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「久しぶりだな。」
「え?っと…」
ティーフィーはかけられた言葉の意味を理解できずに瞬きを繰り返した。
「ティーフィー、だろ?大きくなったな〜。」
ステアは固まっている姉の肩を引いて自分の方向に向けるといつも以上に押し殺した声でこう言った。
「どうするんですか!姉様は名前が公開されてたからフィリスって適当に名乗ってからずっと
そう言ってますけど、姉様のことを知ってる人だったら私とメルガの名前言ったら私たちもバレますよ!っていうか、ここでは私たち死んだことになってるんです!バレたら国中大騒ぎですよ!その人のこと知らないんですか?」
「ぅあーステア、そんなに怖い顔しないで。えーと…簡単よ。私はティーフィーじゃありませんっていえば良いのよ。」
「それで通る相手ですか?」
「…多分。」
「じゃあ必要なら私とメルガも適当に名前作りますよ…?」
ステアはそう言ってティーフィーを不思議そうな顔でこちらを見ている男の前に突き出した。
「…すみません。私はティーフィーという名前ではありません。それと、ティーフィーというのは王女様の名前ではありませんか?それなら何年か前に病気で亡くなってますけど…。」
ティーフィーは恐る恐る口を開くとそっと男の様子を伺った。
一瞬驚きを見せてから、男は表情を暗くして、力なく微笑んだ。
「そうかい。どうやら僕の知ってる人とは違ったようだね、ごめん。…それから、この先は王宮だけだけど、君たち王宮に行くのかい?」
「はい。王様に会いに行きます。」
「そうか、感心だなー、一緒に行こうか。」
男はにっこり笑ってもときた方向をぐっとたてた親指で示す。
「え?でも今王宮からきたんじゃ、、」
「君たちが見えたから興味本位で引き返してきたの。僕も行く途中だよ。ちなみに君たちどこからきたの?」
「エドソントニアです。」
「ふーん。」
4人で並んで王宮への道を歩く。ふと、王様が王宮に帰るときはこんな感じだったのかな、とステアは考える。
みんなは今どうしてるのかな?何か変わったことはあったかな?自分がいない間、政治は大丈夫だったかな?妻は無事に子供を産めたかな?
あーあ、こんな時に男の子がいれば、あんしんして席を開けることができるのに…。
、、なんて。
「ステア?どうしたの?」
「え?あの、ちょっと懐かしくて…。」
「そうよね。」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫です」
三人は笑った。ステアの口癖がこんなところで出てくるとは。男は1人考えを巡らせていたのだが、答えが出て、目ん玉が飛び出るくらい驚いた。
「エドソントニアだって!?遠っ!!南の一番端っこの町じゃないか!」
「「「うるさいです」」」
今にも音楽が流れてきそうな立派な大広間。
帰ってきたという実感とは程遠い、かかえきれないくらい緊張した少女がそこにいた。
「どうしようステア…緊張してきた。」
「姉様は堂々としてれば良いんですよ。」
「お姉ちゃんはなんでそんなに落ち着いてるの?」
メルガがステアの服の裾を引っ張ってそう言うと、ステアはきぎっと音がなりそうな動作で首を動かしてメルガを見ると、暖かみが一切感じられない微笑みでこう言った。
「緊張しすぎで体がビクとも動きませんよ。」
「そ、そう…」
「まあまあ君たち、そこまで緊張しなくても大丈夫だよ。で、なんで君はいまからローブを着るのかな?」
ステアやメルガと同じ藍色のローブに腕を通したティーフィーは自慢気に怖い笑みを浮かべた。
「やっぱり主役はもったいぶった登場しなくちゃね。」
「姉様…大丈夫です、大丈夫です、大丈夫です」
「人かいてごっくんごっくんごっく、いたぁ!…指噛んじゃった。。」
「君たち…」
男はこの三姉妹を憐れみをこめた目で見つめた。
「「王様に会わせてください。」」
「…ください。」
ティーフィー、ステアに続いてメルガも頭を下げると、大扉の前に構えた衛兵2人は顔を見合わせて、ゆっくりと首を振った。
「王は今他の者の相手をされていて忙しいのです。出直してください。」
「でも…」
ステアが不満気に声を漏らすともう1人の兵士が口を開いた。
「…一応。話は通しておこう。1人、名前をもらえるかな?」
「ちょっと!カナンさん、、」
もう1人がカナンという兵士に驚きの眼差しを向ける。
ティーフィーとステアはお互いのローブを引っ張りあって同時に頭を下げた。
「「ありがとうございます!」」
「え、あ、ありがとうございますっ!」
二人の声を聞いてメルガも慌てて頭を下げた。
「私は長女でフィリスといいます。」
ティーフィーが胸を張って答えると衛兵は満足そうに頷いた。
「あ、君たち、そのローブは脱いだ方がいいんじゃないか?」
「会える時に脱ぎますから。」
「そうかい。」
「君は、フィリスって言うんだね。君は?」
とりあえず応接間に通されて、ソファに沈み込むティーフィーに向かって、そして今度はステアに向けて男はそう問いかけた。
ステアは途端に難しい顔になってなんと言うべきかと思考を巡らせたが、そんな自分を前に動こうとしない男に焦りを感じて、何も考えないうちに口を開いた。
「ス…。。」
どうしよう。どうしよう。
男は相変わらず表情も変えずにじっとステアを見つめている。
ティーフィーも助け舟を出そうと口を開くが、いい考えが浮かばずにそのまま口を閉じた。
男はその空白の時間に何を思ったか大きく背伸びをすると、少し控えめに呟いた。
「…ステア。それでそっちの小さいのはメルガだったかな?」
「小さくないもん。」
呑気に対応したのはメルガだけで、姉二人はぽかんと口を開けたまま凍りついた。
「な、な、なにそれ…」
ティーフィーは声にならない声を出した。
ただの一国民だとしたら、赤ん坊の頃の顔しか知らないはずのティーフィーのことを今一目見ただけでわかるはずはないし、そもそもステア、メルガの二人は名前さえ公開されてなかったのだ。それに、今三人は死んだことになっているから、事情を知っている城の人間か、長い間国を離れていて近況を知らない人でしか、いくら顔が似てたって名前を呼んで声をかけたりすることはできない。いや、城の人間だったなら、声をかけることはないだろうか。それにしても、長い間国から離れていて情報が入ってこないのだとしたら、今王宮に居れるのはおかしい。
…どう考えても、王様と関係のある人なんだろうな。
ティーフィーは凍りついたままのステアの肩に手を置くと、咳払いをしてから男に一言問いかけた。
「あなたのお名前は?」
男はニヤッと笑ってこう答えた。
「アルス・イスムラーバ。旧姓はファイントス、意味わかる?」
「ファイントス…」「!?」