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桜の樹
春は嫌い。
桜の花びらが散るのを見ていると、胸が痛くなる。
忘れていた大切な何かを、思い出したくなくて。
その事にずっと、罪悪感を持っている。
「おはよう」
振り返る私の首元で、ふたつに結んだ髪が揺れた。
朝の澄んだ冷たい空気が頬に触れていく。
「おはよう」
おそろいの制服に身を包み、小走りに近づいてくる咲希ちゃんに小さく手を振った。
朝の見慣れた風景は、今日も変わらずにここにある。
この四月から通い始めた高校。
新しい制服。
駅から歩く集団に紛れて、今日も同じ一日が始まる。
川沿いの歩道を歩く私の目に入るのは、花を落として葉っぱだけになった桜の並木。
入学当時はこの桜のトンネルを歩くのが、嫌でしょうがなかった。
私の家の庭には古い桜の樹があって、太い幹の一部はやけどしたみたいに、焦げた跡が消えずに残っている。
あの桜が、怖い。
忘れていた大切な何かを、思い出したくなくて。
その事にずっと、罪悪感を持っている。