第99話 親友同士の戦い──中編
「もう掴んだのかよ⋯⋯!」
よし、シュヴァルツは確実に焦っている。
ここで決め切る、油断はしない。
「──『魔糸』」
──魔力封じの糸、それの対策はもう既にしてある。
ヘルス、天秤を起動しろ。
《了解》
魔力を封じられる前に、天秤を起動させておく。
恐らく俺だけが魔力を使えなくなる、そして魔力が使用禁止になった途端、すぐに天秤が起動するのだ。
魔力使用禁止へ、道連れする。
シュヴァルツも魔力を禁止されたら、すぐに解除するはずだ。
あくまで憶測だが、俺の精神世界には『魔糸』の効果はない。
シュヴァルツが認識した相手、だと思う。
今シュヴァルツが認識しているのは俺だけ、だからヘルスやオニシエント、ホーリーさんは『魔糸』の影響を受けない。
「『縛糸魔禁』」
ヘルス、起動しろ。
《『矛盾の天秤』──起動》
天秤が動いた。
使用者の頭脳によって使い勝手が変わる魔法だが、使用感はかなり良い。
事前に設定した条件がシュヴァルツ相手に物凄く相性が良い、シュヴァルツ相手にはこれが最適だ。
「⋯⋯焦ってないんだな」
「焦る必要が無いからな」
俺のその言葉を聞くと、シュヴァルツは怪訝な顔をした。
しかしすぐその顔を払い、確実に俺の事を斬る目で見る。
だが──違和感に気づいた。
「⋯⋯お前、何をした!?」
「ちょっと俺と平等になってもらっただけだ」
魔力が使えないことに気づいたようだ。
俺は別に武術があるからこのままで構わないが、シュヴァルツの聖剣や轟炎真焔丸は魔力がないと顕現できない。
今シュヴァルツの手にあるのは、普通の剣が二本。
解除をするのか、しないのか。
「クソ⋯⋯ここまで計算通りってわけか」
「どうだろうな、偶然かもしれないぞ?」
「そんなことある訳ないだろ」
恐らく、シュヴァルツは迷っている。
解除するべきか、しないべきか。
した方が戦いやすいが、それは俺も同じ。
かといって解除しなければ、単純で地味な物理戦闘の始まり。
そんな戦闘で、決着が着く訳が無い。
だから、迷っているのだろう。
「早く選べよ」
「チッ、クソ──このままいくぞ!」
超硬度金属で作られた二つの剣を、俺に接近して振るう。
魔力を使えるようにしてしまえば、恐らく俺に圧倒されてしまうと思ったのだろう、完全物理戦闘へと移行された。
だが、俺は問題ない。
ホーリーさん、頼む。
《聖法──『聖光天慧』》
俺の頭上に白い聖法陣が出現し、光がシュヴァルツへと襲いかかる。
反応こそは良かったものの、聖なる光を普通の剣が弾ける訳が無い。
聖なる光は二つの剣身を焼き、シュヴァルツは後方に跳躍する。
「──⋯⋯どうなっているんだ⋯⋯?」
両者魔法を禁じられているという状態で、俺は魔法を放った。
正確には聖法だが、シュヴァルツがそれを知る方法はない。
今の一撃の意図は単純。
シュヴァルツは、今ここで魔糸を解除しなければ、詰み。
それを知らしめる一撃だ。
「もう一度言う。早く選べよ」
「⋯⋯思惑通り、か」
天井に張り巡らされた糸は消え、魔法が解禁された。
俺が魔法を使えるのなら、当然シュヴァルツも使える。
「⋯⋯ブライア、ごめん」
「何がだ?」
「────『剣聖霊憑』」
剣身のない二つの剣を落とし、新たに剣を作り出した。
その剣は光り輝き、シュヴァルツは俺を一撃で仕留めんとする程に気迫のこもった目をしている。
その危険度にいち早く気づいたのは、ヘルスだった。
《ブライア、これ⋯⋯負けるぞ》
(負ける?確かにあれは強いと思うが⋯⋯負ける程か?)
《俺には『操魂魔法』があるから見える⋯⋯今のアイツに集っているのは、歴代剣聖全員の魂だ》
成程、つまりこれがシュヴァルツの本気か。
──アイツ、使う前にごめんって言ったよな。
一撃で勝負を終わらせてごめん、って意味か?
「お前、俺を舐めてるだろ」
「⋯⋯そう見えるか?」
「さっきのごめんは、そういう風にしか聞こえなかった」
こいつは多分、ずっと俺に本気を隠していたんだろう。
さっきからずっと押されているのにも関わらず、だ。
──確実に潰してやる。
「いいぜ、相手してやるよ。お前の本気、見せてみろ」
俺の方が、シュヴァルツより上だと思っていた。
だが、恐らく無意識に、シュヴァルツも俺を下に見ていた。
本気のこいつをぶっ倒して、二度とそんな口きけなくしてやる。
俺がこの試合でやることはただ一つ。
完勝だ。
《おいブライア、やめろ!》
《少し冷静になって、あなたなら分かるはずよ》
《落ち着いてください、少し冷静に》
中の三人が俺を宥める。
⋯⋯俺はこの判断を後悔するかもしれない。
でも、剣聖の魂を全て集めた一撃。
真正面から受けて、無傷で立つ。
これが一番、シュヴァルツの戦意を折れるはずだ。
「────『勇敢たる我に、剣の魂を』」
恐らく、短文三詠唱。
合間はある、ならやることはただ一つ。
──ヘルス、魔法を貸せ。
《⋯⋯⋯⋯もういい、言っても無駄だ、貸してやる》
『操魂魔法』を、一時貸してもらった。
集まった剣聖の魂を全て散らし、その一撃を無力化させる。
散らすだけじゃ勿体ない、全てこっちに持ってこよう。
「『継承せし我に、偉大なる力を』」
詠唱が完成していくごとに、その力の凄まじさを感じる。
俺の『連唱』に勝るとも劣らない一撃だ。
「『聖なる剣よ、目前の敵を滅ぼせ────』」
『操魂魔法』──『魂散滅扇』。
「『剣聖英霊伝──冠制天架』──ッ!!」
────効いた。
俺の『眼』の前では、誤魔化せない。
剣聖の魂は散り散りになり、空中に漂っているのだ。
『魂配捕縛』──魂を捕え、俺の盾にする。
剣聖の一撃には、剣聖に耐えて貰おう。
「──⋯⋯はぁっ、はぁ⋯⋯」
土煙が舞い、俺の姿が見えなくなる。
シュヴァルツは手応えを感じているのだろうか。
残念ながら斬ったのは、俺ではなく魂だ。
「──やけに疲れてるな」
「⋯⋯な、なんで⋯⋯生きてるんだ⋯⋯!?」
「そりゃ、耐え切ったからだな」
────嘘だ。
実は先程──斬られた。
シュヴァルツの一撃ではなく、剣聖の魂に、だ。
だから土煙を舞わせて、治療を施さねばならなかったのである。
あの瞬間の土煙に違和感はない、あの一撃は大地をも砕く程だったからな。
魂に斬られるなんて経験、初めてだ。
「バケモンが⋯⋯!」
「こっちのセリフだ」
シュヴァルツは打つ手無しか。
⋯⋯いや、何かあると見て間違いないだろう。
アイツの戦意はまだ、折れてない。
「ブライア、『剣聖』の条件って知ってるか?」
「⋯⋯知らないが」
「生まれつき、肉体に二つ以上の魂が宿る人間のみが、『剣聖』を宿す」
シュヴァルツの中に、もう一つ魂⋯⋯つまり、別の人格があるのか。
「俺がお前に勝つには、この手を選ぶしかない」
「⋯⋯どんな手段だ?」
「──精神世界で剣聖の一撃を溜める」
「その間を、別の人格に任せるってことか?」
「アイツは強敵だ、すぐには倒されない自信がある」
シュヴァルツにそこまで言わせる程の実力者なのか。
少し興味が湧いた。
一体どんなヤツなのか、戦いたい。
「──チッ、勝手に起こしやがって」
「⋯⋯お前が、もう一つの魂か」
姿は特に変わらないが、言葉遣いは少々荒い。
──俺と同じ気配がする。
コイツも俺と同じ領域に達しているんだろう。
てことは、楽しめそうだ。
「お前、名前は?」
「そうだな⋯⋯ミュー・シャンヒュリテって呼べ」
コイツの能力は一体何なんだろう。
初めての相手と戦うのはワクワクする。
「それでは早速──『音楽』──『調律』」
会場一切全ての音が、消え失せた。
『音楽』の能力、シュヴァルツとは真逆の繊細で柔軟な者なのだろうか。
「『指揮』」
右手に指揮棒を持ち、天へと掲げる。
そして、そのまま静止した。
「かかって来い、相手してやる」
「面白い──『乱陽・光の武陣』」
橙色の魔法陣を試合場の地面全体に広げ、ミューに向けて光を放つ。
ミューは未だ静止したまま、光が到達した──その瞬間。
「『絶対音感』」
俺が放った陽光と全く同じものが、ミューの指揮棒から放たれた。
俺が驚愕した瞬間、ミューは解説を始める。
「特異体質『絶対音感』──俺は相手の技が放たれた音を聞いた瞬間、その技の原理を即座に理解し、相殺させる。今のは簡単な方だったぜ」
さっきのは特異体質だったのか。
音を聞いた瞬間に、相殺させる⋯⋯厄介だな、あの特異体質。
シュヴァルツがすぐには倒れないと言い切るだけのことはある。
「この魔法陣も消しとくか──『ダ・カーポ』」
魔法陣が消え、最初からの状態へと戻された。
音楽の記号や用語は、前世とこの世界では全く一緒。
だから何をされたのかも、すぐに理解できる。
無知のまま挑むよりは断然得だ。
「ここでセーブポイント──『セーニョ』」
恐らく、これは保険。
自分がピンチになって負けかけた時に、ダルセーニョでここに戻ってくるのだろう。
その隙は、与えさせない。
「『陽滅の荒海』」
「落ち着けよ──『トランクイロ』」
全てを飲み込む高波の炎の海は、静かに、落ち着いた流れへとなってしまった。
かなりやりにくい相手だ、的確な指揮を即座に繰り出す腕前、流石としか言いようがない。
「『ラルゴ』」
内心で褒めていると、俺に何かかけられた。
特に何も変わっていないはずだが──何!?
「動きが、遅く⋯⋯!」
「『アレグロ』」
今度は自分に魔法を付与した。
アレグロ──まずい、今の状態じゃ対処できない!
「もう止まらねぇぞ──『トリル』」
一瞬で俺の懐に入られ──凄まじい殴打。
シュヴァルツの体から放たれる拳の威力は、ミューに変わっても衰えない。
「最後に──『アクセント』ォ!」
力の込められた一撃。
動きの遅い俺は吹き飛ばされるにも時間がかかっている。
そして、痛みを感じるのにも、ゆっくりになっているのだ。
「ここで『アレグロ』」
ずっとスローかのようにゆっくりな動きだった俺が、急に会場の端まで吹き飛ばされた。
ゆったり感じていた痛みが、今は体全体がズキズキする程にまで痛みを感じている。
さっきからずっとゆったりだったから、体が錯覚を起こしているのだろうか。
「『ア・テンポ』」
恐らく、両方元の速さに戻った。
少し、コイツを見くびっていたのだろう。
シュヴァルツが帰ってくるまでの時間稼ぎなんてもういい。
「まだやれるよな?」
「当然ッ!」
シュヴァルツの一撃が来るまで、コイツとの戦いを純粋に楽しみたい。