ハラハラハラハラハラスメント
『びっくりするような擬人化作品』がテーマの企画に投稿したものです。
このご時世、擬人化されていないものを見つけるのはむずかしく、ずっとテーマを探しておりまして
〆切直前に、これなら擬人化されてないはずと思いつき、一気に書き上げたのがこちらです。
スカートが破れている。
学校にくる途中、ケガをしている仔犬をみつけて、手当をするための布が必要だったのでしかたなくここから拝借したんです──という理由でもあるのか、少女のはいている紺色のプリーツスカートは乱暴に短く破られていた。
しかし、少女がそれを気にしている様子はない。
彼女はこの学校の生徒であり生徒会長でもある。
今日は入学式。ここは体育館。
彼女は新入生への祝辞を読むことになっているのだが、壇上に立ってかれこれ十九分経過しても、それはまだはじまっていない。
なぜか? スマートフォンを耳にあて、友人との会話に花を咲かせているからである。
「それで本気でむかつくんだけどさあ、一応私ってほら、生徒会長様じゃん? だから遅刻はどうかと思って急いでたのに近所のチビ犬が近づいてきて靴とかなめてきたわけよ。それでむかついて蹴飛ばしたらボールみたいに跳ねて、なんか道路のまんなかまで転がってたけど、やっぱあのあとトラックとかにひかれたのかな」そう言って愉快そうに笑う。
仔犬を助けるどころか危害を加えていたようだと、棒立ちのまま待機を余儀なくされている新入生たちは戦慄した。
新入生、在校生、共に紺色のプリーツスカートと白の半袖ブラウスで統一された制服を身につけている。
一方、壇上の生徒会長は破れてはいるもののスカートは学校指定のものだが、上は自爆したヤマンバのようなイラストがプリントされたTシャツを着ていた。
シャツの裾から腕を入れて、おなかをぽりぽりとかく。
せっかくの美貌を自らの行為でとことん台無しにしている。
「──うん、わかった。じゃあまたね」
開始から二十三分が経過してようやく通話は終わった。同時に、生徒会長は口の中にあったガムを壇上に吐き捨てた。
常識が失われている。
礼節など存在しない。
モラルが崩壊してる。
だけど、それでいい。
なぜなら──
「ええっと、新入生のみなさん、ようこそ」
ここまでひどいと、むしろ演技なのではと思わせるほど徹底的に感情のない棒読みだった。
「みなさんと共に学べる日々がはじまることを心より嬉しく思います」
と、心からつまらなそうに言う。
「みなさんの素晴らしいご活躍を期待しています。以上、聖ハラスメント女学院高等学校、生徒会長、モラルハラスメント」
──なぜなら彼女は、モラルハラスメントなのだから。
国内有数のエリート校である聖ハラスメント女学院には今年も大勢の少女たちが入学した。
他校と違い、ここでは八月の真夏日に入学式がある。
なぜか? 若者にはとにかく苦しみを与えて精神を鍛えてやるべきだという先代の生徒会長であるパワーハラスメントの提案でそうなったのだ。
とはいえ暑さで倒れてしまっては元も子もない。だからこの体育館には冷房がとてもよく効いていた。
副会長のエアーハラスメントが気を利かせて館内の温度を5℃まで下げてくれていたのだ。これは一般的な家庭用冷蔵庫の内部ほぼ同じである。
寒さにたえきれず、先ほどから新入生たちが、ばったばったとドミノみたいに倒れていた。
まだ暑いのかしら? エアーハラスメントは首をかしげて温度をさらに2℃下げた。
真夏の極寒地獄から生還した新入生たちは、それぞれ割り当てられた教室に入っていく。
一年H組の窓際の席に座る一人の少女は、おどおどしながら周囲に視線を配っていた。
自分なりに気合いを入れるためポニーテールにしてみたのだが、クラスでそんな髪型をしている生徒は他にいなくて、なんだか浮いてしまっているのではと不安に襲われていた。
そのポニーテールの少女に隣の席の少女が話しかける。
「はじめまして、今日からよろしくね」
腰までのびたロングヘアは黒く美しい光沢をまとっており、日頃から手入れを怠っていないことを見る者に知らしめる。
「あっ、はじめまして……よろしくお願い、します」
「同級生なんだから敬語なんて必要ないよ。同じ十五歳なんだし」
「あっ、私、十六歳です……先週、誕生日で」
「だったら私が敬語使わなくちゃ、だね」
「とんでもない! そんなことしなくていいですよ」手と顔をぶんぶん振って否定する。頭の動きにつられてポニーテールは風を泳ぐ。
ロングヘアの少女は笑った。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私はヌードルハラスメント。あなたは?」
「わ、私はその、せ、セクシャルハラスメント……です」
その名を聞いて教室がどよめく。
「あなた、セクシャルハラスメントなの?」ヌードルハラスメントが目を丸くして驚く。「すごい名家じゃない!」
「いえいえ、全然すごくなんてないです。特に私は本当にダメダメで、一族の面汚しって評判なくらいで……」
教室のドアが乱暴に開かれ、鋭い目つきにメガネをかけた上級生の少女が入ってきた。
「私は生徒会執行部のリストラハラスメントだ。次の者に用があるので、私についてこい。一人はヌードルハラスメント。もう一人はセクシャルハラスメント」
名前を呼ばれたセクシャルハラスメントとヌードルハラスメントは状況が飲み込めず、お互いの顔を見合わせた。
二人は教室を出て、早足でどこかに向かうリストラハラスメントのあとを追う。
「あの……リストラハラスメント先輩、私たちはどこへ?」とセクシャルハラスメントが訊く。
「お前たちにはこれから特別指導室で特別な指導を受けてもらう」
「どうして急にそんなことを?」ヌードルハラスメントは困惑している。
「入学式の前に受けてもらった適正テストでお前たち二人にだけ問題が見つかった。今日の放課後までにそれが解決できない場合、悪いが退学してもらう」
「えっ? 退学ってどういうことですか?」ヌードルハラスメントが少し強い口調になる。
「退学という言葉に退学する以外の意味があるならこっちが教わりたいくらいだ。でもそうだな、もう少しわかりやすくいうなら、この学校から去ってもらうという意味だ」
「待って下さい」セクシャルハラスメントは言う。「今日って入学式ですよね?」
「それがどうした?」
「その、よくわからないんですけど、もし私たちに何か足りないところがあったとしても、それを学ぶのが学校の意味なんじゃないですか?」
そうだそうだとヌードルハラスメントが腕を上げる。
「我が校はエリート校だ。エリート校のエリート校たる所以はエリートだけを揃えていることにある。凡人に用はない。退学したときはもっとレベルの低い学校か塾にでも通え」
「横暴だ!」ヌードルハラスメントは声を上げる。
「悪いが私は保育士じゃないんで、問題児の相手は好きじゃないんだ。これ以上文句を言えばその時点で退学だ。もちろん指導を受けることを拒否しても退学だし、指導後に問題を解決できなくても退学だ。わかったな」
何がなんでも相手を追い出したくてたまらない強い意志を感じる。リストラハラスメントとしては模範的な言動だった。
だから二人は黙って従うほかなかった。
教室の半分くらいのスペースで机も椅子もない。それが特別指導室だった。
すぐに教官がくるから待ってろ、それだけ言ってリストラハラスメントは去っていった。
すでに十分以上経過しているが、教官とやらが訪れる気配はない。
窓の向こうにはグラウンドが見える。そこでは小型の火山が噴火したような煙がもくもくとのぼっていた。
二年生のスモークハラスメントが七輪でサンマを焼いているのだ。
おびただしい勢いの煙は練習中の陸上部員を直撃して、けほけほとむせている。
「待たせたわね、落ちこぼれたち」
声に反応して出入り口に目を向ける。
乱暴に破れたスカート、前衛的な柄のシャツ。
そこには生徒会長がいた。
「生徒会長が教官なんですか?」セクシャルハラスメントは訊く。
「そうみたいね」
「あの、私たちってここで何をすれば?」
「知らない」
「え? 確か特別な指導を受けるって」ヌードルハラスメントは思い出しながら口にする。
「適正テストに問題のあった生徒の様子をみてやってくれってリストラハラスメントに言われたからここにきただけで具体的にどこが問題で、何を指導すればいいかなんて聞かされてないわよ。まあリストラハラスメントのことだから適当に圧力かけて退学させたいだけなのかもしれないし」
「……そんなあ」
セクシャルハラスメントとヌードルハラスメントはうなだれる。
「まあ、せっかくだし、あんたたちのハラスメントを見てあげるわよ。まずはそっちの髪の長いほうから」
生徒会長のモラルハラスメントは人さし指でヌードルハラスメントを指さした。
「はい。私はヌードルハラスメントです」
「麺をすする音で相手に不快感を与えるハラスメントね。いいわよ、やってみて」
はい、と返事をしてどこからともなくヌードルハラスメントはカップラーメンと割り箸をとりだした。カップラーメンにはすでにお湯がそそがれており、食べ頃の状態になっている。
「──では」
そして麺をすする。
チロチロと雛鳥の産声のような音が、かすかに指導室に響く。
「どうしたの? やけどしたの? 食欲がないの? ラーメン嫌いなの?」
「そうではなくて、これが私の全力なんです」ヌードルハラスメントは申し訳なさそうに自慢の髪をもてあそぶ。
「冗談で言ってるのよね?」
生徒会長はヌードルハラスメントの手からカップ麺を奪い、乱暴に食べてみる。
ずるずると不快ではないものの、豪快な音が鳴る。
「私でもこれくらいは出せるわよ?」
「自分でもわからないんですよ。子供のころはいい音が出せてた記憶があるんです。恋愛映画とか見てると食欲もわいてきて、毎日のように近所から苦情をもらってたような気もするんですけど……」
「自分には才能があると思って練習をなまけてたの?」
「うちの両親が私に甘くて、無理してハラスメントにはならなくてもいいって言ってくれて。だから私もハラスメントになるつもりはなかったんです」
「だったらどうしてこの学校を受験したのよ」
「それは私がヌードルハラスメントにならないって言ったら、おばあちゃんがすごく怒って、無理やり受験させられたんです」
「なるほどねえ。でもそれなら別にいいんじゃない? ハラスメントになりたくないんでしょ? このまま退学しちゃえば?」
「それは嫌なんです!」ヌードルハラスメントは強く叫んだ。「私、やっぱりハラスメントになりたいんです。受験勉強のときはつらいどころか楽しかったし、将来は立派なハラスメントになりたいんです!」
「なるほどねえ……」めんどくさいな、と生徒会長は小さくこぼした。「じゃあ今度はポニーテールのほう。あんたは何なの?」
「はい、私は……セクシャルハラスメントです」
「セクシャルハラスメントだったの?」生徒会長は一歩前に出て、セクシャルハラスメントの顔をまじまじと見つめる。「そういえば確かに先々代の生徒会長に似てるわ」
「……はい、姉のことですね」
「あの天才の妹がなんで落ちこぼれてんのよ。あんたの姉さんすごかったわよ。いつの間にか近づいてきて、ふとももなでられたり、ブラウスの中に腕つっこまれたり──」
当時を懐かしむように、生徒会長は遠い目をする。
「……いいわけするわけじゃないんですけど、小さいころから何をするにしても姉と比べられて、姉は何でもできるけど私は何もできなくて……姉は天才、私は平凡って言われつづけて……」
「本当に平凡になったと」
「……はい、そんなところです」
「まあいいわ。じゃあ私にな何かやってみて」
そういって生徒会長は両手を広げてみせた。
「何かって……具体的には何を?」
「何でもいいわよ。胸さわるとか、スカートめくるとか」
「で、では……一番自信のあるやつを」
おそるおそる手をのばし、生徒会長の胸をさわる。
「ど、どうでしょう?」
「何も感じない」生徒会長はつまらなそうに吐き捨てる。「あんたの姉貴にさわられたときは、もっとこう、尊厳を傷つけられたような屈辱がこみ上げてきたけど、あんたにさわられても犬がじゃれてきた程度にしか思えないわね」
「……や、やっぱり私、才能ないんですかね」
「さわるだけがセクハラじゃないでしょ? もっと言葉で攻めるとかすれば?」
「……言葉で?」
「私が嫌がりそうなことを想像して言ってみろって言ってんの」
「……そ、そうですね、それじゃあ……」セクシャルハラスメントは少し考えて「……あっ、生徒会長の胸、私より小さいですよね」と感想をのべた。
モラルハラスメントの鉄拳がセクシャルハラスメントの頭上を直撃した。
「私を嫌がらせるようなことを言えとは言ったけど、怒らせるようなことを言えとは言ってないわよ?」
「す、すみません……でした」
頭を抑えながら、セクシャルハラスメントは詫びを入れる。
「とりあえず、あんたたちができそこないなのは十分わかったから、タイムリミットの放課後まで少しはマシになるように特訓しましょうか」
モラルハラスメントとはいえ生徒会長でもある彼女は、少なからず新入生への思いやりは持っていた。
そして放課後。
「まあ、退学しても元気でね」
生徒会長はあっさり二人を切り捨てた。
しかたがない。少しもマシにならなかったのだから。この二人からは才能を感じない。
「……そんなあ」セクシャルハラスメントは顔を手で覆っている。
「……どうして」ヌードルハラスメントは自分の髪を食べている。
これ以上ここにいる理由もないので生徒会長が指導室から出ようとしたそのとき、複数の足音が外から近づいてきた。
足音たちは指導室の前でとまり、扉が開く。
「やっとみつけた。ここにいたんだね、モラルハラスメントちゃん」
人のよさそうな、おだやかな顔つきの少女が入ってきた。
ただし問題が一つ。彼女の背後にいる、彼女が従えてきたであろうと思われるたくさんの動物たち。犬、猫、ウサギ、猿、羊、ライオン、ゾウ、ホワイトタイガー。
これはおだやかではない。
「な、何しにきたんだよ、ペットハラスメント」
やってきた少女に向かって生徒会長は声を緊張させている。
「あのね、モラルハラスメントちゃんにお礼が言いたいの」ペットハラスメントは足下にいた仔犬を抱える。「今朝、この子がトラックにひかれそうになったとき、助けてくれたんでしょ? そのときできた脚のケガを、モラルハラスメントちゃんのスカートで手当てしてくれたんだよね?」
白い仔犬の脚に紺色の布。それは乱暴に破られた生徒会長のスカートと同じ色。
「人違いでしょ」モラルハラスメントは無関係を装う。
ペットハラスメントは丁寧に首を横に振った。
「私ね、知ってるんだよ。モラルハラスメントちゃんはモラルハラスメントだからモラルでハラスメントしてなきゃダメなんだろうけど、でもね、本当は優しい心を持ってるって知ってるよ?」
「何が言いたいの?」
生徒会長のモラルハラスメントは怒っているような、恥ずかしさを隠しているような、複雑な表情をしていた。
「モラルハラスメントちゃんには私の前だけでは優しいモラルハラスメントちゃんでいてほしい。あなたにとって私はそういう存在でありたい。だからね、一度しか言わないからよく聞いてね?」
「う、うん」生徒会長は素直にうなずく。
「モラルハラスメントちゃん──私はあなたのことが──」
機関銃を暴走させるような音が室内に響いたのはそのときだった。
なにごとかと音源に目を向けると、すさまじい勢いで麺をすするヌードルハラスメントがいた。
「ねえ、モラルハラスメントちゃん、あなたの答えを聞かせて?」とペットハラスメントは目を潤ませている。
「ちょっと待って。よく聞こえなかった。というか、あんたちゃんとヌードルハラスメントできてるじゃない。今まではわざとやる気出さなかったの?」
「いえ、そうじゃなくて、生徒会長とペットハラスメント先輩のやりとりを見てたら、昔よく見てた恋愛映画のことを思い出して、気づいたら食欲がわいてきて、気づいたら箸がとまらなくて──」
そしてヌードルハラスメントは麺をすする。
耳のまわりで大勢のプロスキーヤーが雪の上をすべっているような、とにかく不快で耳障りな音だった。
生徒会長は思い出す。子供のころヌードルハラスメントは恋愛映画が大好きで、そのころはよく麺をすすっていたという。しかし、ある時期から両親にハラスメントになる必要はないと説得されたという。
このヌードルハラスメントの才能は本物だ。その才能はあまりにも強大で、同じヌードルハラスメントであるはずの両親ですら苦しませ、封印させられてしまったのではないか。
「ねえねえ、生徒会長!」
その溌剌とした口調のせいで、一瞬、誰に話しかけられたのかわからなかった。
すぐそばに、満面の笑みを浮かべるセクシャルハラスメントがいた。
「生徒会長ってペットハラスメント先輩のこと、好きなんですか?」
「はあ?」モラルハラスメントの顔、真っ赤。「あんた何言ってんの?」
「はぐらかさないでくださいよ」セクシャルハラスメントは油ぎったスープみたいにからんでくる。「生徒会長はペットハラスメント先輩のこと好きなんですかって聞いてるんですよお?」
セクシャルハラスメントは言葉攻めをやめない。
「あんたねえ、そういうこと聞くのってセクハラって知ってる?」
「知ってますよお。だって私、セクシャルハラスメントですよお?」
モラルハラスメントの羞恥心が高鳴る。
なぜだろう、今のセクシャルハラスメントと会話を交わすのは、とても恥ずかしい。
何が起きたのか理解できないでいると、いつの間にか近くにリストラハラスメントがいた。
「ちょっとリストラハラスメント、あの二人は何なの? 落ちこぼれじゃなかったの?」
「落ちこぼれなんて一言も言ってない。適正テストに問題ありと言ったんだ」
「どこが問題なのよ? 天才じゃない!」
「そう天才だ。それも前例の少ない覚醒型といわれるタイプの天才だ。海外の研究を参考にしたのだが、それはちょっとした外部からの刺激、特に他者の恋愛現場を与えることで目覚める傾向が強いとわかった。おかげで我が校には優秀な新入生が二人も増えたよ。感謝する」
「あんた私をダシにしたのね──ひぃ!」
なぜ今、モラルハラスメントが悲鳴を上げたのか。
それはいかがわしい手つきのセクシャルハラスメントと鼓膜を破壊するような音で麺をすするヌードルハラスメントが接近してきていたからである。
生徒会長になってからというもの、すっかりハラスメントをする喜びにひたっていたモラルハラスメントが、およそ一年ぶりにハラスメントをされる恐怖を味わった一日であった。
──二年後。
食堂のそばにあるベンチで一人の新入生がうつむいていた。
それに気づいた一人の生徒が彼女に近づく。
「どうかしたの?」
声に反応して顔を上げると、優しそうな顔とその人のトレードマークともいうべきポニーテールが視界に飛び込んだ。
生徒会長だ。
打ち明けるべきかどうか迷ったが、少女は勇気を出した。
「実は……クラスになじめないんです」
「……いじめられてるの?」
「違います。そうじゃないんです。でも、クラスのみんなとは距離っていうか壁みたいなものを感じるんです。たぶん、私のハラスメントのせいだと思います」
「あなたはどんなハラスメントなの?」
「私は──ハラスメントハラスメントです」
「はじめて聞くハラスメントね」
「私は──ハラスメントが嫌いなハラスメントなんです」
「どうして? ハラスメントに何か嫌なことでもされたの?」
「そうじゃないです──いや、そうかもしれません」ハラスメントハラスメントは生徒会長に思いをぶつけることにした。「生徒会長、あなたの考えを聞かせてください。この世界には無駄なハラスメントが多すぎると思いませんか?」
「例えば?」
「ほとんど全部ですよ! セカンドハラスメントやジェンダーハラスメント、ドクターハラスメントにアカデミックハラスメント──ほとんどセクハラとパワハラの亜種じゃないですか。どうしていちいち細分化して新しいハラスメントを作るんですか!」
「なるほど」
「ヌードルハラスメント副会長は生徒会長の親友なんですよね? なんですかヌードルハラスメントって。言ってる側のわがままじゃないですか。そうやって加害者が被害者ぶるようなハラスメントが増えることで、本当にハラスメントで傷ついてる人たちが迷惑してるんですよ!」
そこまで言って、ハラスメントハラスメントは、はっと口に手をあてる。
「すみません。親友さんのことを悪く言うつもりはないんです……」
生徒会長は優しく微笑んでみせた。
「怒ってないから心配しないで。それに気持ちを伝えてくれてありがとう。でもね、一つだけ言わせて。この世界に必要ないハラスメントなんて一つもないのよ」
「……その根拠を聞かせて下さい」
「きっとハラスメントは服や果実のようなものだと思うの。ただ着られればいい、食べられればいいだけなら、一種類でいいはずなのにそうじゃないでしょ? その人に合った、そのときの感情に応えてくれるのにふさわしいものが必要で、その必要の数が今のハラスメントの数なんじゃないかしら」
「おっしゃることはわかります──でも、そんなことが言えるのは生徒会長がセクシャルハラスメントだからです」
「どういうこと?」
「毎日のように新しいハラスメントが生まれています。同時に毎日のように消えるハラスメントもあります。生徒会長はいいですよね、セクシャルハラスメントは絶対になくならないから」
「それは違う」少し厳しい口調になる。
「え?」
「セクシャルハラスメントとパワーハラスメントはなくならない。そう言われている時期もあったし、私もそれを信じていた。でも世の中は確実に変わっていく。あらゆる浄化作用が働いて、セクシャルハラスメントとパワーハラスメントの数はどんどん減っているの」
「……そうなんですか?」
「もしかしたら遠くない未来に、ハラスメントという概念そのものがなくなるかもしれない。でもね、だからこそこの学校で学ぶ意義はあると思うし、あなたのような新世代のハラスメントにはとても期待しているのよ」
そう言って、生徒会長は笑った。
ハラスメントハラスメントの瞳に、みるみる涙が。
「生徒会長!」ハラスメントハラスメントは生徒会長に抱きついた。そして泣いた。「私、本当はただ怖かっただけなんです。私みたいなハラスメント、誰からも必要とされてないんじゃないかって。でも、でも──私はここにいてもいいんですよね?」
「もちろんよ。ここでたくさん学んで、顔を見られただけで通報されるような一流のハラスメントを目指しましょう」
そういって生徒会長はハラスメントハラスメントを抱きしめる。
「ありがとうございます……あの、でも、生徒会長……」
「なに?」
「ええっと、さすがに今は、お尻さわるのやめてもらってもいいですか?」
「……そうね、ごめんなさい」
素直に謝罪して、生徒会長は相手のそこから手を放した。
そっと、ふとももをなでながら。
おしまい
作中のハラスメントは全て実在します。