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Prik Kee Noo  作者: ムトウ
12/23

12.がんばれ

 微妙に緊迫する空気が漂う中、洋輔に縋られるような視線を向けられつつ、晴彦は飄々と応える。


「俺、実際に妹がいるからさ。身内としては、そりゃ大事な家族なんだけど、どうしたって女性には思えないもん。たぶん、ずっと永遠に妹っていう生き物なんだよ。あいつが恋愛するとか考えられない。そういう感じなんじゃない?」

「そうそう、そうなんだよ。マジで身内とか妹みたいな感覚でさ」

 助かった、とばかりに洋輔は頷きまくる。


「だからって、あんな言い方」

 納得いかない様子の久美に、何故か千里がいたたまれなくなって、フォローを試みる。

「いや、洋輔のアレはいつものことだし、気にしてないから。っていうか、私も相当言い返してるし」


「俺としては安心だけどね。チリちゃんも太田さんも、ふたりとも本当になんとも思ってないんだな、って」

「そりゃそうだよ、あり得ないって。な、千里」

「……当たり前でしょ」


 晴彦は、ひょい、と手を伸ばし、千里の頭をぽんぽんと撫でた。

「俺は、太田さんが何を言っても気にしないよ。チリちゃんの髪型もファッションも、初めて会ったときから見蕩れちゃったくらいだし。彼女のかわいいところは、俺だけが知ってればいい」

 そのまま、千里のほうに軽く身を寄せ、彼女の耳元で何か囁いた。

 ハッとするように晴彦を振り向く。彼はにっこり笑って、

「俺にとっては、チリちゃんは世界一きれいで素敵なひとだよ」

 ぬけぬけとのたまった。


 一瞬の静寂の後。

「うわーまじかーなんだよすげえな-」

 あてられちゃうぜ。と、洋輔は天井を仰いで大仰に驚き呆れてみせる。久美はぽかんと毒気を抜かれ、その後、くすくす笑い出した。

 千里は困ったような、泣きそうな顔で晴彦を見て、少し俯いた後、開き直ったみたいに洋輔に向き直った。

「だから言ったじゃない。ハルなら何言われたって気にしない、って」


 それからは、ほぼ晴彦がその場の雰囲気を掌握した。

「俺たちのことはもういいよ、今日はそっちが主役だろ」

 と、洋輔に話題をふり、飲み物や料理のオーダーに気を配り、女性達の酒量を気遣い、洋輔や久美の話を愉快そうに聞いて、受け答えも完璧に、千里の“彼氏”役をこなしてみせた。


 洋輔はしきりに感心して、自分のことのように「千里、よかったな」と繰り返し、そのたびに千里は曖昧に笑ってごまかす。

 洋輔や久美から見たら、それは照れているように見えただろうし、そう見えているなら成功だ。


 晴彦は気づいていた。

 さっきから、膝の上でかたく握りしめられている千里の指が、真っ白に血の気を失っていることに。

 洋輔が楽しそうに笑うたびに、久美が相づちをうって微笑むたびに、微かに肩が震え、ぎゅう、とさらにその手が強く握りこまれる。


 さっき、甘い囁きのふりをして、彼女の耳元で告げたのは。


「がんばれ」


 俺がフォローするから。がんばれ。

 千里は驚いて振り向き、それから、頷いた。



 千里の努力は報われる。

 洋輔には(おそらく久美も)いっさい気づかれることはなかった。




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