4.不審者……orz
鈴木千里は不快・不愉快・警戒の三つ揃い、嫌悪も露わに睨みつけてくる。
「なんなの? 待ち伏せ?」
「ちがう。ごめん、ちがうんだ。ホンットすいません。俺、アヤシい者じゃないんです。って、ダメだ、最悪にアヤシいよな」
わたわたと無意味に両手を動かして言いつのる。うろたえればうろたえるほどますます怪しみが増すのはわかっているけれど、ドツボにハマった。
千里はかまわずに身を翻し、立ち去ろうとする。
「ちょ、待って。まさか、独りで帰るの?」
慌てて声をかけるけれど、相手にされるはずもない。
止めなくちゃ。でも、追いかけちゃいけない。コレはヤバい。
「待って、ちょっと待ってください。こないだも不審者情報があったんだよ」
うわー。今この場で一番の不審者って俺じゃん!
「頼む、待ってくれ。今、相宮先生が来るから。俺、彼女を送っていくんで待ってるとこなんだ」
千里は目線だけ振り返る。警戒は解いていない。
晴彦はなおも必死で呼びかけた。
「俺のことは放っといていいから、ともかく、せめて、相宮先生といっしょに帰ってください。頼むから」
怪しまれるの無理ないけど、頼む、後生だから待って。
「…………何してんの、ハル兄ちゃん」
そこへ、ようやく梨香が現れる。事態を掴めないながらも、驚き呆れた声をかける、その有り様は。
晴彦は跪いて土下座せんばかりに頼み込んでいるところだった。
千里は別の教室のカリキュラムを確認していて遅くなったらしい。思っていたより時間がかかってしまい、誰かいるかどうか気にしながら玄関を出たら、いきなり「チリちゃん」呼ばわりされた。
「私の名前“ちさと”だし。“チリ”なんて言われたことないですよ。びっくりしました」
ていうか、キモかった。と声には出さなかったが顔に書いてある。
「そりゃ、鈴木さんが警戒するのも無理ないよねー。ホントにさ、ハル兄、何してんの?」
相宮梨香になんとか誤解を解いてもらい、どうにか駅まで3人で連れ立って行くことに了承してもらった。
「面目ない」
ぺしょんぺしょんにしょげる晴彦に、梨香はさすがに同情を覚えた。というか、まったく今日の彼は“らしくない”のだ。
「鈴木さん、あのね。実は、ハル兄には私が頼んで来てもらってるのよ。それこそ、不審者対策みたいな意味でね」
それで当の本人が不審者になってりゃ意味ないんだけど。
梨香の隣を歩きながら、千里は怪訝そうな顔をする。
少し距離をおいて後ろを歩く晴彦をちらりと見やって、訳がわからない、と言いたげに首を傾げた。
「不審者対策?ですか? だったら、教室に参加しなくても、帰り道だけでいいのでは?」
「うん、そうなんだけど。それだけじゃなくってね」
「料理教室に限んないんだけど、女性が多く集まる場所って、女性狙いのウザい男が寄ってくることがあるじゃない? 特に料理上手な女性に対して、あわよくば、プライベートで手料理ふるまわれたい、とか。夢見てんのは勝手なんだけど、それ現実に押しつけようとするのが涌いたりすんの。わかる?」
「ああ、わかる。わかります! 品定め目線あからさまで、ろくに作業しないし、そのわりに人の手際に文句つけてエラそーに批評してくるの」
「まあそこまでキョーレツなのは滅多にいないんだけど、料理が得意なら尽くしてもらえるはず、って期待丸出しなのがアウトだよね。“毎朝味噌汁のネギ刻む音で起こされたい”が決めの口説き文句だと思ってる人とか」
「昭和に帰ればいいのに。料理好きなんてほぼほぼ自分の食い意地ファーストですよ」
微妙にエキサイトし始める女性たちの後ろをついて歩きながら、超絶に居心地悪い晴彦なのだった。