11.幼なじみ
彼らと待ち合わせたのは、ビストロとかトラットリア的な雰囲気の店。おしゃれ感とカジュアル感のバランスがよくて、ほどよく小洒落て気楽な飲みの雰囲気、かつ、居酒屋ほど飲み一辺倒にならない。
千里の“幼なじみ”なる人物は、太田洋輔、と名乗った。いがぐり頭の野球少年とかサッカー少年がそのまま大きくなった、みたいな、カラッと無邪気な青年。
傍らには、婚約者の女性、松浦久美が寄り添う。かわいらしい女性だった。柔らかそうな髪が肩のあたりまでしなやかに揺れて、パステルカラーのワンピースと、セットアップのカーディガンがよく似合う。
「初めまして、佐藤晴彦です」
「……初めまして。太田っす、こんにちはっす。……え、ホントに? ホントにお前の彼氏?」
セリフの後半は千里に向けられ、なかなか失礼な言辞に、彼女は憮然と応じた。
「だから、彼氏いるって言ったじゃない。洋輔、ホント失礼」
「お前のことだから見栄はってんのかと思ったんだよ。えー、マジか」
婚約者の久美は、今ひとつ距離感と場の雰囲気を掴みきれないようだけれど、洋輔がさりげなくフォローしている。
そもそもが、恋人の“異性の幼なじみ”というのは微妙なポジションで、洋輔はまずそこをクリアにしたかったらしい。
「保育園からずっといっしょだから、きょうだいみたいな感じでさ」
千里も合わせて応じる。
「うん。だから、こんな素敵な人と結婚するとか、正直びっくり。保育園でおやつが気に入らなくて泣いてたやつとは思えない」
「ちょ、千里、お前なあ」
「これ、わりと穏当なほうのエピソードだから。手加減してあげてるから」
「そういうこと言うなら俺だっていろいろ言えるからな? 立場おんなじなんだからな?」
「ハルなら大丈夫だよ。何言われても気にしない」
「おーすげえ自信だな」
洋輔から「マジか」的な視線を投げられ、晴彦は欧米人みたいに肩をすくめて笑って見せた。いつものへらっとチャラい調子で応える。
「まあね。むしろ聞きたいかな。彼女のこと、なんでも知りたい」
ヒューヒュー、と洋輔が囃し立てる身ぶりをする。
「熱烈じゃん」
「付き合い始めたの、わりと最近なんだ。俺が一目惚れして、拝み倒して口説いて、やっとOKしてくれた。ね、チリちゃん?」
「だから、もう、ハル。チリってなんなの? わけわかんないし」
「ピリッとスパイシーで甘くない、手強い女の子、ってことだよ」
「佐藤さんにはそう見えるんだ。なるほど」
へえ、と洋輔は感心したように言う。
「いや、こいつ、いいやつなんだけどさ。女としてはキツいし、かわいくないし、こんな短い髪で服とかも変わってるし、モテないだろうなー、と思ってたんだよ」
ズケズケと失礼な言い草にも慣れっこの千里はハイハイと流していたが、
「洋輔さん」
と、そこに固い声で口を挟んだのは彼の婚約者、久美だった。
「親しき仲にも礼儀ありって言うでしょう。いいかげんにして」
「えっ。あっ、いや」
えーと、その。と、途端に狼狽える洋輔に、久美はさらに被せた。
「親しいからって何言ってもいいと思ってるの。それなら、結婚したら私はなんて言われるわけ? しかも、鈴木さんの彼氏さんの前で、失礼でしょう」
おとなしそうな、もの柔らかな女性だと思っていたら、芯の通った真っ直ぐな人柄が感じられた。
しおしおとしょぼくれる洋輔を後目に、
「鈴木さん。えーと、千里さん、と呼んでもいいですか。私が謝るのも違う気もするけど、ごめんなさいね。千里さんに、私のことを見習うといい、とかクソ失礼なこと言ったらしいけど、あり得ないから。何様のつもりなの、洋輔」
怖い。たぶん、普段は物静かで穏やかな女性なのだろう。そういう人が怒るとむちゃくちゃ怖い。
微妙に緊迫する空気に、晴彦は、
「まあ、でも、俺は太田さんの気持ちもわかるかな」
敢えてのんびりと緩んだ口調で割って入った。




