第一夢
「お兄ちゃん!起きろー!」
「んん…。」
「うおおおおお!てりゃ!」
ボスン。
「ぐはっ!」
「起きた?」
目を開けると、俺の腹の上に妹が乗っていた。
「…。紅音。その起こし方やめろって言ったよな?」
「だって、お兄ちゃんが起きないのが悪いんじゃん」
「毎朝、肋が折れてるんだけど?」
「まあ、お兄ちゃんのねぼすけが治るまで、私はやり続けるかもね〜」
紅音は言いながら、俺の部屋を出ていった。
「はぁ。マジかよあいつ…。そのうち死ぬぞ?…。それにしても、今日はいつも見る夢が今日は現実感が凄かったような…?それに、今日はいつもと人が違った…。何でだ?」
ベッドの掛け布団を直しながら、俺はそう呟いた。
部屋を出る時に時計を見ると、午前7時だった。
2階の俺の部屋から、1階のリビングに行くと、もう既にみんなが起きていたようだ。
「黒衛。遅かったね。今日は転入の手続きがある筈だけど、何してたの?」
母さんが聞いてきた。
「何でもないよ。ベッドが俺を離さなかっただけだよ」
「クロ兄何言ってんの?」
「冗談だよ。蒼惟」
俺の家族は父、母、12歳の双子の紅音と蒼惟、18歳の姉、そして16歳の俺の6人家族だ。姉は前の街の大学に進学して、1人暮らしのため、今は家にいない。父も、既に仕事に行ったようだ。
「早くしないと、転入できなくなっちゃうよ?」
「それはお前もだろ。蒼惟。何ボーッとテレビ見てんだ」
テレビを見ると、
『昨夜、色音市上空で、大規模な爆発が起こりました。死傷者は今のところいない模様です。政府はこの事件に関し、空爆も視野に入れ警察と共に捜査を進めています。』
色音市は俺達が住む街だ。
「爆発…だなんて、気が付かなかったな…」
「そうね。母さんも気付かなかったわ」
爆発…。大規模なら、みんな寝ていても気づくと思うのだが…。
時計を見ると、午前8時。学校の登校時間は8時30分までだ。
「…。ヤベ!もうこんな時間じゃん!紅音、蒼惟、行くぞ!」
「待って、お兄ちゃん!」「クロ兄!」
「あなたはこれから、寮での生活になるんだから、家でゆっくりして行けばいいのに…」
「遅れる方がまずい!」
「気を付けて行ってらっしゃい」
「「「行ってきます!」」」
3人の声が響き渡った。
学校までは走っていった。紅音は俺に担がれ、蒼惟は横を平然と並走している。
「蒼惟…。はぁはぁ。どんだけ…、体力…、あるんだよ…」
「これが普通。クロ兄が無いだけ」
「ああ…、そうなのか…?…。というか…、紅音降りろ…!お前は体力が無さすぎだ!」
呼吸が普通の状態に戻った。
「いやいや。9歳のか弱い女の子だよ?これくらい普通だって」
「人の腹に飛んでくる奴が何言ってる…!」
「茶番はこれ位にして…。クロ兄。どこに行けば良いの?」
「ああ。えーと、広いな…。とりあえず、先に初等部に行くか…。地図地図…」
あった。電子掲示板なのか。さすが国立だな。それによると、校門からまっすぐ北に600m程進んでいけば初等部に着くらしい。
「600mくらい歩けよ!」
紅音はまた担がれていた。
「蒼惟は先に走っていくな!」
「だってクロ兄が遅いから…」
「紅音担いでんの!しょうがないだろ!」
「お兄ちゃん、早くして!」
誰のせいだよ!
心の中でそう叫びつつ、俺達は初等部の2号館の中に入って行った。
俺達が転入するのは『国立色音学園』。この学園には『幼少部』から『大学部』まであり、学園生活を満喫していれば、エスカレーターで行けるという、夢のような学園だ。この学園は、様々な能力を持った人が優先的に入学、転入出来るという制度がある。例えば、サッカーが上手だとか、歌が上手いだとか、勉強がかなり出来るだとかそういう能力だ。特に、俺達にはそんないい能力はないと思うが、多分親のツテで入れたのだろう。
2号館は、職員室や校長室、特別教室などがある建物だった。
奥に進んでいくと、校長室の前に感じのいい男の人が立っていた。
「白鳥様でしょうか?」
「はい。そうです」
「私、初等部校長補佐の雨崎と申します。…さ、どうぞ中へ」
「はい」
ドアをノックし、
「失礼します」
中に入ると、the校長室といったような感じだった。
「ようこそ。色音学園へ」
そう中にいた60代中盤くらいの男性が言った。
「私は、初等部校長の晴山秀と申します。さて、早速ですが、転入手続きを始めましょうか。雨崎さん。書類持ってきて下さい」
「かしこまりました」
そう言って雨崎は、校長席の向かって右側にあるドアの中へと消えていった。
「さて。雨崎が戻ってくるまで。白鳥さん。妹さんはスマートフォンはお持ちでしょうか?」
「…蒼惟は持ってますけど、紅音は持ってません」
「そうですか。この学園では、スマートフォンは必需品なんですよ。では蒼惟さん。あなたのスマートフォンを出して頂けますか?」
「はい」
蒼惟が青いスマホを取り出した。
「貸して頂けますか?」
蒼惟がスマホを晴山に渡した。
「白鳥さん。一応、蒼惟さんの保護者として聞きますが、このスマートフォンのデータを移行しても構いませんか?」
「?何のために?」
「学園内でこれは使えないんですよ。なので、入学時に皆さんはこちらのものにデータを移行、或いは登録していただいているんです」
どういう事だ?そのまま使えばいいのに。
「このスマートフォンには、学生証、その学生のクラスの全員の名簿及びアドレス、その他諸々が登録されるんです」
「変えなくてはいけないんですか?」
「そうですねぇ。変えないという方もいましたが、その方は随分と苦労されているようですよ」
俺は蒼惟を見た。蒼惟も俺の方を見ていたようだ。その何も考えていないような顔の奥で、何かを訴えかけていた。
そうだ。蒼惟は前の学校で友達があまりいなかった。そういう不安因子は取り除いていこうとしているのか。
「分かりました。学園側のものに変えます」
「承知しました。紅音さんのものも用意いたします」
晴山は立ち上がり、雨崎が消えていった部屋へと行った。
「お兄ちゃん。この学校、面倒だね」
「そういうことを言うもんじゃない」
「クロ兄。面倒」
「俺が面倒のように聞こえるぞ…」
「何ですぐに承認しなかったの」
「それは、もし、悪用されたら困るからだ」
「校長というものが、悪用するはずない」
「さあ、どうだろうね。世の中にはそんなクソみたいな教師は巨万といるんだ」
「白鳥様。この書類に記入してください」
雨崎が部屋から出てきながら言った。
「分かりました」
書類は『初等部転入手続き』と書かれたものだった。
「ここに、本人の名前と年齢、性別、出身校を書いてください」
『白鳥紅音 12歳 女 県立憲律小学校出身』
『白鳥蒼惟 12歳 女 県立憲律小学校出身』
「これでいいですか?」
「はい。ありがとうございます」
「雨崎さん。終わりましたか?」
部屋から出てきていた晴山が雨崎にそう問うた。
「はい。あとは晴山校長の役目のみです」
「では、白鳥…紅音さん。蒼惟さん。これがあなた方の情報を保存するスマートフォンです」
赤と青のスマホを晴山は持っていた。
「そのスマートフォンに情報を登録しますので、先程書いた書類に、『AR』というアプリケーションを開き、スマートフォンのカメラを向けてください」
「こ、こう…ですか?」
「そうです。読み込みましたね。終了です。何か間違っている部分がないか確認してください」
2人のスマホを見た。そこにはサイトの新規登録画面のようなものが写っていて、そこの欄にそれぞれ、書類にさっき書いた情報が書いてあった。
「どっちも無いです」
「そうですか。白鳥さんは時が綺麗でしたからね」
「はは。そうですかね」
照れるじゃないか。
「では、紅音さんはこれで終了です。蒼惟さんの方はデータの移行がありますので、少々お待ちください」
そう言うと晴山は、校長机の引き出しの中から、機械を取り出した。
「この右側の赤い所に前の物を。左側の青い所に学校側の物を装着してください」
双方に蒼惟は装着した。
その後、晴山は中央にあるボタンを押した。
「これで完了です。大規模なやり方ですが、これが伝統なので…」
蒼惟が学校側のスマホをみると、
「すごい。データが移ってる」
「あの機械で、か。すごいな」
「では。これで転入手続きは終了です。改めまして、『私立最神学園』はあなた方のお二方の転入を歓迎いたします。それでは、教室へ案内いたしますので、雨崎さんについて行ってください」
「お兄ちゃん、バイバーイ!」
「クロ兄。また後でね」
「うん。後で」
「お兄様の方は高等部に、あちらにいらっしゃる高等部校長補佐の霰野が案内いたしますので。霰野さんよろしくお願いします」
「承知しました」