第101話 親子同士の戦い──前編
『さあ、ついに大舞台の決勝です!最初に入場したのは世界最強の男、クライア・グリーンドラゴン選手!』
堂々たる風貌、油断も隙もない。
親父の強さは、『無天無双』によるもの。
他の武術も一線を画す程だが、『無天無双』を使われなければまだ勝機はある。
『対する挑戦者!クライア・グリーンドラゴンの実の息子にして、今大会ありとあらゆる強者を下した天才、ブライア・グリーンドラゴン選手!』
俺ができることはただ一つ。
勝つことだけだ。
『この決勝という舞台での親子対決!勝つのは最強か、天才か!』
珍しく、親父が静かだ。
見定めるかのような目で、俺を見る。
「ここまで来たこと、嬉しく思う」
「そりゃどうも」
「⋯⋯本気の戦いをしよう、ブライア」
「──望むところだ」
親父の切り札は『無天無双』。
だが、他にも何かある気がする。
⋯⋯いや、今は考えなくていい。
深読みすればする程、親父には一瞬を突かれる。
戦いを楽しむ、それだけだ。
「──『龍の眼』」
親父は緑龍の眼を、自分に装着した。
確かに龍の力は絶大、それを最初から使ってくるのか。
なら──こっちも使うしかないよな。
(シャイフォン、準備はいいか?)
《任せろ、お前を勝たせてやる》
シュヴァルツとの試合が終わった後、シャイフォンを俺の中に入れた。
今回は全員の力を使わないと勝てない、だからシャイフォンも使う。
「──『龍の眼』」
お互い、自身に龍を宿した。
でも、親父の方が龍との親和性は高いだろう。
俺は長らくシャイフォンと離れていたから、共鳴率は向こうに比べてかなり悪いはずだ。
「──『龍光淵世』」
まずい──!
「──ッ!?」
「遅いな、そんなものか?」
「ちょっと速いくらいで、優位に立ったと思うなよ──『龍閃雷瞬』」
危なかった、少しでも遅れたら首を刈り取られていた所だ。
親父は速い、油断は絶対にできない。
「逃げるなよ──『鋼鋭龍爪』」
『鋼鉄』を早速使ってきた。
特別属性の『灼熱』を切ってくるのも時間の問題だろう。
本当に一筋縄ではいかない相手だ。
「『陽光龍護』」
鉄を溶かす。
今回の『太陽』の役割は、それをするだけ。
親父の闘志は緑だから、『太陽』を無効化されることはない。
「──『身を灼く灼熱よ、来たれ』」
親父の足元から、灼熱が雄叫びを上げる。
今の簡易詠唱は一体何だ⋯⋯?
「『目前の陽の光を灼き尽くさん』」
灼熱は、俺の陽光の炎すらも灼き尽くすのか!?
クソ、そこまでできるとは思っていなかった。
「計算外、といった顔だな」
「はっ、この位計算外にも入らない」
「他にも策はある、と」
そうだ、まだ計算外じゃない。
『太陽』が効かないことなんて、今までいくらでもあった。
作戦には組み込んでいたが、まだ修正できる範囲。
「真正面から打ち合おう──『龍連捷武』」
「乗ってやるよ──『龍華撃闘』」
俺が親父と真正面で殴り合って、勝てる訳がない。
だから、中からサポートしてもらう。
《聖法──『聖癒の慈悲』》
《『輪廻』──時の加速》
殴られた場所を治癒し、俺の時を早めて少しでもダメージを与える。
ダメージレースで負けてしまえば、本当に俺の勝機はなくなってしまう。
少しずつ積み上げる、これが最後の最後に役に立つはずだ。
「⋯⋯成程、お前の中に何かいるな?」
「──ッ!?」
「図星だな、その何かの正体は分からんが⋯⋯人ならざるものであるのは間違いないようだ」
バレた⋯⋯!?
クソ、親父の目は誤魔化せないぞってことか。
「緑龍が一体と⋯⋯他にいるのが三体」
「そこまで分かったのかよ⋯⋯!」
「そうだな⋯⋯治癒の効果はかなり邪魔だ──まずはお前から消す」
背筋が凍る程の悪寒。
ホーリーさん、身を守って!
《当然──『聖光の護り』》
「砕けろ──『心中魂裂』」
心臓に手を当てられ、俺は吹き飛ばされた。
俺は特に外傷はないが⋯⋯ホーリーさん、無事ですか?
《今のは危なかったわね⋯⋯それにしても彼、かなり厄介な技を持ってるわ》
(厄介な技⋯⋯さっきのですか?)
《君の魂の中にいる私を直接狙った、本気で死にかねない一撃だったわ》
ホーリーさんが死ぬ程の一撃⋯⋯?
そんなもの、危険以外の何物でもない。
しかも、俺の魂の中にいるホーリーさんを狙える程にまで、正確。
何なんだ、今の技⋯⋯。
「緑龍武術には、いくつか型があることは知ってるな」
「⋯⋯ああ、それがどうした」
「眼、鱗、爪、尾、哮⋯⋯この五つ全てを極めた者だけが到達できる場所、それが『心』の技型」
⋯⋯さっきの技も、それを使ったのか。
格が違う、親父に武術では勝てない。
「この話には続きがある⋯⋯『心』の技型を極めた者は、どうすればいいのだと──だから、終わりのない武術の技型を制作した」
「──さっきの技、もしかして⋯⋯!?」
「ああ、『魂』の技型⋯⋯本当に限られた人間のみが、この技型の制作に携われる」
聞いたことがある。
終わりのない武術が、緑龍家に一つだけ受け継がれている、と。
その技型に初代は一切関わっておらず、今代までの緑龍家の人間が技術を開発してきた。
その極地までいくと、魂まで攻撃できるのか⋯⋯!
「さて、今度は逃がさない」
「──ッ!」
(対処法はあるか!?)
《私達が全力で耐えること、それとブライア君が避けるの二つだけ》
俺が避けるには期待しない方がいいだろう。
親父は速すぎる、俺の陽光でも追いつけるか分からない。
ホーリーさん達が耐えるしか、ないだろう。
「どんな高みまで登ってんだよ、親父⋯⋯!」
「お前もいずれ分かる場所だ──『心中魂裂』」
まずい、当てられた──!
《聖法──『武滅弾守の盾』──!》
(無事ですか!?)
《何とか、かしら⋯⋯さっきよりも強い一撃、安全圏にいると思ったら大間違いね》
何とかと言いつつも、ホーリーさんの容態は何となく分かった。
灼熱の影響で、守る為に差し出した両腕が焼け焦げている。
俺が勝つには四人の協力は必至、特にここでホーリーさんが潰れたら勝機は薄くなってしまう。
(──オニシエント、今すぐにでもあの技の対処を考えてくれ)
《了解、急ぎます》
シャイフォンは全面的に俺に力を貸し、オニシエントは分析し、ホーリーさんは負傷中。
残る一人──ヘルスの力も借りよう。
《どんなことでも受け入れよう》
(ヘルスには俺の魂と皆の魂の断絶を頼みたい、できるか?)
《お易い御用だ》
これでひとまずは何とかなるはずだが、こうして何度も攻撃されていたら魂を分け隔てていることもバレてしまうだろう。
そうなる前に、あの技を使えなくさせたい。
「執拗だな、親父」
「お前の中にいる奴らはかなり面倒なのが多いからな、今も何か策を弄しているのだろう?」
あの眼からは、逃れられないってことか。
──眼?
成程、そういう事か。
俺の仮説が正しければ、あの眼を通して魂を感知しているはずだ。
緑龍武術で弱点看破や敵の動きを予測するのが『眼』と呼ばれる技型。
その『眼』を通して、完成しない『魂』の技術を組み込ませることで、俺や皆の魂を感知している。
恐らくは、こういうカラクリだろう。
「⋯⋯そういうことか」
「やっと理解したか──だが、もう遅い!」
今の俺にも『眼』は扱える、とにかく見るんだ。
──いや、あの時何を言われた?
『そんなに目に負担をかけるな、潰れるぞ』
『見るんじゃない、感じるんだ』
レジェンドとグロウさんの戦い。
あの時にイビルさんに教えられた技術。
感じることが、人外の領域へと一歩踏み出すのに必要不可欠。
見てからじゃ、遅いんだ。
「──ッ!?⋯⋯お前、今進化したか?」
『眼』は、確かに大事だ。
だけど、必要以上に情報を取りすぎてはいけない。
それは『感じる』のに、少し邪魔だからだ。
「──フゥッ!」
一息、思い切り吐く。
そうだ、今のでいいんだ。
あの時の感覚が、甦ってきた。
「──面白いッ!」
親父の急接近、突きの動き。
更にそこから右足で蹴り技を放つはず、今そこに力が溜まった。
──これは受けてはいけない。
この右足に魂を砕く感覚がした。
「⋯⋯ほう、やるじゃないか」
「はぁっ、はぁっ⋯⋯」
今、俺は強くなった。
親父のいる境地へと、一歩進んだ。
だけど⋯⋯まだ足りない。
俺はまだ弱い。
だから──まだ強くなりたい。
親父に、勝つ為に!
《対処法を割り出しました》
(──!よくやった、オニシエント!)
《ブライア様の仮説は正解、あの眼が私達の魂を的確に見抜いています》
(それで、対処法は?)
《私達が、ブライア様の魂の波に同調するしかありません》
(⋯⋯魂の波?)
《魂には波があります、これは各自全員が違う波を持っていますが⋯⋯ごく稀に、その魂の波がピッタリ重なる時があります》
魂に波なんてあったのか。
《重なった瞬間は誰がどうしているのか一切分からず、その同調している瞬間だけは私達の魂はあの眼に見抜かれません》
(⋯⋯どうやって同調するんだ?)
《その時を、待つしかありません》
まじかよ⋯⋯。
ここにきて運が全てを握るのか。
《ですが⋯⋯その同調している瞬間は、絶大な力を所有できると言われています》
(⋯⋯絶大な力?)
《この世界でも最強格──『無天無双』すらも超えうる力を獲得できるようです》
『無天無双』を、越えられる⋯⋯?
とんでもない力じゃないか。
だが、魂の同調なんてそう簡単じゃない。
ましてや、今この土壇場でできるかも怪しい。
──いや、やってみせる。
親父に、勝つんだ。
「こっからが本番、だな」