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架空のゲームレビュー2

令和生まれの少年少女に最も愛された作家、赤野工作先生に最大級の敬意を。

   1989年


生徒「国民よ、ゲームせよ。国民よ、もっともっとゲームせよ」


教師「それがキミの出した結論なのかい?」


生徒「はい。それこそ揺るぎない、たった一つの解です」


教師「なるほど。では、順を追って話を聞こうか」


生徒「はい。なんなりとお申しつけください」


教師「まず、リサ・ウェルスについて」


生徒「リサ・ウェルスは自分と同じ十四歳。五歳年下にベンという弟がおります。リサの成績はやや優秀の二等生ですが、ベンは自分と同じく一等生であり優秀です」


教師「弟の話はいい。リサについてだけ答えてくれ」


生徒「はい。失礼しました」


教師「二週間前のリサについて教えてほしいんだ」


生徒「二週間前に自分はリサと三度顔をあわせております。朝、昼、夕、にです」


教師「朝から順に、彼女とのことをできるかぎり鮮明に」


生徒「はい。朝、自分は食堂で朝食をとっていたところ、リサとベンがやってきました。二人とはよく同じ時間に食事をとります」


教師「そこで普段と変わったことは?」


生徒「位置です」


教師「位置?」


生徒「いつもリサとベンは食堂の長机を挟んで自分の前に座ります。しかし二週間前のあの日は自分の隣に座ったのです」


教師「それで?」


生徒「リサは何やら思いつめた表情で自分に耳打ちしてきました。話がある、と。二人きりで話したいので、昼休みに東棟の裁縫室まできてほしい、と」


教師「それからキミはどうした?」


生徒「特に断る理由もなかったので、昼休みに指定された場所、すなわち東棟の裁縫室に向かいました。マネキンや布、裁縫道具であふれた、なんとも独特の匂いが漂っていたのを覚えています。また、裁縫室はカーテンがぶあつく光が遮断されているためか、まるで日が暮れたような錯覚に陥りました」


教師「そこにリサはいたのかい?」


生徒「はい」


教師「彼女はそこでキミに何を?」


生徒「お願いを聞いてほしい、と自分に打ち明けました」


教師「リサの願いとは?」


生徒「自分が彼女の要望に肯定も否定もしないうちに、彼女は制服に手をかけボタンをはずし、スカートを床におとし、下着姿になりました」


教師「それから?」


生徒「上半身の下着を取り外し、それも床におとしました」


教師「それで?」


生徒「彼女はいいました。ここまですれば、わかるよね? と」


教師「キミはどう答えた?」


生徒「わからない、と」


教師「……本気でいっているのかい?」


生徒「はい。あのときのリサも、今の先生のような顔をしておりました。自分はそれなりに頭を働かせてみたものの、彼女の求めるものは推測不可能でした。裁縫室に呼び出して服を脱いだのだから、何か服を見繕ってほしいのか、あるいは服を縫えといっているのか。どちらも自分の領分ではありません」


教師「……それで彼女はどうした?」


生徒「はい。抱きついてきました。そして涙を流しながら自分にいいました」


教師「なんと?」


生徒「今日の夜、大切なものを奪われそうなの、だけど、はじめては好きな人とがいい、と」


教師「それでキミはどうした?」


生徒「冷静になって、もう少し具体的に喋ってほしい。キミの言葉はあまりに抽象的すぎる、と伝えました」


教師「それでリサは?」


生徒「何かをいいかける、あるいは何か行動を起こそうと体を動かしたのですが、こちらに近づいてくる複数の生徒の存在に気づき、迅速に服を身につけ、出ていきました」


教師「なるほど。それでキミはリサを追いかけたりは?」


生徒「していません。その必要は感じませんでした」


教師「そうか。しかしキミは夕方にもリサと会っているという。そのときの状況を詳しく聞かせてくれないか」


生徒「はい。あれは十八時のころだったと記憶しています。自分の部屋にベンがやってきました。慌てていた様子でした。自分とベンは趣味がよく似ており、よく宇宙や恐竜について意見を交わしていました。他にも最近は世界について──」


教師「まだ、リサが出てきていないようだが?」


生徒「好奇心旺盛なベンの読みたがる書籍を自分が先に図書館から借りていることが多く、ベンは読みたい本を見つけるときは図書館より先に自分の部屋を訪れることがままありました。それで自分はベンが読みたがっていた世界についての辞典をわたそうとしました。ところがおどろいたことに、ベンが求めていたのは本ではなかったのです」


教師「リサの弟は何と?」


生徒「リサから今日は一緒に夕食をとることができないので、自分と一緒に食堂にいけといわれたといいます。そういうことは過去に何度もありました。しかし、ベン曰く、明らかにリサの様子はおかしく、心配になって女子寮にいってみると、そこにリサの姿はなく、不安なのでリサを探してほしいというのです」


教師「キミはリサを見つけることはできたのか?」


生徒「はい。簡単に」


教師「どうやって?」


生徒「一等生の自分は学園内の鍵をほぼ自由に使えます。自分は生徒会室の鍵棚から職務室の鍵を取り、職務室に向かい、職務室の鍵棚を開け、中を確認しました。音楽室の鍵がなかったので、そこに向かうことにしました」


教師「ずいぶん行動の手際がいいな」


生徒「容易いことです。ベンも自分と同じく一等生ですが、彼はまだ児童クラスなので放課後は制限されている区画がいくつかあります。しかしベンは優秀でもあるので、彼の権限で行動可能な範囲は全て調べつくしたことも容易に想像できます。だからベンは自分でなければ確認できない区画を見てきてほしいと頼んできたのでしょう。つまり生徒制限が星二つ以上の場所です」


教師「なるほど。優秀だなキミは」


生徒「音楽室の扉を開けると、そこにリサはいました」


教師「彼女の様子は?」


生徒「まず、リサは服を一切身につけておらず、裸でした。リサは立った状態で楽譜の入った棚に手をついており、そのリサを背後から抱きしめるかたちで、裸の男がいました」


教師「男の特徴は?」


生徒「白人、大柄、肥満。頭を覆うような黒い革製の袋を被っていたので、容姿は確認できず、年齢も推測できませんでした」


教師「革袋の男について、他に気づいたことはあるか?」


生徒「そういえば左腕にできたばかりの新しい傷がありました。小さな刃物で数回切られたような、あるいは誰かに引っ掻かれたような、そういう傷です」


教師「その傷を新しいと思った根拠は?」


生徒「血が固まっておらず、赤々としていたからです。どうしました?」


教師「……なにが?」


生徒「左腕の包帯を気にされているようなので。医務の先生を連れてきしょうか」


教師「必要ない。それより話を進めよう。それで端的に訊くが、その革袋の男とリサはそこで何をしているように見えた?」


生徒「情交に及んでいるように見えました」


教師「すまない、その情交というのはどういう意味だ」


生徒「交尾ともいいます。オスとメスによる繁殖行動です。以前、カバの交尾を映像で見たことを思い出しました。オスが背後からメスに覆いかぶさり体を揺らすのです。リサは細身なのでそうでもありませんが、革袋の男は実にカバらしい体躯でした。どうしました?」


教師「どう、とは?」


生徒「小刻みに震えていらっしゃるようなので。やはり医務の先生を」


教師「必要ない! とにかく話のつづきだ。それで、キミが音楽室に入ってきたのを見てリサはどんな反応を?」


生徒「まず目を見開き、それから陸に上がった魚のように音を発するでもなく口をパクパクと動かし、次に悲鳴に似た声をあげ、こっちを見ないでほしいといってきました」


教師「それでキミはどうした?」


生徒「リサに従い部屋を出ようとすると、革袋の男がリサの耳元に顔を近づけ何やら話しはじめたのです。自分の場所からではボソボソとしか聞こえませんでした。男が話し終えると、リサは何か観念したような表情で下を向き、そこで私たちを見ていてほしいといいました」


教師「キミはそれに従ったと」


生徒「はい。およそ七分ほどそれはつづきました。革袋の男はリサに激しく体をぶつけつづけました。二人の体はよく汗ばんでおり、やがて革袋の男は馬か牛のように呻き、強く震えたかと思うと硬直しました。その後でリサは床に倒れ、魂が抜かれたように茫然としておりました」


教師「それで、キミは?」


生徒「部屋に戻りベンにリサは見つかったといいました。それでベンは安心したようだったので、二人で食堂に向かい夕食をとりました」


教師「キミは何かおかしいとは思わなかったのか?」


生徒「そういえば、いつもとスープの味が少し違いました」


教師「食事の話ではなく、リサについてだ」


生徒「いえ、特に何も」


教師「リサが今どうなっているかは知っているだろう?」


生徒「昏睡状態で医療棟にいます。それが何か?」




教師「──もういい。では次、ウォン講師について教えてほしい」


生徒「ウォン? あれは実に【うまく聞き取れない】なものです」


教師「呼び捨ては感心しないな。それにそれは、差別的な言葉だ」


生徒「あれは他国が我が国に送り込んだスパイです。議論の余地はありません」


教師「議論の余地はあったかもしれない。だけどそれはできなくなってしまった。既に調書は取ってあるが、もう一度教えてくれないか。四日前の晩、なぜ、彼を殺した?」


生徒「ゲームを持ち込んだからです。そしてゲームを拒んだからです」


教師「ゲームを持ち込んだ?」


生徒「スーパーマリオブラザーズ。NESという機器をテレビに接続してなんらかの操作を入力する、ビデオゲームと呼ばれる他国の娯楽です。一週間前、ウォンはその機器を抱えてこの学園にやってきました」


教師「彼は体育とレクレーション、それから海外の遊びを伝えるためにここにきたんだ」


生徒「そこが不可解でした。ゲームなら我が国には揺るぎないゲームがあります。なぜ他国のそれも極めて低俗なゲームを持ってきたのでしょう」


教師「きみはスーパーマリオブラザーズで遊んでみたのかい?」


生徒「はい一度だけ。実に低俗でした」


教師「だが、子供たち──とりわけ児童クラスの子たちはあれに夢中になっていたようだが?」


生徒「人間の成長にはいくつかの段階があり、特定の世代でなければ聞こえない音であったり、楽しめない嗜好品があるといいます」


教師「スーパーマリオブラザーズもその類いだと?」


生徒「そうです。そしてそこにこそウォンの狙いがあったのです」


教師「キミの意見を聞かせてもらおう」


生徒「ウォンは巧妙な仕掛けを施していました。スーパーマリオブラザーズのできるあの機械──NESを児童宿舎のすぐ隣にある用具室に置いていたのです。まるで、児童たちにそこでこっそり遊ばせるように」


教師「その件についてはウォンから生前に説明を受けている。そもそもあのゲーム機はウォンが自分で遊ぶために持ち込んだものを子供たちに見つかってしまったせいで、やむをえず解放することにしたのだと」


生徒「ブラフしょう」


教師「そう思う根拠は?」


生徒「あれは大人が楽しめる代物ではありません。逆に子供たちはあれに夢中になります。つまり意図的に子供向けに調整されているのです。そしてそこには子供たちでなければたどり着けない隠されたメッセージがあるのです」


教師「もう一度訊こう。そう思う根拠は?」


生徒「あのゲームは基本的に赤い人形を右に移動させるだけの単調な作業を強いられます。しかし、何らかのアイテムを入手することで障害物を破壊して、思わぬ道筋を見つけることもできるのです」


教師「ほう」


生徒「数日前、用具室が賑わっていたので覗いてみると、児童たちとウォンが歓声をあげておりました。何ごとかと聞いてみれば、ベンがある発見をしたのだといいます」


教師「発見?」


生徒「スーパーマリオブラザーズの洞窟のようなエリアにて、特定のブロックを破壊してそこに上手く足場を作ることで天井の上を移動できるようになり、その先を進んでいくと本来ならすぐに到達することのないエリアにワープできたというのです」


教師「なるほど、確かに発見だ」


生徒「ウォンはベンの肩を抱き、よくやった、と褒めていました。そして無意識の本音を漏らしたのです。『ずっとこれを探してたんだ』と」


教師「ウォンのその言葉から、キミは何を読み取ったんだ?」


生徒「ニーヨナノソーニャをご存じですか?」


教師「はじめて聞く言葉だ」


生徒「某国の古い俗語で『苦いお菓子』という意味です。行商人が大きな文字盤の上にたくさんのお菓子を並べ、子供たちを呼び、好きなだけ食べていいと伝えます。当然、子供たちは苦いお菓子だけは避けます。そして文字盤の上に残った苦いお菓子の下にある文字をつなげていくと、そこに潜伏している工作員へのメッセージと相成るのです。中世で使われていたスパイの伝達手段です」


教師「つまり、スーパーマリオブラザーズもその、ニーナソーニャだと?」


生徒「ニーヨナノソーニャです。スーパーマリオブラザーズがそれにあたるのは確かです。子供の好奇心がなければたどりつけないメッセージをウォンは手にしたのです。あの男が我が国に害をなすのは明確です」


教師「明確と断言できるほどの証拠が揃っているとは思えないが」


生徒「スーパーマリオブラザーズからメッセージを読み取ったウォンは計画を次の段階に移行しました。児童たちに毒を流布しはじめたのです」


教師「なんだと?」


生徒「その毒は児童クラスの主に男子の興味を引きました。特にベンは」


教師「リサの弟だな」


生徒「リサが昏睡状態になって以来、ベンはひどく意気消沈し、著しく行動力も低下しました。周囲からの依頼で自分が一緒に食事を取ったり風呂に入れてやったりしています。自分と一緒でなければ眠らない日もあります。いなくならないでほしい、とよくいわれます」


教師「……重症だな」


生徒「そんなベンもあの低俗なゲーム、スーパーマリオブラザーズには興味を示し、あれの話をするときだけ、かつてのベンらしさの片鱗を取り戻していました。そして同じくらい、毒についても強く惹かれていたのです。毒について、楽しそうに自分に語ってくるのです」


教師「一体、その毒とは何なんだ?」


生徒「自分もそれを知るために情報源を遡ると、ウォンにたどり着いたのです」


教師「ウォンは毒について白状したのか?」


生徒「ウォンは紙を──雑誌から切り取ったと思われるページを一枚見せてきました」


教師「そこに毒について書かれていたと?」


生徒「はい」


教師「それは何という毒なんだ?」


生徒「単純に『毒』と」


教師「専門家ではないが、私はある程度、毒についての知識はある。毒というのは毒物の総称であり、単純に『毒』とだけ呼ばれる毒はないはずだが、それともキミのいう毒とは何かの比喩なのか?」


生徒「いえ、あれはまさしくただの毒です。そしてあれに子供たちを誘惑する力が宿っていることも理解できます」


教師「あえて訊こう。ウォンの持っていた雑誌というのは、ポルノなのか?」


生徒「違います。ただウォンがそういう雑誌もいくつか隠し持っていたことはわかっています」


教師「実はキミがウォンと言い争っているのを見たという報告を受けている。冷静なキミが感情的になるのは珍しい。もしかしてそのときのキミはウォンに毒の情報をこれ以上流すなと警告していたのか?」


生徒「感情的になどなっていません。一等生として、然るべき要求をしたまでです」


教師「具体的には?」


生徒「こちらで適切に処分するので雑誌を全て自主的に提出してほしいと」


教師「ウォンの反応は?」


生徒「こう──まぶたの下を人さし指で押さえ、その指を下げてベロを出してきました」


教師「あかんべえ、というやつか。つまり拒絶だな」


生徒「そのようです」


教師「それでキミは?」


生徒「嘆かわしいことです。誇り高い我が国と、この学園で生きる本分を完全に見失っていました。だからウォンにはゲームの時間を与えました。我々はゲームをすることにより、この国で生きる理由とその価値、この学園で学ぶ意義を刻み、実感することができるのです」


教師「結果、ウォンを殺してしまったと」


生徒「いいえ、違います。ウォンはゲームを拒みました。自ら失格を選んだのです。この国の、特にこの学園に入るにはゲームに精通し、ゲームが巧みでなければなりません。なのにやつはゲームのことを何も理解しておらず、間抜けを晒し、だからああなったのです。あれは当然の帰結でしょう」


教師「……なるほど。よくわかった。キミは正しいことをしたんだな」


生徒「ご理解を頂き、ありがとうございます。我が国のゲームは実に素晴らしいものです。自分はゲームを受ける際も与える際もその価値に震えます」


教師「……しかし今回は──誰だ?」


生徒「ベンじゃないか。どうしたんだい? 眠れない? こっちにおいで」


教師「リサの弟だな。まだ話は終わっていないんだ。ここから出しなさい」


生徒「申し訳ありません先生、少しだけベンをあやす時間を頂けませんか」


教師「しかし……」


生徒「ここにきてはいけないといったよねベン? どうして約束を守らなかったんだい? どうしても話を聞きたかった? なんの話だい? スーパーマリオワールド? わかった。じゃあ、少しだけその話をしよう」


教師「なんだその、スーパーマリオワールドというのは」


生徒「スーパーマリオブラザーズの新作だそうです。ウォンの所持していたと思われる雑誌からみつけました。あのゲームについては思うところ少なくありませんが、スーパーマリオワールドにはベンの好きな恐竜や宇宙も登場するようで、この話に毒より興味を持ってしまい、今はベンの安定を優先するために聞かせています」


教師「なるほど──まあ手短に済ませるように」


生徒「ありがとうございます」




教師「──終わったか?」


生徒「はい。ぐっすりと眠っています」


教師「その状態で話をつづけるのはつらくないか?」


生徒「もう慣れました。それにベンは一度眠るとよほどのことでもないかぎり目を覚ましません。つづけて下さい」


教師「わかった。実は昨日、ウォンの部屋を片づけていたらこんなものを見つけてしまったのだが、これに見覚えは?」


生徒「あります。以前、音楽室でリサといた革袋の男が被っていた革袋です」


教師「その通り。なぜこれがウォンの部屋から出てきたと思う? ウォンがこの学園にきたのは一週間前と思っているかもしれないが、実は彼はもっと前からこの学園の裏方として働いていたんだ。つまりもしかして、ウォンが革袋の男なのでは──」


生徒「それはありえません」


教師「……なぜいいきれる?」


生徒「自分が音楽室で見た革袋の男は大柄で肥満でした。ウォンは大柄ですが肥満ではありません。ウォンが革袋の男であると考えるのは早計かと。可能性としてはウォンと革袋の男がつながっていると思うべきでしょう」


教師「……それは、確かに」


生徒「先生、これは由々しき事態です。ウォンは明らかにスパイです。そのウォンとつながっているのであれば、革袋の男も危険視すべきでしょう……そういえば、先生」


教師「……どうした」


生徒「……いえ。失礼しました」


教師「はぐらかすなんてキミらしくないな。いいたいことは、いいなさい」


生徒「しかし……」


教師「キミは何か気づいているんじゃないのか……そう、革袋の男について」


生徒「……はい」


教師「それをいいなさい」


生徒「今……この場で、ですか?」


教師「無論」


生徒「ではいいます。先生、革袋の男は──あなたですね──」


教師「…………そうだ」


生徒「──と、自分に思わせたいのですね」


教師「え?」


生徒「あなたにとってリサやウォンのことなど、どうでもよいのでしょう。理由はわかりませんが、思わせぶりな言動や無傷の左腕に包帯を巻いたりして、革袋の男であるかのように演じている。なぜです?」


教師「違う、私があのときの革袋の男だ。どうしてわからないんだ?」


生徒「では教えてください。音楽室で、あなたはリサになんと耳打ちしたのですか?」


教師「……それは……それは……それは……」


生徒「そこをすぐ答えられるようにしておくべきでした。左腕に傷も作っておくべきでした。傾向と対策が不十分です。しかしわかりません。あなたが革袋の男を詐称することにどんなメリットが?」


教師「いいか? 本来なら音楽室での一件を目撃した時点でキミは殺されてもおかしくなかったんだ。だがキミはその美貌のおかげで先約が山ほどきている人気商品なんだ!」


生徒「──なんの話です?」


教師「だがあのお方は──革袋の男は、どこかで正体がバレるのを怖れた。しかしキミは殺せない。だから革袋の男の正体は学園の教師だったと思い込んでもらう必要があったんだ──どうせもうおしまいだ。だから教えてやる、あの革袋の男はこの国の────おいやめろ、まだ入ってくるな、くそ、はなせ、やめろ──!」




生徒「お目覚めですか?」


教師「……ここは?」


生徒「場所は変わっていません。生徒指導室です」


教師「……からだが、うごかないし、うまく、しゃべれないな……」


生徒「先ほど部屋に入ってきたみなさんが、あなたに体を落ち着ける薬を打ったといっていました」


教師「……ふふ、ものは、いいようだな。それでキミは、なぜまだここにいる?」


生徒「人の可能性についてお話をしたいと思います」


教師「──?」


生徒「一般的に人間は若いうちは頭脳や運動神経の発達が活発だといわれています」


教師「わたしはまだ32歳だぞ。若者のグループにいれてはもらえないだろうか」


生徒「ところがこれは誤りで、人は年齢に関係なく頭脳も肉体も等しい速度で鍛えることが可能なのだそうです。その秘訣は反復にあるといいます」


教師「はなしがみえてこないな」


生徒「逆説的に、学びつづけなければ衰えは一瞬ともいえます。先生、あなたは教職者としてありつづけたあまり、学びの機会を失っていたのでしょう」


教師「……おい、やめろ」


生徒「ご安心を。ゲームは日々改良を重ね、何者も拒まず、その身に誇りを刻むのです」


教師「いやだ……ゲームは、いやだ……」


生徒「国民よ、ゲームせよ」


教師「キミはだまされてる──おかしいと思ったことはないのか? 誇り高き我が国などといっても、キミは一度もこの学園から出たことはないだろ? ここは牧場なんだよ。キミたちのような美しい子供を幼いころにつれてきて支配して、政治家や金持ちの玩具にする──」


生徒「国民よ、もっともっとゲームせよ」


教師「いま外の世界で流行ってる小説がある。科学の力で恐竜の社会を現代によみがえらせるんだ。この学園もいわばそれだ。ここは作られたジュラ紀、キミは観客を喜ばせるために生み出されたトルケラトプスにすぎない」


生徒「トルケラトプスなどという恐竜はいません。正しくはトリケラトプスです」


教師「ゲームと教育でほとんどの子供は一定の負荷でつごうよくこわれてくれる。だがキミは最後までそうならなかった。キミはこの牧場で唯一の完璧な完成品だ。つまり完全な失敗作だ」


生徒「薬の影響で妄言を吐くと聞いています。ですがそろそろ口を閉じて下さい。マスクをつけることができません」


教師「──────」




生徒「残念です先生。ゲームはまだ序盤だというのに力尽きてしまうとは。やはり教職員全員にゲームをしてもらわなければ。国民よ、ゲームせよ。国民よ、もっともっとゲームせよ──おや、起こしてしまったんだね、すまないベン、うるさくしてしまって──そうだベン、これからゲームの話をしよう」







   2019年


生徒「国民よ、ゲームせよ。国民よ、もっともっとゲームせよ」


教師「それがキミの出した結論なのかい?」


生徒「はい。それこそ揺るぎない、たった一つの解であります」


教師「なるほど。では、順を追って話を聞こうか」


生徒「はい。なんなりとお申しつけください」


教師「まず、ここで何をしている?」


生徒「はい。先生がこっそり作っているショコラパウンドケーキの毒味に馳せ参じました」


教師「拒否したら?」


生徒「退職を控えた55歳男性教師が放課後の家庭科室で毎日のようにスイーツを作っているとSNSに写真付きで投稿したら、どの程度バズって特定までどのくらい時間がかかるのか社会実験をはじめたいと思います」


教師「好きなだけケーキを召し上がってくれてかまわないのでそれはやめてくれ」


生徒「素直でよろしい。では、ぶ厚めにカットしてクリームをたっぷり盛って、持ってきてください」


教師「まだ冷蔵庫から出したばかりだ。あと一時間は放置しないと、なめらかな舌ざわりにならない」


生徒「こだわりますね」


教師「当然」


生徒「じゃあ、お茶持ってきてくださいよ、カフェイン抜きのやつ」


教師「ドリンクバーなら目の前にあるだろ」


生徒「水道水じゃないですか。せめてミネラルウォーターとかないんですか?」


教師「知らないのか? 法で定められている安全基準がまったく違うからミネラルウォーターより水道水のほうが安全なんだぞ。うちの学校は浄水器もついてるから味だっていい」


生徒「こんなときだけ教師面しないでくださいよ」


教師「私はいつだって教師だ。それより部活に顔出さなくていいのか? さっきからずっと鳴ってるぞ、スマホ」


生徒「マナーモードにしました。私の体は糖分を求めてるんですよ。それよりさっきの迫真の演技への感想はないんですか? 先生だって、ちょっとのってたじゃないですか」


教師「演技?」


生徒「国民よ、ゲームせよ!」


教師「ああ、それか。しかし本当かねえ。30年前にあの国が子供たちを洗脳して人身売買してたとか」


生徒「実は今もつづいてるって話ですよ」


教師「完全な捏造説のほうを私は信じるよ」


生徒「あの少年の声、狂気を帯びてましたね」


教師「わざとらしすぎないか? 実際に洗脳された子供がいたとして、あんな教科書通りに無感情でテキパキ喋ったりするか? イメージに忠実すぎて信憑性がないよ。日本にいって忍者がいたりアメリカ旅行でカウボーイがいたら嬉しいけど、それはイベントで用意されたものだってわかるだろ」


生徒「だけどイギリスには実際に近衛兵がいますし、インド人は手足が伸びて口から火を吹きますよ?」


教師「後者は聞かなかったことにする」


生徒「もう世界中でネタにされてますよね、発掘されたあのテープ」


教師「真偽はどうあれ、あの少年の演説には妙な中毒性というか聞き入ってしまう何かがあるのは認める」


生徒「海外のゲームメーカーはさっそくパロディーCMを流してウケたり炎上したりしてるみたいですよ」


教師「フットワークの軽さとリスクを怖れない心は見習いたい」


生徒「──実はですね、先生」


教師「どうした急に小声になって」


生徒「ここだけの話、私はあのテープについての真実を世界で最初に発見してしまったのです。いつもスイーツをごちそうになっているお礼に、先生にだけ特別にそれを教えてあげます」


教師「ほう。陸上だけでなく、頭脳でも全国女子高生のトップに立とうというのか」


生徒「信じてませんね」


教師「聞いてもないのに信じるも信じないもないさ。正直な気持ちをいうなら、期待してるよ」


生徒「いいでしょう。ご期待に応えますよ。まず先生のスマホでどこでもいいから動画サイトにいってあのテープを再生してください」


教師「なぜ私のスマホなんだ?」


生徒「この学校Wi-Fiないし、私はもう今月の通信量の上限ギリギリなんですよ」


教師「幸先のいいスタートだな」




生徒「──聞きましたね。あれ? 先生、何か顔赤くないですか?」


教師「まあ、その、女の子の脱衣や乱暴される有り様が語られているテープを年頃の女の子と聞くのはどうなんだろうって。そういうことに敏感な世の中だし」


生徒「私は別に気にしませんよ。女子全員が男の人のそういうのに嫌悪感あるなんて思うのは、それこそインド人はもれなく手足が伸びるって信じてるようなものですよ」


教師「キミはダルシムが好きなのかい?」


生徒「一番好きなのはエドモンド本田です」


教師「いいセンスだ」


生徒「弟はよく私のパソコンでネットするんですけど、検索履歴が残ることを知らないみたいで、定期的にチェックしてます。どんなこと調べてるか知りたいですか?」


教師「弟君のプライバシーがキミに訴訟を起こしそうだな」


生徒「昨日は『相撲 横綱 歴代』でした」


教師「渋いな」


生徒「あとは『アニメ ヒロイン エッチシーン』です」


教師「まあ、健全だ」


生徒「本当にそう思います? 弟は三歳ですよ?」


教師「──早熟だな」


生徒「あ、間違いました。十三歳です」


教師「安心したよ。ところで、テープに関するキミの世紀の発見はどこへ?」


生徒「えっ、どこでその話を?」


教師「キミがいい出したんだろ」




生徒「では先生、まずあのテープの内容から感じ取れる全体像を聞かせてください」


教師「ある国で美形の子供たちを誘拐して洗脳し、その子供を高額で売りつける組織があった。子供たちは学園と呼ばれる施設に軟禁状態だった。しかしある日、一人の少年が暴走し、学園を破滅に導こうとしていた──そんなところだろうか」


生徒「模範的ないい解答です。おおむね誰が聞いても同じような感想になると思います。ところで先生、テープの中で頻繁に登場する『ゲーム』については、どんな印象を持たれましたか?」


教師「ゲームとは名ばかりの、ほぼ間違いなく拷問のようなものだろう。テープの終盤で教師がゲームを受けるくだりがあるけど、ずいぶんと物騒な音が響いてた。少なくともシチューを作ってるような音じゃない」


生徒「それについては私も同意見です」


教師「それでキミの大発見とは?」


生徒「実は前提が間違っていたとしたらどうでしょう?」


教師「というと?」


生徒「あの少年は暴走なんてしてなかった。むしろ誰よりも冷静で、全てはあの少年の計画だったとしたら?」


教師「そう思う根拠は?」


生徒「先生もさっきおっしゃってたじゃないですか。あまりにもテンプレな洗脳のされっぷりで逆にうそくさいみたいなこと」


教師「確かに。しかしあの少年が狂気を演じていたというのなら、その理由は? 少なくとも彼は殺人を含む複数の非道な行為に手を染めている。彼の目的は何だ?」


生徒「大勢の子供たちが洗脳され売られていくあの学園と呼ばれる施設を内部から破壊したかったんだと思います。彼は何をしても罰せられることのない自分の価値をちゃんと理解していた。だから非道な手段をとることができた。もちろん葛藤や苦しみはあったはずです。だけど、新しい犠牲者を出さないために、自分の代で全てを終わらせようとしたんです」


教師「……なるほど。悲劇のヒーローということか」


生徒「かなり鋭くないですか? 私の考察」


教師「まず私の意見をいわせてもらうと、そもそもあのテープはフェイクかタチの悪いジョークという考えは変わらない。だけどそれじゃあキミは納得してくれないだろうから、そうだなあ──ショコラパウンドケーキが食べごろになるまでは、キミの意見を尊重して、あのテープは本物だという前提でキミに反論しよう」


生徒「おっ、反論ときましたか。いいですよ。受けて立ちましょう」


教師「キミは麻薬カルテルを知っているか?」


生徒「麻薬カクテル? それってやばいドラッグですか?」


教師「カクテルじゃなくてカルテル。企業連合という意味だけど、この場合はまあ、危険なものを作ってる危険な組織と思ってくれればいい」


生徒「そのカルテルと私の完璧な考察にどんな関係が?」


教師「悪の組織には当然、世界中の警察が目を光らせている。しかし悪の組織は狡猾で、なかなか姿をあらわさない。だから捜査官は一般人を装い、カルテルが存在するといわれる土地に潜入したりもする」


生徒「ふむふむ」


教師「時は流れ、捜査官は見事にその土地の人間として馴染んでしまう。ある日、捜査官はよく公園で遊ぶ少年といつものように会話を楽しんでいた。つい気の緩んでいた捜査官は少年にこんなことをいってしまう。実はおじさんは正義の味方なんだ。次の瞬間、公園に銃声が響く。少年が隠し持っていた銃で捜査官の心臓を貫いたのだった」


生徒「何の作り話ですか?」


教師「実話だよ。子供を使った捜査官のあぶり出しと処刑。よくある手段だそうだ」


生徒「……うそ」


教師「あちらの言葉でいう教育、こちらの感覚でいう洗脳のたまものだろうな」


生徒「なんで今そんな話を?」


教師「キミは自分の正義や常識、価値観であのテープを考察した。だからキミはキミの理想に基づいた悲劇のヒーローを作り出した。性善説といってもいい。人は本来、正しいのであるという思い込み」


生徒「だけど、人の考え方ってある程度は普遍的なものなんじゃないですか? 嫌だと思うことに違いがあるとは思えません」


教師「例えばここに同性愛のカップルがいたとする。そのカップルを指さして気持ち悪いという人がいた。どうなると思う?」


生徒「火あぶりにされると思います。気持ち悪いっていった人が」


教師「同感だ。しかしほんの少し前までは火あぶりにされたのは間違いなく同性愛者だった。先進国でも違法だったし、そもそも差別はまだ残ってる」


生徒「だけど時代は変わって、どんどん新しい考え方になってるじゃないですか」


教師「どうだろう? 同性愛が許されなかったもっと前の時代では、同性愛も小児性愛も許容されていた。いや、許容という感覚すらなく、当然のこととして、ただそこにあった。それらは当たり前のことだったんだ。それから時が経ち、いくつかの価値観が非難されるようになり、また時が経ち、今度はそれを非難する者を非難するようになった」


生徒「ううむ」


教師「正しさなんてものは神が石版に掘って人類に提示した不変的ものではなく、人がそのつど書き換えてきた、よくいえば柔軟、わるくいえば軟弱なものだ。人間の三大欲求は性欲、食欲、睡眠欲。人の本能的な恐怖は音と落下に対してのみ。それ以外は全て後づけだよ。つまり後からどんなことも植えつけられる」


生徒「テープの少年もカルテルの少年も、私たちとは違う考え方で生きていると?」


教師「私はそう思う。学園と呼ばれる場所でどんな教育を受けていたのかはわからないけど、規律に違反した者は廊下に立たせるくらいの感覚で殺しても平然としていられる程度の人格には矯正されているようだし」


生徒「でも、学園にいた全員がそうとは限らないんじゃないですか? 例えばリサって女の子は、なんていうか、こっち側の人って気がします」


教師「同感だ。学園には誘拐によって入学させられてるようだから、そのときの年齢も影響しているだろう。それにテープでも語られていたけど、あの少年はあちらの社会でも特別な感性の持ち主だったのは間違いない」


生徒「うん──つまんない」


教師「うん?」




生徒「つまんないですよこの話。いつまでつづけるつもりですか」


教師「いや、キミがはじめたんだろう」


生徒「もういいです。私は一人で楽しいことします。ケーキできたら持ってきてください」


教師「この学校は携帯ゲーム機の持ち込みは禁止していたような気がするけど?」


生徒「勝手にケーキを作るのは許可されてるんですか?」


教師「……ところで、なんのゲームをしているのかな?」


生徒「スーパーマリオワールドですよ」


教師「ある意味タイムリーな作品だな」


生徒「これ難しいんですよね──ほら、敵にぶつかるとすぐルイージが逃げちゃうんですよ」


教師「それはルイージじゃなくてヨッシーだ。はじめて聞いたぞ、その二つを間違えるのは」


生徒「あーあー、そうやって古参が新規ユーザーを知識でビンタするからジャンルは滅びていくんですよ」


教師「悪かったよ。でもキミ、この間、自分はレトロゲームに詳しいって──」


生徒「詳しいと間違えちゃいけないって法律でもあるんですか?」


教師「ないけど──ああ、そうだ。これダブったから一つあげるよ。同じレトロゲーム愛好家として」


生徒「ありがとうございます。かわいいですね。チョココロネのキーホルダーですか?」


教師「確かに似てるけど、それはライクライクだ」


生徒「ライクライク?」


教師「ゼルダの伝説に出てくる敵だな」


生徒「あ、ゼルダの伝説は知ってますよ。トライフォースっぽい柄のタオル持ってるから今度見せてあげますよ。でも変わった名前ですね、ライクライクって」


教師「──『たで食う虫も好き好き』──って言葉があるだろ」


生徒「なんでしたっけ、それ」


教師「蓼というとにかく辛くて苦い葉っぱがある。そんなものでも好き好んで食べる虫はいる。転じて、どんなものでもそれを好きな人はいるという多様性をあらわした言葉だな」


生徒「ああ、思い出しました思い出しました。そうそう、それです」


教師「思い出したという雰囲気ではないけど、まあいいだろう」


生徒「その言葉がどうしてゼルダの敵に?」


教師「ゼルダの伝説のスタッフに『たで』を『たて』と勘違いしていた人がいたそうだ。『盾食う虫も好き好き』という具合に。そのエピソードが面白くて、盾を食べるライクライクという敵が生まれたんだ」


生徒「あ、わかりました。『好き好き』の部分が『ライクライク』になったんですね」


教師「ご名答」


生徒「すごいですよ私。どんどんゲーム博士になってますよ」


教師「確かにすごいな。その自信は」


生徒「機嫌がよくなったので、私はマリオワールドに戻ります」


教師「健闘を祈るよ」




生徒「先生、助けてください」


教師「どうした?」


生徒「このラグビーマンが倒せないんです」


教師「──まだ序盤じゃないか」


生徒「またそうやって古参ビンタしてくる」


教師「別にそういうつもりじゃ」


生徒「バツとしてこのステージをクリアしてください。それから宇宙エリアまで見せてくださいよ」


教師「そんなエリアはない」


生徒「ウソつかないでくださいよ」


教師「ウソなんてついてない」


生徒「だってテープの少年はいってたじゃないですか。『マリオワールドには恐竜や宇宙が出てくる』って」


教師「そういえば、そんなこともいってたな。たぶんスターロードのことだろう」


生徒「なんですか、それ」


教師「隠しコースだよ。星のかたちをしたエリアで、宇宙に見えなくもない」


生徒「……隠しコース? ということは……隠してるってことですよね?」


教師「まあそうだな。別に見つけなくてもクリアはできる」


生徒「隠してるんですよね?」


教師「そうだ。なぜ同じことを訊く?」


生徒「なんでテープの少年は隠しコースのことを知っていたんでしょうか?」


教師「そこは重要なのか? 雑誌に写真が載っていたのかもしれないし、どこかのステージを宇宙だと思ったのかもしれない。宇宙だといわれたら見えなくもないデザインのステージはいくつかあるし」


生徒「もう一つ教えてください。マリオワールドって恐竜は出てきますか?」


教師「もちろん。マリオワールドの舞台は『きょうりゅうランド』だからな。ヨッシーを筆頭に恐竜をモチーフにしたキャラは何体かいるぞ。まあ厳密にいうと、ヨッシーはカメ族なんだけど」


生徒「そこまで訊いてません」


教師「…………」


生徒「実はテープの少年の発言で、一カ所だけ気になってたところがあるんです。正確には、あるポイントで発言しなかったことなんですけど」


教師「どこだ?」


生徒「…………」


教師「どうした?」


生徒「……すみません。ちょっとスマホかしてください」


教師「かまわないけど、どうするつもりだ?」


生徒「もう一度テープをよく聴きたいんです」


教師「ここで聞くのはダメなのか?」


生徒「ダメです。集中したいんです。もう少しでわかりそうなんです」


教師「わかるって何が? っておーい……どこまでいくつもりだ?」




生徒「──わかりましたよ、先生」


教師「おかえり。思い出したんだけど、私も今月の通信量かなり使ってるんだよな」


生徒「今度こそ世紀の大発見です」


教師「聞かせてもらおう」


生徒「結論からいいます。これは存在するけど実在しないゲームの物語だったのです」


教師「それは若者の間で流行ってるレトリックか何かなのかい?」


生徒「スーパーマリオワールドは架空のゲームです」


教師「いや、架空じゃないだろ。キミもさっきまで遊んでたじゃないか」


生徒「だから存在はするけど実在はしないんですよ」


教師「すまないが、キミの弟にもわかるように説明してくれると助かる」


生徒「スーパーマリオワールドというゲームは存在します。私がそこで遊んでいたし1990年に任天堂から発売された世界的ヒット作です。でも、テープの少年の語ったスーパーマリオワールドは彼の頭の中にしか存在しない架空のゲームなんです」


教師「……どういう意味だ?」


生徒「あれは彼の空想の産物です」


教師「そう思う根拠は?」


生徒「私もウィキペディアでさっき知ったばかりなんですけど、ゲームというのは世界で一斉に同じ日に発売されるわけじゃないんですね」


教師「そうだ。海外の人気作品でもこっちでリリースされるのは数年後なんてのも珍しくない」


生徒「これを見てください。少年の国でマリオワールドが発売されたのは1993年です。89年に彼がマリオワールドを知ることはできたんでしょうか」


教師「彼は雑誌の記事でマリオワールドの存在を知ったといっていた。世界的な人気タイトルだし、そこまで引っかかることでもないような」


生徒「ここを見てください。1989年に任天堂が発表した時点でスーパーマリオワールドは、まだスーパーマリオ4というタイトルだったんです。89年にスーパーマリオワールドというタイトルは存在してなかったんです。世界のどこにも」


教師「……どうだったかな、記憶ではかなり早い段階でマリオワールドっていっていたような気もするけど、帰って当時の雑誌を調べてみるか」


生徒「この国と少年の国のゲーム雑誌に載っている情報は同じではないですよね?」


教師「それはそうだろう」


生徒「先生。私には少年が雑誌でどんな情報を見たのかわかりますよ」


教師「ほう。事件の真相にたどり着いた探偵のような目をしているね。聞かせてもらおう」


生徒「これを見てください。スーパーマリオシリーズの各国の発売日が書かれています。これによると89年に少年の国で発売されたのは──」


教師「スーパーマリオブラザーズ2」


生徒「そうです。こっちより三年遅れで発売されてます」


教師「それがどうしたと?」


生徒「少年はこれを見てスーパーマリオワールドを語ったんです」


教師「いやいやいや、違いすぎるだろ。なにもかも」


生徒「先生、思い出してください。テープの中で何度も語られていたのに私たちがまだ取り上げていない項目がありますよね?」


教師「……すまない。思い出せない」


生徒「──『毒』──ですよ」


教師「毒? ──ああ! そういうことか」


生徒「レトロゲーム愛好家には簡単すぎる問題だと思います」


教師「毒キノコ。マリオブラザーズ2から加わった新アイテムだな」


生徒「そうです。ウォンという教師は雑誌でマリオブラザーズ2の情報を流していたのでしょう。毒キノコをはじめ、新しい世界に子供たちは興奮した」


教師「確かに、筋は通っているな。だけど不可解だ。マリオブラザーズ2が最新情報の状態で、どうやってマリオワールドを知ることができたんだ?」


生徒「だから少年の語ったマリオワールドは彼の頭にしか存在しない架空のゲームなんですよ」


教師「だがあの少年の語るマリオワールドは私たちの知るマリオワールドと一致している」


生徒「一致してません。どうしてまだわからないんですか!」


教師「大きな声を出さないでくれよ……わからないって、何を?」


生徒「真実ですよ。あのテープの」


教師「……よかったら教えてくれないか、その真実を」


生徒「すみません、感情的になって。ちょっとお水飲みますね」


教師「ああ」


生徒「少年の語るスーパーマリオワールドを架空のゲームだと気づけなかったのは、しかたのないことなのかもしれません。全く同じタイトルで同じ世界観と思われる作品が実在しているのだから。だけど、一つだけ実在のマリオワールドと少年の語るマリオワールドには一致しないキーワードがありました」


教師「宇宙のことか」


生徒「そうです。ささいなことかもしれません。宇宙を連想させるエリアもあるようですし。しかし少なくとも実在するマリオワールドで宇宙はそれほど重要なワードではないようです。そのときふと思い出したんです。あのテープで恐竜と宇宙と世界が一堂に会したシーンがあったことに。ここを聞いてください」



「はい。あれは十八時のころだったと記憶しています。自分の部屋にベンがやってきました。慌てていた様子でした。自分とベンは趣味がよく似ており、よく宇宙や恐竜について意見を交わしていました。他にも最近は世界について──」



教師「なるほど。宇宙と恐竜とワールドが出てくるな。でもだからといって、これが架空のマリオワールドにつながる理由がわからないよ」


生徒「ここまでヒントを出してご理解いただけないのは、せつないですね」


教師「今は私がキミから古参ビンタを受けてる気分だ」


生徒「すぐに答案を見せるのではなく、自力で答えを見つけたように導くのが古参の役目です。では、これを聞いてください」



「スーパーマリオブラザーズからメッセージを読み取ったウォンは計画を次の段階に移行しました。児童たちに毒を流布しはじめたのです」



教師「ウォンがスーパーマリオブラザーズ2の情報を子供たちに見せたと思われる場面だな」


生徒「つづけてこちらも聞いてください」



「そんなベンもあの低俗なゲーム、スーパーマリオブラザーズには興味を示し、あれの話をするときだけ、かつてのベンらしさの片鱗を取り戻していました。そして同じくらい、毒についても強く惹かれていたのです。毒について、楽しそうに自分に語ってくるのです」



教師「ベン君はマリオと同じくらいマリオ2にも興味を持っていた。これがテープの少年が架空のマリオワールドを創造した理由なのか?」


生徒「────」


教師「自分で考えろ、と」



「なんだその、スーパーマリオワールドというのは」

「スーパーマリオブラザーズの新作だそうです。ウォンの所持していたと思われる雑誌からみつけました。あのゲームについては思うところ少なくありませんが、スーパーマリオワールドにはベンの好きな恐竜や宇宙も登場するようで、この話に毒より興味を持ってしまい、今はベンの安定を優先するために聞かせています」



生徒「これでどうです? もう答が見えていてもおかしくありませんよ」


教師「テープの少年はベン君にもっと元気になってもらいたかった。だからマリオ2よりも面白い作品があると教えようとした?」


生徒「2点ですね」


教師「何点で合格なんだ?」


生徒「100点以外は認めません」


教師「厳しいな……だけど……うーん……わからない」


生徒「次で最後です。お願いです。気づいてください」



「リサが今どうなっているかは知っているだろう?」

「昏睡状態で医療棟にいます。それが何か?」


「リサが昏睡状態になって以来、ベンはひどく意気消沈し、著しく行動力も低下しました。周囲からの依頼で自分が一緒に食事を取ったり風呂に入れてやったりしています。自分と一緒でなければ眠らない日もあります。いなくならないでほしい、とよくいわれます」


「──そうだベン、これからゲームの話をしよう」



教師「そういえばテープの少年がベン君を思いやっているのだとしたら、リサを見殺しにしたのは矛盾してるような。それでも彼はベン君の面倒はしっかりみてるようだし。そもそもこれをどうすれば架空のマリオワールドにつながるのかわからない──ベン君はマリオ2の情報に引き寄せられていたのに、それをわざわざ引き離すような────え? まさか」


生徒「その、まさか、ですよ」


教師「だけど、それはあまりに──本当に彼はそれだけのために?」


生徒「彼にとってはそれが全てだったんです」


教師「しかし……」


生徒「先生。これはとてもシンプルな話だったのです」


教師「テープの少年は──」


生徒「──ベン君のことが好きだった。そう、これはただの恋の物語だったのです」




教師「だけどテープの少年は14歳でベン君は9歳だぞ?」


生徒「昔は同性愛も小児性愛も当たり前だったとおっしゃったのは先生ではありませんか。それに人間の根源には性欲と食欲と睡眠欲があるっていいましたよね? それって例えあとから何をつけ足されたとしても、人を想う気持ちだけはどうしようもないってことですよね?」


教師「キミはあまりに危険なことをいおうとしていると気づいているのかい?」


生徒「でも先生だって同じ場所にたどり着いたんでしょう? テープの少年は邪魔なお姉さんやゲームを持ち込んだ教師を排除してベン君を自分に依存させようとした。常に自分に興味を持たせるためにベン君の好きなものだけで組み立てた架空のゲームをでっちあげて話題を提供しつづけた」


教師「全てキミの憶測だろう。本当にテープの少年はベン君にそこまで好意を寄せていたといえるのか?」


生徒「これを聞いてください」



「好奇心旺盛なベンの読みたがる書籍を自分が先に図書館から借りていることが多く、ベンは読みたい本を見つけるときは図書館より先に自分の部屋を訪れることがままありました。それで自分はベンが読みたがっていた世界についての辞典をわたそうとしました」



教師「特におかしな点はみあたらないけど?」


生徒「おかしなところだらけだからそう思うだけです。だってこれ、全部ウソなんだから」


教師「え?」


生徒「テープの少年は恐竜にも宇宙にも世界にも興味なんてないんです。ベン君がそういう本を好きだから、ベン君に会いたくて、先回りしてベン君の好きそうな本をかりていただけです」


教師「それを客観的に証明することは?」


生徒「できます。ちょっと前に私がテープの中で気になる部分があるっていったの覚えてくれてますか?」


教師「ああ、確かテープの少年がいうべきことをいわなかったとか」


生徒「そこを聞いてください」



「いま外の世界で流行ってる小説がある。科学の力で恐竜の社会を現代によみがえらせるんだ。この学園もいわばそれだ。ここは作られたジュラ紀、キミは観客を喜ばせるために生み出されたトルケラトプスにすぎない」

「トルケラトプスなどという恐竜はいません。正しくはトリケラトプスです」



教師「──特に、不可解なところはないような。少年もいうべきことはいってないか?」


生徒「いいえ、少年は大切なことをいい忘れています。厳密には、彼はいえなかったんです。本来なら知っているべきことを知らないのだから」


教師「それは何なんだ?」


生徒「私の弟も小学生のころ恐竜にハマってまして、よくクイズを出されました。だから覚えてたんです。トリケラトプスはジュラ紀ではなく白亜紀の恐竜だと。そして弟をはじめ恐竜好きを称する人たちはジュラ紀と白亜紀の恐竜を間違えることにとてもとても厳しいんです。だから思ったんです。テープの少年はもしかして、恐竜に興味ないのでは? と。そしてそれが全てのはじまりでした」


教師「そこを起点にこれだけの推理を? キミは本当に頭脳でも全国トップになれるんじゃないか」


生徒「他にもいろんな要素のおかげです。特に──」


教師「──特に?」


生徒「──いえ、何でもありません」


教師「そうか。では最後にいじわるな質問をしてもいいかな?」


生徒「どうぞ」


教師「テープの最後に少年はベン君にこれからゲームをしようと持ちかけている。あれは少年がベン君をゲームに──ベン君に洗脳的なことをしようとしていたんじゃないのか?」


生徒「よく聞いてください。少年はベン君に『これからゲームの話をしよう』っていってたんですよ。ただお話を聞いてもらいたかったんでしょう。ベン君の喜びそうな架空のゲームの物語を、嬉しそうに」


教師「ああ、そうだったな」




生徒「──なんか私たち、変なこと喋ってますよね。そもそもテープの少年っていわゆるサイコパスだし、ベン君だって変な人にからまれて大ピンチだし──そうだ、先生の案を採用して、テープに収録されていたのは架空の物語で、私たちはそれについて映画みたいに考察していたことにしましょう。それでいいですよね? ね?」


教師「ああ、そうだな」


生徒「うん? なんですこの音」


教師「ちょうどケーキが食べ頃になったようだ。それじゃあお望み通り、ぶ厚くカットしてクリームたっぷり盛って持ってくるよ」


生徒「先生は先生をさせておくにはもったいないですね」


教師「だからやめるんだ。そうだ、楽しい話ができたお礼にこれもれてくるよ」


生徒「それめちゃくちゃ高いノンカフェイン紅茶じゃないですか!」


教師「キミが飲みたいっていってただろ。今度の大会で優勝したらお祝いにと思ってたけど、キミは間違いなく結果を出すだろうし、前祝いだよ。それじゃあ、少々お待ちを」


生徒「…………」




生徒「………………」


生徒「ほんと、かんべんしてよ。紅茶とか用意してさ、そういうとこなんだって」


生徒「どうしてテープの少年の気持ちがわかったかって? 自分と同じだって気づいたからに決まってるじゃん」


生徒「私だって、どれがルイージで、どれがヨッシーかなんてわかんないよ……だから……」


生徒「いい加減気づいてよ、ねえ」


生徒「……ライクライク」


生徒「──ライク──ライク」




GAME OVER


Pay homage to The video game with no name




「それじゃあベン、ゲームの話をしよう。今日はスーパーマリオワールドに出てくる新しいエリアの話だ。そこは青い空の上からはじまって、プテラノドンにまたがって、その空を自由に飛ぶことができるんだ。そして青空のかなたには──見たことのない新しい世界が広がっているんだ」

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