クリーナはまだ薄い月を眺めながら、そう言った。
────兄が行方不明になるまでは、クライアはただ強い男だった。
当主はフライアがなり、自分は軍隊に属する。
ずっとそう思っていた。
だが、現実は残酷だ。
思い通りの将来を壊し、何度も何度も選択を迫られる。
今でもクライアは、奥底に空虚な心を秘めている。
「⋯⋯外に行こう」
部屋に閉じこもっても仕方ない。
そう考えて、クライアは街へと繰り出した。
未だ賑わう商店街、魔法によって行われる大道芸、見回りの軍人が身につける甲冑の音。
どれも、いつも通りのことだ。
だが、クライアはいつも通りに感じられなかった。
いつも隣にいた兄が、いないからだろう。
「⋯⋯⋯⋯フライア⋯⋯」
二人の仲は、良好だった。
お互いが信頼し、背中を預け合える関係だったのに、今のクライアの背中には誰もいない。
「あたっ!」
「ああ、すまん⋯⋯」
ボロボロのローブの女が、クライアとぶつかる。
服が汚れていても、クライアは特に気にしない。
自分もよく、服を汚すからだ。
「怪我はないか?」
「いえ、大丈夫です⋯⋯」
「⋯⋯お前、どこに行くんだ?」
「⋯⋯⋯⋯分かりません」
か細い声で、そう言った。
行く宛てのない彼女は、どこか遠くへ行こうとしている。
クライアは、反射的に呼び止めてしまった。
「じゃあ、俺と来ないか?」
「⋯⋯えっ?」
「やることも、行くとこもないんだろ?俺も丁度、やることも行くとこもないんだ」
フライアを喪い、復讐もした。
クライアは、やることを終えてしまったのだ。
それに──このローブの女から、光るものを感じた。
ここで仲間に引き入れなければ、後悔すると思ったのだ。
「⋯⋯分かり、ました」
「俺はクライア・グリーンドラゴン、お前は?」
「エルナ、です」
──これが、エルナ・グリーンドラゴンとの出会い。
クライアはまず、汚れた彼女を部屋に招き、大浴場で体を洗わせた。
「⋯⋯クライア、その方は?」
「エルナ、俺が途中で拾った」
クライアの部屋には偶然、ゼナ・ブルードラゴンがいた。
現代でも唯一、クライアとエルナの関係を知る者。
そして──元八魔導士第四位。
彼女は純然たる力のみで、その地位を勝ち取った。
条件である切り札は持っていたが、自身の思いを受け継ぐ者に譲ってしまった。
十七歳時点では、八魔導士第四位として君臨していた。
「へぇ⋯⋯いい子ね、可愛らしいじゃない」
「そういえば、お前年齢は?」
「十六⋯⋯今年で十七歳」
「一個下なのね⋯⋯クライア、お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「私、この子を育てたい」
「⋯⋯育てたい?」
「ええ、この子に魔法を教えてあげたいの」
ゼナは、エルナの魔法の才を見抜いた。
他とは一線を画す程の魔法の才能、魔力の流れ、魔力量の多さ。
どれを取っても一級品。
ゼナは、エルナの将来がどうなるのか、想像しただけで面白くなった。
「あなたは必ず強くなれる、私以上に」
「強く、なれる⋯⋯強くなったら、皆を守れる?」
「当然よ。この世界は力さえあれば、何だってできる⋯⋯エルナ、私と一緒に特訓しましょう」
エルナはその提案に頷く。
クライアはその光景を見ながら、したように一息吐いた。
──二年後
「諸君、卒業おめでとう」
クライア達の卒業。
貴族学校は二十歳で卒業し、それぞれの進む道へと進んでいくのだ。
クライアとゼナは、当主になる。
正確には、卒業から三年の時を経て、当主の座へと着く。
この三年という時間は、妻や夫を見つけ、当主としての格や品位があるかどうかという時間だ。
三年の間に妻、もしくは夫が見つからなければ、強制的に結婚させられてしまう。
貴族の血を受け継ぐ子供が必要だからこそ、結婚をしなければならない。
同性との結婚も可能であり、魔法によって異性の機能を付けることもできる。
「クライア、良い相手は見つかった?」
「⋯⋯いや、全然。どの相手も、俺が求めるものを持っていなかった」
「⋯⋯だそうよ、エルナ」
ゼナがエルナを呼ぶと、クライアは目を見開いた。
まるで嫁入り前かのように化粧をし、ドレス姿で現れたからだ。
「言いたいことがあるんじゃないの?」
「⋯⋯クライアさん──いえ、クライア」
「⋯⋯聞こう」
「──私と、結婚してくれませんか?」
その言葉を聞いた時、クライアには初めて出会った瞬間を思い出した。
ボロボロのローブを着て、彷徨っていた女の子はもういない。
強く、美しく、凛々しい一端の女性が、そこにいた。
クライアは笑って、こう返す。
「俺も同じだ──結婚してくれ」
いつのまにか用意していた指輪をポケットから出し、片膝をつく。
そしてエルナの左手の薬指に、指輪をはめた。
感極まったエルナは泣き出し、ゼナは笑って祝福し、周囲は驚きながらも、拍手をしていた。
「ううっ、クライア、さん⋯⋯ひっ、うぅ⋯⋯」
「エルナ、良かったわね!」
「ほら泣くな、ハンカチやるから」
フライアが行方不明にならなければ、こうなっていなかった。
クライアが復讐をせず、街に出ていなければ、こうなっていなかった。
エルナの故郷がソロミア皇国に攻められなければ、こうなっていなかった。
二人の出会いのキッカケは、不幸。
だが──今この二人は、幸福と呼べるだろう。
──会場の端で、緑髪の優しい男が、祝福をしやんとばかりに、笑った。
──三年後、ブライアが産まれた。
二人にとって初めての息子。
だが、ブライアの中身は異世界転生者。
それ程苦労することなく、貴族学校に入学させることができた。
次の子は双子の娘、シャルナとミルナ。
女の子ということもあり、クライアの男らしい子育てのやり方はあまり合わなかった。
だからシャルナとミルナはエルナに教育され、両方共に女性としては完璧である。
──そして、最後の子、スライア。
この子はまだ二歳だが、何か異質なものを感じる。
ブライアとは違う、もっと別の異質感。
この子が希望となるか、絶望となるか。
世界の命運が転ぶ、そんな予感がした。
「──エルナ」
「どうしたの?」
「⋯⋯俺が死んでも、子供達を頼んだぞ」
「ダメよ、私もそっちへ行くもの」
いつかの会話。
クライアが『無天無双』の真実を知った日、エルナにそう言った。
だが、エルナは着いていくと言った。
クライアはその言葉に、苦笑する。
「分かった、ブライアに全部頼もう」
「ブライアなら大丈夫ね、しっかりしてるもの」
「いつか、俺を超えるその日を楽しみにしてるぞ──」
──そして、現在
「──ぁ、が⋯⋯⋯⋯」
俺は、瀕死にも等しい状態だった。