夢
大きく開いた窓からは、優しい風が頬を触って過ぎていきます。
午後の日差しは暖かくて、窓際に席を置く私の食後の授業は本当に辛い。
開いたノートに滑り込んできた小さな花びらが一枚。淡くピンク色に染まるそれは、視界に収めた私をドキリとさせました。
桜?
もう、どこの樹も葉桜になってますけど。
何よりも、まだ桜の残っていた四月だって、一度も花びらが舞い込んできたことなんて、なかったです。
授業中にも関わらず、窓の外に移した視線は真っ青に晴れ渡る空を行く。
やっぱり桜の樹なんてない。
ノートの上から離れようとしない、その小さな邪魔者を恐る恐る指で摘みあげました。
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大きな桜の樹に触れた、白く細い指先。
白い着物と朱色の袴。
高く結った長い黒髪。
ひらりひらりと舞い落ちる花びらが、彼女を愛おしむように柔らかく、優しく降っていく。
ほんのりと光るように暗闇に浮き上がる桜を見ていた私に、ゆっくりと振り返った彼女の口元は優しく微笑んだ。
前髪の陰に隠れた表情は見えない。
彼女が差し出す左手。
なんの疑問なく、私はその手に自分の左手を添えた。
微笑んだ口元が何かを伝えようと動いた時。
強い風に舞う花吹雪が私たちを包み込んだ。
温かい彼女の手。
確かに感じていたはずなのに、風の収まった後に彼女の姿はなかった。
辺りを見回す私の目に映る大きな桜の樹。
見覚えのある枝振り。
幹の、やけど。
うちの桜?
実家の、鬼呼神社。
境内に咲くあの桜……。