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 次の日、ステアは誰より早く目をさますと、王都への出発の準備を始めた。

 まだ太陽の登らない朝の空気はひんやりとしていて、窓を開けると冷たい風がさあっとステアの髪を揺らした。

 ステアは自分の手首からリボンを解くと、窓ガラスに映った自分を見ながら柔らかな栗色の髪を二つに分けて丁寧に結った。

 ステアの耳元に揺れるその青いリボンは、デミスがくれたものだった。デミスはステアの髪を結っている浅黒い紐に気づくと言ったのだ。

 私のリボンをあげよう、と。

 ステアは今日の出来栄えに満足気に頷くと、まだ寝ているティーフィーとメルガの脇をそうっと通って着替えや行きや帰りの2日間、王宮に行くことも考えて必要なものを用意した。ティーフィーとメルガの分も一緒に。

 デミスはステアの事を面倒見がいいとよく言った。ステアは自分たちの面倒を見てくれるのは姉のほうだからと否定し続けたが、ティーフィーの考えは違った。ステアはみんなの面倒を見て、不自由なく生活できるようにしてくれる。メルガはどんな時も姉たちの支えになってどんな時も笑顔をくれる。その時、ステアは口を挟んだ。そして姉様が自分たちを守ってくれるから、安心して暮らせると。

 そんな事を思い出すうちに、ステアの頬は自然と緩んだ。

「ん…ぅん、ステア…?」

「姉様。おはようございます」

 ティーフィーは毛布をめくって大きく背伸びをするともう一度ステアを見つめた。

「…おはよう、ステア。また余計な事させちゃった?」

「いえ、好きでやってる事なので!」

 ステアはとびっきりの笑顔でそう言った。

「お姉ぇちゃん、おはよう。」

「おはよ、メルガ。さあ、起きないと弟に会えないぞ。」

 ティーフィーは立ち上がると毛布にしがみつくメルガを抱き上げた。

 ステアはそんな二人に軽く目配せして親指でテーブルを指した。

「朝ごはん♡!」

 メルガは途端に大きく目を開けてあっという間に席に着き、その様子を見たティーフィーもステアにお礼を言って席に着いた。

「…それじゃあいつもより早いですけど、今日は特別ですから」

 メルガは待ちきれな胃というようにしきりに指でテーブルを叩いている。

「「「いただきます!」」」


 このとき、ティーフィー14歳、ステア12歳、メルガ7歳(ちなみにエデン3歳)である。


 馬車は人気のない一本道を走っていく。

 姉妹が家を出発した朝から次の朝が開け、その日が暮れようとしている。

 メルガはすっかり眠りにつき、妹を心配するティーフィーの言葉にステアは大丈夫ですと繰り返す。

「ねえステア本当に…」

「大丈夫です。姉様も休んでください。」

 その声に一切感情は感じられない。ティーフィーは一層心配そうに顔を歪ませるが自分の膝で寝息を立てているメルガという妹もいるのだ。ティーフィーはメルガに目を移すと癒されていく心に気づいた。

「メルガは…いつまでたっても子供っぽいんだから。」

 メルガも自分にとって母親代わりのティーフィーなら安心するのだろう。安心して眠っている。

 ステアは、実際疲れ切っていた。何時間走ったかわからない。もちろん馬を休める間はステアも休むのだが、こんな時の夜は眠れやしない。いつもより何時間も早く目覚めると、手綱を握って赤くなっている自分の手を握ったりひらいたりしていた。

 おかげで今、ステアのまぶたは今にも閉じそうに重かった。

 ステアは片方の手で目をごしごし擦ると今度は風をうける頬を力強く叩いた。

「ねえステア?そろそろ休憩したほうが…」

「大丈夫です。姉様、もう少し先まで行きましょう。」

 そうだ、できるだけ早く着かないと。

 できるだけ早く着かないと!


 ……

「ここが、王都…ですか。」

「王宮にばかりいて、街の様子をあまり知らなかったものね。」

「それはそうとお姉様、そろそろ下ろしてくださいよ…」

 ステアはティーフィーに背負われたまま身動き一つせずにそう言った。

「ダメよ。ダメダメ、疲れ切った妹を自分の足で歩かせるなんて私にはできないもの。」

「まったくもー…姉様は甘すぎですよ。」

 ステアは街ゆく人から顔を隠すようにティーフィーの亜麻色の髪をもてあそんだ。

 王都に着いたのは2日目の夜中だった。通る人は少ないが、ティーフィーたちが元いた町よりは遥かに多かった。

「夜なのに明るいね。」

「そうね、街の明かりで」

 それなりに頑丈ないろいろな色の建物がずらりと並び、出店や宿屋の灯りが華やかに王都を飾っている。

 ティーフィーたちは花壇の並ぶ商店街を抜けて、一つの宿屋の前に足を止めた。ここでは、所々切れかかった電灯が幾つかあった。

「ステア、今日はここで…ステア?」

「寝てるの!お姉ちゃん疲れたんだね。」

 ティーフィーは滅多に見ない働き者の妹の寝顔に、安堵の息を漏らした。

「それじゃあ行きましょ、メルガ。」

「うん。」

 肉屋の前の電灯が静かに点滅を繰り返した。


「はっ…!」

 ステアは毛布を蹴り上げて目覚めた。

 そして数秒の間思考を巡らせてから、迫ってくる感覚に自分は目覚めたのだと確信する。

「はあ……、、ここは?」

 自分の隣ではメルガがすぅすぅと寝息を立てている。

 ステアは考える。自分はティーフィーに背負われたまま眠ってしまったのだ。窓から外を見てみると、広がっていたのは賑やかな王宮都市だった。

「ステア、起きたのね。」

 ステアが振り向くと、そこにはすっかり支度を終えて美しい姿のティーフィーが立っていた。

「姉様、起きてたんですか。」

「ええ、もうそろそろ出発しましょ。ステアはよく眠れた?」

「…はい。」

「そう、良かったわ。ちなみに今日の朝ごはんはこの宿のサービスよ♡」

 ティーフィーが口に手を当ててそう言うとメルガは待ってましたとばかりに飛び上がって歩き出したティーフィーに抱きついた。

「朝ごはん!サービス〜」

「メルガ、起きてたんですか…!?」

「今起きたの!」

「そうですか…」

 ステアも立ち上がり髪を結び直すと、ティーフィーの後を追った。

「さぁさ、二人とも。その前に身支度を済ませて。」

「「はーい。」」


 宿屋の朝食は3人の口によく合った。

 久しぶりに口にした王都の味はティーフィーやステアやメルガにとっては懐かしさの塊だった。

 と同時に、今までの良くも悪くもある過去を思い出すきっかけにもなった。

「…なんでお父様はあんな性格なんでしょうか。」

 ステアのこの一言にティーフィーとメルガも食べる手を止めて表情を曇らせた。

「ステア、お父様は元はあんなんじゃなかったのよ。…少なくとも、あなたが生まれるまでは。」

「どういうことですか!」

 ステアは少し腰を浮かせてテーブルを叩いた。メルガは二人の姉の様子に若干戸惑った様子で、落ちそうになったスプーンをキャッチすると、姉の顔を交互に見つめた。

「落ち着いてステア。」

 ーちょっと昔話をするわね。そう言ってティーフィーはお茶を一口啜ってから語り出した。



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