10
翌日、王の死と、アルスの帰還が発表された。
アルスに会えたことで安心したのだろうか、王が亡くなったのは謁見の日の暮れ頃だったと聞いた。
ティーフィーは、ステアとメルガを連れて王宮の廊下を歩いていた。そして三人とも、前回に劣らず贅沢な格好をしている。
これから、仮ではあるがエデンの王位継承式があるのだ。
そこで、一応はエデンが王であること。そして、エデンが大人になるまでアルスが代わりを務めることが発表される。もちろん、王女達が戻ってきた事は内緒だ。
広間の階段に腰をかけて、ティーフィー達はその様子をじっと見ていた。
そして、ティーフィーは、別れる直前に王が言った言葉を思い出していた。
『待ってくれティーフィー。』
『?』
私が振り向くとお父様は手招きをして言葉を続けた。
『ステア、メルガも聞いてくれ。…エデンが生まれたんだ。今度みんなでゲームでもしよう。』
この言葉が私にはどうも耐えられなかった。
何を感じたのかは分からない。
気がつくと私の眼いっぱいに涙が溢れていた。
『っ…、はい!勿論。』
すると王は、ステアが生まれる前のような穏やかな声色で『絶対だ。』と、呟いた。
ステアは自分の知らない父親を見て、何を思っただろうか。ただ、ステアの目にも、強く美しい王の心のうちは視えたのだろう。
ほんの少し自分を責めるように下を向いてから、わたしとメルガに向かって微笑んだ。
メルガは、果たされることのない約束に、一つ指を結んだ。
『約束ね!お父ーさん!』
その笑顔は、王にはとても眩しく見えたことだろう。
結局、その約束は守られなかった。王は他界し、エデンは表向きその位についた。
エデンはティーフィーと同じく、緩いカーブのかかった亜麻色の髪ー男児にしては少し長いーで、女の子のようにも見える愛らしい顔立ちをしていた。
エデンは4歳になったばかりだったが、その割にいつもクールで感情の読めない顔をしていて、鬱陶しい兄を嫌わない優しさもあった。(実際アルスはかなりしつこくエデンにつきまとっていた。)
「今日からしばらくの間は、俺、、じゃなくて、私がエデン王の代わりにこの国を支えていきます。よろしくお願いします!」
そう言って頭を下げたアルスの声に応えたのは、たくさんの大きな拍手だった。
アルスは誇らしげに胸を張り、お辞儀をすると、エデンを連れて去っていった。
…
ティーフィー、ステア、メルガは、荷物を抱えて、王宮の正門を何年振りかに潜り抜けた。
広間に入ると、待ちわびていたとばかりに、城の召使や、三人をよく知る城の人間が大袈裟に三人を迎えた。
大きく重い扉が開き、天井から下がったシャンデリアに朝日が反射して壁を照らしていた。
「ーーよく帰ってきてくれました!ティーフィー様!ステア様!ああ…メルガ様、こんなに大きくなられて!」
「ティーフィーさま!お帰りなさい!」
「会いたかったですよ〜メルガちゃん!」
「ステア様!お久しぶりです!」
「よっ!ティーフィー、ステア、メルガ。大きくなったなぁ。」
たくさんの声の中に、あのエルバも立っていた。
「エルバさん!あの、アルス…兄様は、」
ステアがそれに気づいて駆け寄ると、エルバはコックの帽子をいじりながらニヤリと笑った。
「聞いたんだな。」
「は、はい!」
「ステア!…あぁ、エルバさん。」
ティーフィーはメルガを連れてエルバに軽く礼をした。
「よくわかりませんが、兄がお世話になったみたいです。」
「お兄ちゃん、エルバさんの話いっぱいしてくれたよ。」
メルガが言うと、エルバは途端に笑い出した。
「あいつが俺の話をね。。まあいいか。せっかく帰ってきたんだし、今度は俺があいつの話をしてやるよ。」
その顔を見て、ティーフィーは少しだけ言いにくそうな表情をして、口を開いた。
「それなんですけど……」
…
「ええっ、2年くらいで出て行く!?」
アルスの書斎と化した部屋に、大袈裟な声が響き渡った。
「ああ。自分たちは死んだことになってるんだし、これ以上国を混乱させたくないから、だとよ。」
エデンはお盆の上に乗せていた紅茶をアルスの机に置き、すっかり悩み込んでいるアルスの頭をお盆で叩いた。
「何すんだよ!」
「そんな悩むことねーじゃん?まだ2年も居るんだろ?」
「2年しか、だろ!折角生き別れの妹に会えたってーのに。」
「お前が勝手に家出しただけだろ。」
「ってかそういう問題じゃねー!俺は仮にも王代理だぞ。
そんな奴の頭を殴るとは随分なことを…。」
「じゃあ俺はかなりの権力を手に入れたってことだな!」
「はー!残念だったな。俺は他人のいいなりになるような奴じゃねーよ!」
「そうかよじゃあ黙って仕事しやがれ。」
「ああそうするよエルバくん!さっさとどっか行きやがれ。」
「はいはい、…ところで紅茶のお味はいかがでしたか??」
アルスは勢いよくカップを傾けて、含んだ紅茶を吹き出した。
「……熱っ!!!」
ーー2年後。
「ほんとに行くのか?」
「ええ、色々ありがとうお兄様。エルバさんもね!それと…エデンをよろしくお願いします!」
ティーフィーは荷物から片手を離して手を振った。
「ああ!そのうち帰ってこいよ。」
「俺も待ってるからなー。」
「もちろん!」
「…バイバイ。」
ティーフィーは、ひょこっと顔を出したエデンに小さく手を振ると、歩き出した。
「ステア、メルガ行くわよ。」
「「はーい。」」
こうして三人は、新たな旅路に向かって歩き始めた。




