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 ーー12年前くらいね。


『お父様!』

 あの人はいつものように朝食に遅れてくるとにっこり笑ったわ。

『やあやあ、遅くなってごめんね、ティーフィー。』

 お父様は私の頭を軽く撫でると席に着いてそそくさと食事を始めた。

『……。ねえお父様!なんでお母様は私たちと食事が違うの?』

『ティーフィー。それはお母様がもうすぐお前の弟を産むからさ。食事には特別気を使っているんだ。』

『そっかあ〜。』

 お父様は、妹とは言わなかった。

 この時以外にも、お前の弟が産まれたらここをこうしようとか、名前はもう考えてあるんだと自慢気に話して聞かせた。

 ある時私はお父様にきいてみた。

『お父様?入ってもいーい?』

『あ、ああ…。構わない。』

 ドア越しに書斎の奥から返事をすると、お父様の召使がぎぎっと、重たいドアを開いてくれた。

『お父様〜!』

『ティーフィー。お父様は忙しいんだぞ、今日はどうしたんだ?』

 私はお父様の隣の椅子に座り直して、床に届かない足をぶらぶらさせながら口を開いた。

『お父様、ちょっと聞きたいことがあったんだ。』

『なんだ、言ってごらん。』

『…今度生まれるのは、弟じゃなくて妹かもしれないでしょ?』

『いいや弟だ。それしかあり得ない!』

 びっくりした。お父様が急に冷たくて怖い声を出すから。だからね、私その時泣いちゃったんだ。そしたらお父様も慌てたみたいだった。

『ああ…その、なんだ。悪かった。…でも、男じゃなくちゃあいけないんだ。お前も頭が良いからわかるだろう?私の後に、国を支えていく人が必要なんだよ。』

『ひっく…うぅ、私じゃダメなの?私だってお父様がやってることできるもん』

『ああ。確かにお前は頭が良いし物覚えも早くてしっかりしてる。でもなあ、うちはずっと男が国をまとめてきたんだ。』

『じゃあ私が王様になったら女の人は初めて!』

 今思えば純粋に嬉しかったんだと思う。お父様に褒めてもらうこと、可愛がってもらえること、全部が。でも…

『だめだ。男じゃなきゃだめなんだ。お前は弟を支えてくれればそれでいい。』

 ショックだった。自分は弟の代わりに可愛がられているだけで、自分がどれだけ勉強しようがどうなろうが、どの道なんの役にもたてやしないと叩きつけられたみたいだった。

 私はただ、生まれてくる弟が憎くて羨ましくてたまらなかった。

  でも、生まれてきたのは弟じゃなかった。

 お父様は自分の名前にちなんで《ステール》と名付けようとしていたけど、女の子だと知って、ものすごい剣幕で怒鳴り散らして出て行った。仕方なくお母様がそこからステアと名付け、自分で面倒をみた。

 お父様はそれから2日ほど帰ってこなかった。

 帰ってきてからは一言も口をきいてくれなかった。顔を合わせても目を合わせようとしなかった。

 期待して楽しみにしていた分、ショックも大きかったんだと思う。

 ステアが3歳になるころから、お父様は外交で外に出ることが多くなった。顔を見る機会もほとんどなくなって、私はお父様のことなんて考えないようになっていた。

 それでも、ステアが生まれた時のお父様の荒れようは凄かったから、それから私たちの前にたまにお父様が出てくると召使たちもびびって固まったりするようになったんだ。


「私の話はこれくらいかな。」

 ティーフィーは一息着いて、再びお茶を口に運んだ。

「私の名前はお父様の名前からきてたんですね。」

 ステアは確かめるように呟いた。

「…それにしても、お父様とそんな風に話せる時期があったんですか。」

「ええ。私もすっかり忘れていたわ。」

 メルガは相変わらず姉たちの顔をうかがっていた。その時、8時の鐘が王都中に響くと、びくっと体を震わせて、縮こまったまま呆けてる姉たちに顔を向けた。

「…なにぃ?」

 ティーフィーとステアは顔を見合わせると同時に吹き出してから大笑いした。

「あ、はははっ…鐘だよ、ほら、一時間ごとになるやつ。」

「はは、メルガ、鐘を怖がるなんて可愛いですね…。」

 ステアがメルガの頭を優しく撫でると、メルガは怒ったように頬を膨らませてプイと顔を背けた。

「怖がって…ないもん。ちょっとビックリしただけだもん。」

「はいはい」

 ティーフィーも手を伸ばしてメルガの頭を撫でると曲がったリボンを直してやった。

 ティーフィーがステアとメルガを見直すと、二人とも今日の姿は以前王宮で過ごしていた頃と見違えるほど贅沢な格好をしている。しかも二人ともよく成長したから一目見て惚れてしまう人もいるのではないか。。

「!」

「どうかしましたか?姉様。」

 出かける支度をしていたステアがティーフィーの視線に気づいてそう返すとティーフィーは慌てて手を振った。

「いや?いや、いやいや。何でもないよ〜!」

 ティーフィーはステアから背を向けると密かに「ヤバイな…」と呟いた。



「ほう…こりゃー、全然変わってないなー。」

 綺麗なブルーの壁で覆われた王宮を見上げながら、周りの人がギョッとするほど色んなものの乗った布の袋を背負って、場違いな旅人は大きく踏み出した。


 ……

「姉様、このローブは一体。」

 宿を出るなりティーフィーに被せられた藍色のローブの裾を引っ張ってステアは不満気ながら息を吐いた。ちなみに、メルガも同じ物を全ての衣服の上から羽織っている。

「いいですか?」

 ティーフィーは商店街のど真ん中で振り返えると珍しい口調で二人に話しかけた。

「王宮に着くまでは、その派手な格好で歩いてはいけません。わかりましたね?」

「「…はーい」」

 ステアとメルガはしばらく黙ってお互いを見た後、やる気のない返事でティーフィーをイラッとさせた。

 確かに2人の服装は少々派手だった。特にステアは裾の短いワンピースに、派手なアクセサリーが多かった。

 ティーフィーはローブを着ていなかったが、菫色の裾の長いワンピースにアクセサリーは首元だけで、ステアが見てもそれほど派手ではなく王都の街並みに簡単に馴染んでしまうほどだった。

 でも…。

 ステアは密かに思った。お姉様は美しすぎる、その亜麻色の髪に嫌でも視線が集まってしまう。

 ステアはもう一度前を歩く姉の姿を強く見つめた。

 ティーフィーは、出発前の宿でのことを思い出していた。


『そういえば…今、私たちってどういうことになっているのかしらね。』

『どういうことって何ですか、姉様。』

『どういう扱いになってるか、ってことよ。』

 部屋でそんなことを話していると、宿屋の主人が部屋のドアを控えめにノックする音が聞こえた。

『あのー、そろそろご出発の時刻ですよねー

 。』

『あ、はい!あの、開けていいですよ。』

 私は慌てて返事をして、宿屋の備品をいじっているメルガを剥がしとってソファに座らせた。

『失礼します。』

 と言って入ってきた主人はなかなかに若く、今時の若い子の話なら笑って聞いてくれそうだ。

 ステアが荷物をもって立ち上がる頃、私はいいことを思いついた。ここでのことは、ここの人に聞けば良いじゃないか!

『あの、すみません。ちょっとお聞きしたいんですが…』

『何だい。』

 簡単に部屋を見渡して忘れ物チェックでもしてくれたのか知らないが、私に目を向ける前に口を開いた。

『その、この国の王女様って、今どうなってるかってわかりますか?』

 この言葉にステアは目を見開き、メルガは不思議そうに首をかしげた。

『うーん、あぁティーフィー、様だっけ。もう二人いたらしいけど名前は公開されてなかったな。…確か数年前に、同じ病気で亡くなったって報せがあったけど。。どうしてそんなことを?』

『いえ、大した理由はないんです。ありがとうございます。』

 その後私たちは、宿代を払って宿屋を後にした。

 ステアはしばらく黙ったまま何かをじっと考えてるように俯いたまま歩いていた。


「姉様、もうすぐですよね。」

「え?…ああ。そうね。」

 ティーフィーが突然声をかけられてステアの方に振り向くとステアの表情が驚きに変わった。

「姉様、前!」

「え、ぅわっ…!す、すみません。」

 ティーフィーにぶつかられた男は自分より背の低い三人を見渡して低く呟いた。


「久しぶりだな。」


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