16.メイビー(または、しりとり)
大抵の場合。恥ずかしいところを人に見られてしまったら、見られた相手を避けようとするのが人情というもので。
「そりゃそうだよな………」
ましてや、恋愛対象としては射程から完全に外れる。
「終わったよな…………」
「ハルちゃん、うるさい」
「独り言なのか話しかけられてんのか判断に困るからやめてくんない」
「なに、ハル公なんかあったの?」
「なんでもいいけどうるさい」
佐藤晴彦は就業中である。書類をステープラーで綴じる単純作業に従事しているところ。
多機能を誇る複合コピー機さまの調子が悪く、書類綴じの作業が滞り、管理部門総出の人海戦術に駆り出された。
次から次に積み上がる書類の束をパチパチ綴じながら、独り言が止められない止まらない事態に、周囲から苦情が入った次第。
「あーあ。俺、もうダメ」
とかいう意味不明のセリフも何度も繰り返され、とはいえ、手は止めずに書類綴じは続行されているので、見逃してもらえていたのだけれど。
「なにハルちゃん、フられたの?誰に?」
「…………んー。フられるまでにも至らないというか」
「なにそれ。ハッキリしないんだ?」
「……、いや、ハッキリはしてる。と思われ。たぶん。おそらく。メイビー」
「ハッキリしてないじゃん」
「うーん…………」
「ウザ」
「ウザハル」
「ルンバ」
「バス」
「スリッパ」
「パイナップル」
何故かしりとりが始まってしまい、晴彦はあっさり放置された。(くりかえすが手は動いている)
あれから1週間。千里からは音沙汰ない。申し訳程度の挨拶すらなく、ぱったりと連絡が途絶えた。
さすがに、気まずいのだろう。
「あれは、キツかったよな…………」
“どうしたって女性には思えない”
“永遠に妹”
“なんとも思ってない”
“あり得ないって”
洋輔は屈託のない男だった。すこぶる無邪気に、清く正しく明るく愉快な、健やかな男。
だからこそ余計に、上述のセリフの数々は彼女に突き刺さっただろう。そして、そのセリフの3/4を言ったのは晴彦だ。結果的に、彼は彼女の未練にとどめを刺したことになる。
「追い詰めちゃったかな」
そんなつもりはなかったけど。
でも、ちょっとくらいは、千里に意地悪したい気持ちがあったかもしれない。
あんまり必死に頼みこんでくるから。
そんなにも、彼のことを思っているのか、と。
俺は?
俺はなんなの?
一度しか会ったことのない俺を、まるで当然みたいに巻き込んでくれて。
……つーか、俺、相当ヒドいめに遭ってんじゃね?
ベッドで、あんなに無防備に、泣きながらしがみついてきて。ずっと、洋輔の名を呼んで。
ふとした瞬間に、柔らかな感触を思い出してしまう。下手くそなキスだった。強引に唇を押しつけるだけの、不器用な誘惑。
あんなふうに触れられたくはなかった。
「ひっどいよなあ」
「ハル本気でウザい」
「いいかげんにしとけ」
「なんだか知らないけど、次行け、次」
「誰かひとりくらい本気で心配してやんなよ」
「え、だってハルだよ? ムダじゃん」
「徹底的にシリアス似合わないよね」
「ヒドス」
「ステンレス」
「スイス」
「ステンドグラス」
「ストレス」
「スパイス」
「すし酢」
「ステゴザウルス」
「スフィンクス」
「ストラディバリウス」
「……なにこの本気すぎるしりとり」
(くどいようだが手は動いている)




