15.慰めてよ
千里の上に覆い被さるような姿勢で、華奢な両手首を押さえて、ベッドの上で。
彼女は、無表情の洞みたいな目で晴彦を見上げてくる。
「何してんだよ、チリちゃん」
苛立たしく問いただしてみても、茫洋と無反応。
少しの間があって、千里は無表情のまま、ぽつりと呟くように言った。
「……慰めてよ、ハル」
「バカ言うなよ」
反射的に返す。
「あいつを忘れるために、俺に抱かれようとしてんの?」
「…………怒ってるの…?」
「怒ってるよ!」
バカなことを。
力の入らない腕と手首。人形みたいな無表情で、投げやりに身を任せようとしている。
「そりゃそっか。私なんか抱きたくないよね。色気もないし、かわいくないし」
「そうじゃなくて」
本当にバカだな、君は。
彼女の手首を離し、覆い被さる姿勢から起き上がる。彼女に背中を向けて、ベッドに腰掛けた。
いつもの陽気でチャラい口調とはまるで違う、硬く重い、苦々しい声で。
「……よしなよ。後悔するよ」
「大人同士でワンナイトの関係、ってのも別に否定はしないけどさ。チリちゃん、そういうタイプじゃないだろ? ずっと、彼のことだけ思い続けてきたんだろ?」
「後悔とか」
バカバカしい。千里はごまかして笑おうとして失敗し、自嘲まじりの呟きになった。
「私だって、自分でも呆れてる。なんでこんなに洋輔のことばっかりなんだろ。他の人を好きになろうとしたこともある。でも、ダメだった。洋輔じゃないと、ダメなの」
投げやりに無気力だった声に、涙声が混じる。
「洋輔じゃないなら、誰でも同じ、って思っちゃうの。ひどいよね」
「ごめん、ハル。ごめんね」
晴彦は深々と溜息をついた。
「…………ひどいなぁ」
「俺は嫌だよ」
いたわるような声音だった。
「俺は、大好きな人と楽しくいちゃいちゃして、ふたりで最高に気持ちよく幸せになりたい。誰でも同じ、だなんて、そんなの嫌だよ」
「チリちゃんだって、そうだろ」
ベッドがきしむ音がして、彼女が身じろぐ気配がした。背中越しに嗚咽が響いてくる。
「……洋輔」
子どもみたいに寄る辺なく、途方に暮れたように弱々しい、切なげな泣き声。
「大丈夫だよ」
そっと手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。
千里の隣に横になり、腕をまわして抱き寄せる。
「大丈夫」
何度も繰り返して。
「このつらさは、永遠には続かない。ホントだよ。いつか、絶対乗り越えられる」
「これに関しては、俺はエキスパートだから。信じていいよ」
「君は大丈夫。信じて」
……洋輔。洋輔。洋輔洋輔。
繰り返して泣きじゃくる千里を腕の中に囲い込んで、赤ちゃんみたいにあやす。
シャツの胸元はすっかり湿ってしまった。枕元の箱ティッシュを数枚抜いて目元を拭う。
「大丈夫だよ」
やがて彼女が泣き疲れて眠ってしまうまで、ずっと宥め続けた。
翌朝、晴彦が目を覚ますと、千里はいなかった。
サイドテーブルにメモ帳の切れ端。
“帰ります。迷惑かけてごめんなさい”
「………………ほんっとに、ひどい人だな」
苦笑まじりに呟いた。




