7.“ご相談”
晴彦は彼女の連絡先を聞かなかったし、自分の連絡先も渡さなかった。
不審者の誤解は解けたものの、だからといって親しみを覚えたわけでもないだろう。
縁があれば、また梨香の料理教室で会えるかもしれない。ただ、梨香の教室は単発のイベント的な運営が多いのでそんなには期待できない。
もっと話してみたい気もするけれど、積極的な接触を試みるには憚られる。
ちょっと残念。でも、仕方ない。
と、思っていたところに、意外なルートから連絡が来た。
“鈴木千里です。
先日は送っていただいてありがとうございました。
突然で申し訳ないのですが、ご相談したいことがあります。お時間つくっていただけないでしょうか。
よろしくお願い致します。”
Facebookのアカウント宛てに届いたメッセージ。
確か、調理のグループ作業の際に雑談でFacebookの話をした。辛いものが好きで、唐辛子グルメの記録も兼ねて、行った店の写真とか載せてるんですよー、などと言った覚えがある。千里は会話に加わっていなかったけれど、聞いてはいたらしい。
佐藤晴彦名義のアカウントはすぐに見つかる。
簡潔にしてカタい文章は彼女のイメージ通り。
千里のアカウントを覗いてみると、先日のきれいめにしゃれた印象と重なる雰囲気の写真が目についた。
いくつかの記事はプライベート設定で見られないものの、どうやら彼女はインテリアショップの店員であるらしい。
海外のインテリアの記事をシェアしたり、好みの家具や雑貨の写真を撮って載せてある。
なるほど、衣類や身なりにこだわりが覗くのは、そういう職業柄なんだな。
それにしても“ご相談”とは。
いったいナニゴト? 先日の彼女の様子からして、誘い文句のカムフラージュとは考えづらい。わりと本気の困りごとだったりすんのかな。
真意がわからないながらも、とりあえずOKの返信をした。
というわけで某日、仕事帰り、彼女から指定のカフェで待ち合わせ。
「こんばんは、先日はどうも。連絡ありがとね」
「いえ。お呼びだてして申し訳ありません」
千里の受け答えはメールから受けたイメージ同様、畏まって仰々しい。晴彦の苦手な雰囲気。
「できれば敬語じゃなくてタメで接してくれるとありがたいかな」
いつも通り、へらっと気安い調子で話しかけてみたけれど、態度が和らぐ期待はもてそうにない。というより、先日よりもカタい。
なんというか……。緊張? してる?
晴彦を呼び出したはいいものの、よほど言い出しづらいらしく。
「……なんか、深刻な話? だったりするのかな?」
「……いえ。特に深刻、という訳では。むしろその逆かも」
「逆?」
「……すごく、…………くだらないこと」
千里は気まずそうに言い渋る。
そんなふうにもったいぶられると逆に興味がわいてしまうもので。
「それは、聞いてみないとわかんないな。でも、くだらないことでもいいんじゃない? 言うだけでスッキリすることだってあるかもしれないし」
「…………」
「もちろん、言いたくなければ無理に言う必要もないと思うよ。なにしに呼ばれたの? って感じだけど、暇つぶしに呼ばれんのも、俺、慣れてるしね」
「いえ!暇つぶしとか、そんなつもりじゃ……」
「結果的に暇つぶしになっても構わないよ、って意味だよ。まあ、とりあえず、お茶飲んだら? 少しリラックスしようよ。それ、ハーブティーかな。きれいな色だね」
妹に鍛えられ、忍耐力と粘り強さにはわりと定評のある晴彦である。
言い渋る千里を根気強く説得し続けること、十数分。
ようやく彼女は重い口を開いた。
何やら申し訳なさそうに、
「あの。相談というか、お願いがあって、」
気の毒になるくらいな、遠慮がちな囁き声で。
「私の、彼氏のふりを、してくれませんか」
あまりに予想外な“ご相談”だった。






