9.なーんだ(溜息)
とりあえずは基本情報の確認ということで、互いに簡単に自己紹介をした。
佐藤晴彦、27歳。パッケージデザインの印刷・製造会社に勤めている。趣味は辛いもの食べ歩き。
鈴木千里、25歳。インテリアショップの店員で家具好き。今はショップ店員だけれど、将来的には家具のバイヤーを目指している。
「雑貨とか、すぐ買っちゃうのよ。トムヤムクンつくる素焼きの壺みたいな鍋、モーディンていうんだけど、あれを衝動買いしてね。で、せっかくだし、ちゃんとつくろうかな、って、料理教室に行ったの」
「んじゃ、その料理教室で俺とチリちゃんが知り合った、ってところはそのままの設定でいいよね」
「いいと思う。変に設定つくらないほうが自然だし、具体的にツッコまれても答えられるし」
だいたいの“設定”を確認したところで。
「それはそうと、腹減らない? カフェに長居するのもアレだし、メシ行こうよ」
という次第で、晴彦の行きつけの店に赴いた。
「ここ、どっちかって言うとメシより飲みで、居酒屋寄りなんだけど、料理美味いから。麺やご飯ものもあるよ」
「Buht Jolokiaって、唐辛子の名前なの? すごい、メニューが真っ赤」
“Buht Jolokia”は唐辛子を多用するメニューが売りの店で、店名は世界一辛い唐辛子の名前に由来する。
「今は他の品種がギネス記録とっててジョロキアは世界一じゃないんだけどね」
「すごいね、本気すぎる。あ、ねえハラペーニョポッパーって頼んでいい? 一度食べてみたかったの」
「いいね。ビールにむちゃくちゃ合うよ。チリちゃん、辛いもの結構いけるんだ?」
「ハルほどじゃないとは思うけど」
「それじゃ、辛いもの好き同士で気が合った、ってことにしとこうか。まあ、そんなに深くツッコまれないかな? 主賓は向こうだし」
三日後の対面は、例の幼なじみの婚約祝いの食事会、という態らしい。
幼なじみの彼とその婚約者、千里とその“彼氏”4人で、席を予約している。
千里は軽く眉根を寄せた。
「どうかな。今までなんの気配もなくって、いきなり彼氏いる、って言っちゃったから、疑ってるみたいなんだよね。ちっちゃい頃からずっと、私のことなんでも知ってると思ってるし」
「……ふうん。じゃあ、意外と食い下がってくるかもしれないんだ?」
あれ? と、晴彦はかすかに違和感を覚えた。
もしかして、彼女は……?
「辛いもの好きがきっかけ、っていうのはいいかも。洋輔は、あ、その幼なじみって洋輔っていうんだけどね、辛いのそんなに得意じゃないの。嫌いじゃないんだけどね。辛口のカレーとか、ひと口ふた口で真っ赤になってすんごい大汗かいて、もう大騒ぎなのよ。私がけろっとしてると、妙な対抗心でムキになってお代わりしたりして。まったく、バカみたいなんだから」
「洋輔は、何かって言うと私に競ってきて優位に立ちたがるの。いちいち兄貴ぶって、同い年だっていうのに。2ヶ月先に生まれたからって、そんなの大して違わないのにうるさいったら。
今回だって、自分のほうが先に結婚することになって、そりゃ結構なことなんだけど、お前はどうなんだよ、誰かいいやついないのか、とか余計なこと言ってきて、本当腹立つ」
……なーんだ。
内心でため息をついた。
「……チリちゃん、もしかしてさ、」
もしかして、じゃないな。確定だろ。
「その、幼なじみの彼のこと、好きなんじゃん?」
「……!」
わかりやすく図星を衝かれて、彼女はうろたえつつも、
「まさか! ただの幼なじみだし。あり得ない。そんなわけないでしょ」
漫画か。ってツッコみたくなるくらいにあからさまに誤魔化そうとした。
晴彦は鼻白む。
なんだ。俺、結局プリテンダーかよ。
そして同時に、そうと知ってがっかりするくらいには、彼女に惹かれていることを自覚した。