二宮金次郎
宮司は私のおばあちゃん。鬼呼神社の敷地内に立つ実家をでると、目には柔らかな若葉が太陽の光を集める大きな桜の樹。
幹の焦げた大きな桜の樹。
この桜を見ると、心に何かが引っかかる。
「呼刃。学校に遅れるよ」
境内からおばあちゃんの声が掛かります。
「うん。行ってきます」
高校の制服の裾を翻し、実家の鬼呼神社に背を向けました。
やっぱり、夢に出てきた桜の樹に間違いないんです。
昨日、至先輩と駆先輩に話をしたら、是非この桜が見たいと明日の土曜日にはご案内の予定。
何だか色んなことが立て続けに起こりすぎて、もうついていけません。
電車に乗って、駅二つ分。
桜並木を抜けた先の校門をくぐり抜けて、目に入る校庭ではもうすでにグラウンドを走る人影が……って、足速くないですか?
砂煙を上げんばかりの勢いで走り抜けていく人影は、ランドセル、背負ってます?
思わず足を止めて校庭に注目した私の視線が捉えたのは。
「二宮、金次郎……さん」
えと、ランニングするときも、薪は背負ったままなんですね。
「世界最速記録でも作ろうってのかね。あの石像は」
真後ろから聞こえた男性の声にびっくり振り返ると、似た面立ちの二人。
「新学期が始まった辺りから、小脇に抱えた本がiPadになってんだよね。
どこで手に入れてきたんだか」
細いあごに手を添えて、にこりと笑って下さるこの笑顔は駆先輩のほうですね。
「お、おはようございます」
「おはよ。
物の怪も近代化したもんだ」
あははー。
と笑って先を歩き始めるその後ろに、至先輩が続く。
「今朝は夢見た?」
私に歩くように促して、隣に並んだ至先輩は声をかけてくれる。
「いいえ。
朝までぐっすり寝ちゃいました」
視界の端に、特急列車のごとく走りすぎていく二宮さんが気になってしょうがないんですけど。
「あの。彼は毎朝走っているんですか?」
「ああ、毎朝どころか一日中走ってるよ」
……聞くんじゃなかったです。
何となくこっそりと聞いた私に、二宮さんを見もしない至先輩。
あれ。
「もしかして、他にもいます?
鏡子ちゃんや、二宮さんみたいな……タイプ」
「音楽室、図書室、体育館」
「それと屋上に登る階段ね。
あとはー。」
「やっぱり、いいです」
沢山で出来そうな口調に、ついストップです。
「んじゃ一個だけ。
校庭の隅に植えられてる夾竹桃。
ピンクの花はまだ蕾かな。並んだ木の中に一本だけ背の低い木があるんだけど。
そこには近づかないでね」