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Prik Kee Noo  作者: ムトウ
13/23

13.もう、いいんじゃない?

「今日は楽しかったよ、ハルさん、ありがとな」

「こちらこそ。ヨースケ、大丈夫か? 飲み過ぎてない? 久美さんも大丈夫かな?」

「私は大丈夫です。……洋輔は、結構酔っ払ってるみたいね。楽しかったから。でも大丈夫、そこでタクシー拾うんで」

「ハルさん、またいっしょに飲もうよ、千里もいっしょにさ」

「はいはい、わかったから。久美さん困らせないの」


 よほど楽しかったらしく、ご機嫌にテンションの高い太田洋輔は、何度も振り返って「ハルさーん、またー」とか「ちさとも、またなー」とか、ぶんぶん手を振って呼ばわり、松浦久美に支えられて一本向こうの大通りのほうへ去って行った。


 二人を見送り、やれやれ、と晴彦は伸びをする。

「ヨースケ氏、ご機嫌さんでよかったな。とりあえずは、うまくいったんじゃない?」

 チリちゃん?と振り返ると、千里は「え。ああ、うん」と気が抜けたように頷く。

「ありがとう、ハル」

「……大丈夫? チリちゃんも結構飲んでたな。飲み過ぎてないか?」

「うん。大丈夫」

 ふい、と目をそらして、帰ろうよ、と呟くように言った。


 地下鉄で帰る、という千里につきあって、晴彦もいっしょに最寄り駅まで歩く。

 並んで歩く千里の歩みはおぼつかない。彼は歩調を遅らせて彼女に合わせる。


 終電の一本か二本前、くらいの時間。人通りは少なく、街灯が弱くてほの暗い夜道。


「……もう、いいんじゃないの?」

 ふいに、晴彦が立ち止まって振り返った。

 千里は怪訝に応える。

「……何が?」

「泣いても、いいんじゃない? ずっと我慢してるだろ」


 ふふっ、と千里は小さく笑った。

「ベタだなあ。泣かないよ」

 強がっている、というよりは、力の抜けた口調。いつもの柔らかな深い声は、息が漏れるように掠れてしまう。

「…………久美さん、素敵な人だった」


「さっきね。お店のレストルームで久美さんと話したの。鏡の前で、二人でメイク直ししながら、久美さん、楽しそうに、“千里さんに会えて嬉しい”って言うの。以前から、“洋輔さんに話を聞いていて、ずっと会いたかった”って。“話で聞くよりずっと素敵な人で、ハルさんも楽しい人だね、これからもよろしくね”って」


「本当に楽しそうに、嬉しそうに。すごくかわいい人」


「わたし、ずっと、久美さんの嫌なとこ探してた。見た目とか服装とか髪型とか、自分と比べて勝ってるか負けてるか。食事の仕方とか、お酒の選び方。なにかひとつでもヘンなとこがあればいいのに、って。小姑みたいにチェックして、めちゃめちゃ嫌な女になってた」


「久美さんが、嫌な女だったらよかったのに」



 晴彦は、ちょっと躊躇ってから、腕を伸ばした。彼女の肩に触れて、そっと抱き寄せる。

「な、に?」

「泣いてんじゃん」


 喋りながら、彼女はぽろぽろ涙をこぼしていた。本人も気づいていないかのように、拭いもせずそのまま、溢れるがままに。

 

 道の端、街路樹の陰に引き寄せて、腕の中に抱きしめる。

 小柄な体が腕の中で震える。遠慮がちに、ジャケットの裾を掴んできて、晴彦はなんだか堪らなくなる。

「チリちゃん」

 呻くように呟いた。


「よくがんばったね。つらかったろ」

 掠れるような嗚咽がもれて、華奢な腕がしがみついてくる。


 晴彦は彼女に胸を貸す。そっと、頭を撫でて、背中を宥めて。

 今だけは、彼女の“彼氏”のままでいたかった。

 たとえそれが、偽物フェイクだとしても。今は。



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