12.がんばれ
微妙に緊迫する空気が漂う中、洋輔に縋られるような視線を向けられつつ、晴彦は飄々と応える。
「俺、実際に妹がいるからさ。身内としては、そりゃ大事な家族なんだけど、どうしたって女性には思えないもん。たぶん、ずっと永遠に妹っていう生き物なんだよ。あいつが恋愛するとか考えられない。そういう感じなんじゃない?」
「そうそう、そうなんだよ。マジで身内とか妹みたいな感覚でさ」
助かった、とばかりに洋輔は頷きまくる。
「だからって、あんな言い方」
納得いかない様子の久美に、何故か千里がいたたまれなくなって、フォローを試みる。
「いや、洋輔のアレはいつものことだし、気にしてないから。っていうか、私も相当言い返してるし」
「俺としては安心だけどね。チリちゃんも太田さんも、ふたりとも本当になんとも思ってないんだな、って」
「そりゃそうだよ、あり得ないって。な、千里」
「……当たり前でしょ」
晴彦は、ひょい、と手を伸ばし、千里の頭をぽんぽんと撫でた。
「俺は、太田さんが何を言っても気にしないよ。チリちゃんの髪型もファッションも、初めて会ったときから見蕩れちゃったくらいだし。彼女のかわいいところは、俺だけが知ってればいい」
そのまま、千里のほうに軽く身を寄せ、彼女の耳元で何か囁いた。
ハッとするように晴彦を振り向く。彼はにっこり笑って、
「俺にとっては、チリちゃんは世界一きれいで素敵なひとだよ」
ぬけぬけと宣った。
一瞬の静寂の後。
「うわーまじかーなんだよすげえな-」
あてられちゃうぜ。と、洋輔は天井を仰いで大仰に驚き呆れてみせる。久美はぽかんと毒気を抜かれ、その後、くすくす笑い出した。
千里は困ったような、泣きそうな顔で晴彦を見て、少し俯いた後、開き直ったみたいに洋輔に向き直った。
「だから言ったじゃない。ハルなら何言われたって気にしない、って」
それからは、ほぼ晴彦がその場の雰囲気を掌握した。
「俺たちのことはもういいよ、今日はそっちが主役だろ」
と、洋輔に話題をふり、飲み物や料理のオーダーに気を配り、女性達の酒量を気遣い、洋輔や久美の話を愉快そうに聞いて、受け答えも完璧に、千里の“彼氏”役をこなしてみせた。
洋輔はしきりに感心して、自分のことのように「千里、よかったな」と繰り返し、そのたびに千里は曖昧に笑ってごまかす。
洋輔や久美から見たら、それは照れているように見えただろうし、そう見えているなら成功だ。
晴彦は気づいていた。
さっきから、膝の上でかたく握りしめられている千里の指が、真っ白に血の気を失っていることに。
洋輔が楽しそうに笑うたびに、久美が相づちをうって微笑むたびに、微かに肩が震え、ぎゅう、とさらにその手が強く握りこまれる。
さっき、甘い囁きのふりをして、彼女の耳元で告げたのは。
「がんばれ」
俺がフォローするから。がんばれ。
千里は驚いて振り向き、それから、頷いた。
千里の努力は報われる。
洋輔には(おそらく久美も)いっさい気づかれることはなかった。




