5.イタリア人(偏見ともいう)
梨香と千里はひとしきり、“料理教室で嫁探しする男”に煩わされた話で盛り上がった。
…………なんか、尻がムズムズする。つらい。
女性の愚痴に口をはさんでもろくなことはない。ひたすら耳に入れないように努力するけれど、ムダな努力というもので。
端的に言って、晴彦、受難。
彼の苦渋に気づいてか、梨香は苦笑交じりに声音を変えた。
「話を戻すとね。
ヘンなのもいるけど、もちろん、普通に料理習いたくて来る男性もいるんだよ。むしろ、ちゃんとした人のほうが多い。でも、最初はわかんないから。初めて受講の男性がいるときは、ハル兄に来てもらったりするの。
大抵は、ハル兄にも普通に授業受けてもらって調理作業してもらうだけなんだけどね。それだけで、“男性が料理すんのとかフツー”って空気が出せたりするのね。
ヘンな感じの場合は牽制でやんわり止めに入ってもらう。そういうの巧いんだよ、調子よく相手に合わせてから、自分のペースに持ってくの」
「今日、年配の男性がひとりいらっしゃったでしょう。申込みの際は名前しかわからなかったんでどんな人かな?って念のため来てもらったの。
逆に、女性ばっかりで萎縮されちゃうこともあるのね。そういう場合にも、ハル兄が参加してることで馴染みやすくなったりするし」
しかも、頼まれて来ているのに、晴彦はちゃんと受講料を支払っている。
「他の人は有料なのに、俺だけタダっていうのも気がひけるだろ。ホントに普通に授業受けてるだし、俺も興味あるからいいんだよ。ときどき、手に入りづらいトウガラシを分けてもらったり、プロ用の店に紹介してもらったり、多少の役得もあるし」
「ハル兄、今日は不躾で失礼だったかもしれないけど。
調理作業とかは普通にしてたでしょ。食器の片付けとか生ゴミの処理とかもちゃんとやるし、手がすいたら誰かを手伝ったりとか、グループ作業に協力できてたでしょ」
子どもを褒めるみたいな言辞に、晴彦はつい口を挟んだ。
「当たり前じゃん、そんなの」
「その当たり前をしない人がいるからね」
梨香は、困ったもんだ、と言いたげに応じた。
「火の前でフライパン振ったり、目立つ仕事ばっかりやりたがって、下ごしらえや洗いものを嫌がる人、いるのよ。それで、グループ内でトラブルになる」
千里は窺うような目線で晴彦を振り返り、小さく頷く。
「……確かに」
晴彦の態度は、周囲への目配りもきいていて、参加意識も高く協力的だった。
「……でも」
まだなんとなく、警戒は拭えない。
「それはねー、確かにガン見されんのは気持ち悪いよね。そこは庇えないな」
梨香は容赦ない。
「そーだなー、とりあえず、ハル兄はイタリア人だと思っとけばいいよ。ぜんっぜん節操ないから」
「…………ええー。……梨香ちゃん先生、なんか、ヒドくない……?」
ていうか、イタリア人にも失礼だろ。
梨香は晴彦の抗議を意に介さず、なおも重ねる。
「同じグループの、他の女性のことも褒めてたでしょ。口説いてるわけじゃないんだよ。基本的に愛想よくて、軽率に女性を褒めまくるの。恋愛対象とか関係なく、性染色体XXなら基本褒め対象だから」
「いやいや、褒めた方がお互いに気分いいじゃん。それに俺、思ってもない褒め言葉は言わないよ」
「程度問題。いくら褒めてるつもりでも距離感まちがえたら意味ないじゃん」
ぐっ。と晴彦は痛いところを突かれて黙る。
千里は、梨香と晴彦を交互に見て、何やら考えを巡らせるように何度か頷いた。
「…………」
梨香は重ねて言った。
「鈴木さんのこと、“キレイだから見蕩れた”っていうのは、本当だよ。素直に、素敵だなー、って思ったんだと思うよ」
「うん。それは本当。つい見蕩れちゃった」
思わず言い添えた晴彦に、ばか。と梨香のツッコミが入る。
「そういうとこだよ」
千里はどんな表情をしていいのかわからないようで、とはいえ、先刻よりは多少表情が和らいだようにも見えた。