14.何すんの
胸のあたりで熱く湿った気配がして、ときおり、千里は嗚咽を堪えて身じろぎする。
脆く壊れやすい、彼女の心そのものを抱いている心地で、晴彦はしばらく、その背を撫でて宥めていたけれど。
「……っ?!」
突然、重心が傾き、腕の中の千里が寄りかかってきた。
「ちょっ、チリちゃん? 大丈夫?」
「……ごめん、なんか、急に」
酔いがまわってきて。
気が抜けたのか、倒れ込んでくずおれそうになる。
「えっ、待っ、待って、マジか、大丈夫? 気持ち悪い?」
慌てて支えた。
千里はしきりに「大丈夫」「ごめん」「大丈夫」と繰り返すけれど、どう見ても大丈夫ではない。
「タクシー拾うよ。向こうの通りまで歩ける? 家は? どっち? あーこら、落ちるな。起きて! チリちゃん!」
「……横になりたい」
ひと言呟いて、晴彦の腕の中で完全に脱力してしまった。
「…………嘘だろ」
勘弁してくれよ。俺いっつもこういう役だよな。
そんな状態の千里を放っておけるはずもなく、どうにか彼女を背中におぶってタクシーの拾える通りまで歩き、3台くらいにスルーされた挙げ句、どうにか空車を拾い、行き先を指示しようにも彼女は完全に寝落ち。
仕方なく、自分の部屋の住所を告げた。
「無防備過ぎる…………」
独り暮らしの1Kの部屋にどうにか辿り着き、ベッドに寝かせて、やれやれ、と嘆息した。
脱力した人間の重いことといったら。彼女は小柄で軽い方なのだろうけれど、晴彦は疲労困憊で床に座り込んだ。
「……暑っち。ヘンな汗かいたな」
冷蔵庫からミネラルウォーターを出して直飲みし、千里の様子を窺う。
ジャケット脱がせたほうがいいかな。しわになるかも。ていうか、仰向けより横向きのほうがいいんだっけか。
「チリちゃん」
軽く肩を揺さぶり、声をかける。
起きてくんないかな。水飲ましたほうがいいだろうしな。
「チリちゃん」
「ここ俺んちだから」
「起きて、水飲んで」
何度か繰り返し、
「チリちゃん」
「……起きてる」
唐突に応答があった。
ホッとして、様子を見ようとベッドに屈みこむ。
「俺んち来たの、覚えてる? 水飲みなよ」
声をかけると、横になったまま、彼女の細い手が伸びてきた。
「ハル」
シャツの襟元と脇腹あたりを強引に掴まれ、引き寄せられ、
「うわっ」
ベッドの上、彼女にのしかかるような姿勢になった。
「っと、ごめん」
慌ててどけようとするも、肩と首に彼女の腕がするりと巻きついてくる。
「チリちゃん?」
唇に、柔らかいものが押しつけられて。
一瞬遅れて、それが千里の唇だということに気づく。
「………っ、えっ?!」
絡みついてくる細い手首を掴んで引き剥がし、ベッドに押しつける。
「何すんの、チリちゃん」
泣きそうな気持ちになった。




