表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Prik Kee Noo  作者: ムトウ
15/23

15.慰めてよ

 千里の上に覆い被さるような姿勢で、華奢な両手首を押さえて、ベッドの上で。

 彼女は、無表情のうろみたいな目で晴彦を見上げてくる。

「何してんだよ、チリちゃん」

 苛立たしく問いただしてみても、茫洋と無反応。


 少しの間があって、千里は無表情のまま、ぽつりと呟くように言った。

「……慰めてよ、ハル」

「バカ言うなよ」

 反射的に返す。

「あいつを忘れるために、俺に抱かれようとしてんの?」

「…………怒ってるの…?」

「怒ってるよ!」


 バカなことを。

 力の入らない腕と手首。人形みたいな無表情で、投げやりに身を任せようとしている。

「そりゃそっか。私なんか抱きたくないよね。色気もないし、かわいくないし」

「そうじゃなくて」

 本当にバカだな、君は。


 彼女の手首を離し、覆い被さる姿勢から起き上がる。彼女に背中を向けて、ベッドに腰掛けた。


 いつもの陽気でチャラい口調とはまるで違う、硬く重い、苦々しい声で。

「……よしなよ。後悔するよ」


「大人同士でワンナイトの関係、ってのも別に否定はしないけどさ。チリちゃん、そういうタイプじゃないだろ? ずっと、彼のことだけ思い続けてきたんだろ?」


「後悔とか」

 バカバカしい。千里はごまかして笑おうとして失敗し、自嘲まじりの呟きになった。


「私だって、自分でも呆れてる。なんでこんなに洋輔のことばっかりなんだろ。他の人を好きになろうとしたこともある。でも、ダメだった。洋輔じゃないと、ダメなの」

 投げやりに無気力だった声に、涙声が混じる。


「洋輔じゃないなら、誰でも同じ、って思っちゃうの。ひどいよね」


「ごめん、ハル。ごめんね」



 晴彦は深々と溜息をついた。

「…………ひどいなぁ」


「俺は嫌だよ」

 いたわるような声音だった。


「俺は、大好きな人と楽しくいちゃいちゃして、ふたりで最高に気持ちよく幸せになりたい。誰でも同じ、だなんて、そんなの嫌だよ」


「チリちゃんだって、そうだろ」


 ベッドがきしむ音がして、彼女が身じろぐ気配がした。背中越しに嗚咽が響いてくる。

「……洋輔」

 子どもみたいに寄る辺なく、途方に暮れたように弱々しい、切なげな泣き声。


「大丈夫だよ」

 そっと手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。

 千里の隣に横になり、腕をまわして抱き寄せる。

「大丈夫」

 何度も繰り返して。


「このつらさは、永遠には続かない。ホントだよ。いつか、絶対乗り越えられる」


「これに関しては、俺はエキスパートだから。信じていいよ」


「君は大丈夫。信じて」


 ……洋輔。洋輔。洋輔洋輔。

 繰り返して泣きじゃくる千里を腕の中に囲い込んで、赤ちゃんみたいにあやす。

 シャツの胸元はすっかり湿ってしまった。枕元の箱ティッシュを数枚抜いて目元を拭う。


「大丈夫だよ」

 やがて彼女が泣き疲れて眠ってしまうまで、ずっと宥め続けた。




 翌朝、晴彦が目を覚ますと、千里はいなかった。

 サイドテーブルにメモ帳の切れ端。


“帰ります。迷惑かけてごめんなさい”


「………………ほんっとに、ひどい人だな」

 苦笑まじりに呟いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ