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Prik Kee Noo  作者: ムトウ
18/23

18.来ちゃった。

 千里からなんの連絡もないまま、二週間が経つ。

 晴彦は、縁がなかったってことなんだろうなあ。と、諦めかけていた。

 もちろん、自分から連絡しようとも思った。

 でも、あのときの、千里の嘆きようを思うと「ないな」と溜息しか出ない。より正確に記すなら、「(俺が彼女の心を得られる可能性は)ない(し、ていうか“俺=決定的にフラれた傷心の夜”のイメージ固まっちゃってるだろうし、連絡したらフラバじゃないか)な」。

 それに、晴彦にとっても、結構ツラい。いくら不憫慣れしていたとしても、あの夜はダメージ甚大だったのだ。

 という次第で、つまり、ほとんど諦めていた。


 いつの間にか、気づかぬうちに体の一部を失ってしまったような気持ち。

 でもそれも、いつか気にならなくなる。はず。


 そのはずだったのに。



「来ちゃった」

 玄関を開けると、そこにいたのは千里だった。


 世間で言うところの夕飯どきを過ぎて、そろそろ深夜の入り口、くらいの時間帯。なんとなくかったるくて、部屋でぼーっとしていたところ。

 呼び鈴が鳴って、こんな時間に誰かと思えば、彼女。しかも、悪戯っぽく「来ちゃった」とベタをかまされた。


 呆気にとられて何も言えずにいたら、彼女は申し訳なさそうに表情を変えた。

「ごめんなさい。お詫びしなきゃ、ってずっと気になってたんだけど、その、なんだか気まずくって、それにあれからちょっとバタバタしてて。日にちがあいたら余計に来づらくなっちゃって、こんなに遅くなっちゃった。本当に、ごめんなさい」

 これ、うちのショップで扱ってるワイングラスのセットなんだけど。それとワインも。と紙袋を手渡してくる。

「ああ、うん。わざわざどうも」

 なんといってよいものか、無愛想に薄い応対になってしまった。


 千里は少し戸惑って、それから、ドアの奥にちらりと、部屋に入れてくれないの?的な視線を寄越す。

 晴彦は溜息を返した。

「ダメだよ。ひとり暮らしの男の部屋に、しかもこんな時間に入ったりしちゃ」

 彼女は鼻白んで不服そうに、

「……あの状況で何もしなかった人が、今日はオオカミになっちゃうの?」

 下手な挑発をしてくる。

「…………あのね」

 本気で怒るぞ。と、ド説教をかますべく息を吸い込み、それと察して千里は再び「ごめんなさい」と謝った。


 今度はきちんと礼儀正しく、かしこまって態度を改め、深々と頭を下げる。

「このたびは、ご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ありませんでした。また、ご挨拶が遅くなりましたことも重ねてお詫び申し上げます。助けていただいて、ありがとうございました」

 それから、小さく溜息を吐いて。


「急に、ごめんなさい。失礼しました」

 踵を返そうと、玄関から離れた。

 そのとき、一瞬、泣きそうな顔が閃いたような気がして。あのときの、迷子の子どもみたいな寄る辺なさを思い出す。


 思わず「チリちゃん」と呼び止めていた。

「寄ってけば?」

「……いいの?」

「“来ちゃった”んだろ?」

 しょうがないな、まったく。


 玄関を通された千里は、何かを確かめるようにきょろきょろと部屋の中を見回す。軽く息を吸い込んで、何やら物思わしげに頷いた。

「どうしたの?」

「……ちょっと、あのときのこと、思い出して。自己嫌悪と戦ってた」

 こめかみあたりで頭痛を宥めるみたいな仕草をする。

「まあ、結構酔ってたからね。気持ち的に修羅場だったろうし、しょうがないんじゃない」

「ハル、私に甘過ぎ」

「確かに」

 苦笑気味に返した。


「それで、あれからどうしてたの?」

 部屋の隅に立ち尽くし、座ろうとしない千里を促しつつ、話を向けると。

「…………なんていうか。ちょっと、困ってる」

 ……おい。なんかそれ、厄介な話の前フリなんじゃないの?

 的な、不穏を感じる。ヤバいぞこれ。


「洋輔と久美さんが、結婚披露宴の二次会の幹事やってほしいって。私と、ハルで」


 やっぱりそういう話かよ(頭抱え)。




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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、不憫だ……w なんとなく千里ちゃんとは付き合ってほしくないな。 さすがにハルのことを良いように使い過ぎてて、 魅力を感じないのが正直なところです。 とはいえ付き合う展開をやめてく…
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