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戦国ブロードウェイ  作者: ヴィエリ
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~現代 土河勇②~

「ここはテスト範囲でもないし、重要なところじゃないから飛ばすぞ。」


僕の担任である斎藤先生はそう言って、教科書を2,3ページめくった。

飛ばすと言ったページには、戦国時代の文化や土埼城の変という聞いたこともないような事件について書かれてあった。


昼休み直後の5時間目の授業ということもあり、僕のクラスは心なしか皆眠そうな顔をしている。特に母親の作った弁当を食べた上に学食で売っていた焼きそばパンを平らげた僕には、おそらく他のクラスメートの倍以上に強烈な睡魔が襲ってきているのではないだろうか。

僕達のクラスの担任であり、日本史の先生でもある斎藤先生は普段は冗談ばかり言う優しい人なのだが、授業や風紀を乱す生徒に対しては真逆の性格に変貌する。

そのため、斎藤先生の授業の時は寝てはいけない、騒いではいけないというのが僕達生徒の中で暗黙の了解となっている。しかし、それを意識しすぎるが故に、何人もの生徒が睡魔に負け、斎藤先生に雷を落とされているのだが。


「明智光秀が織田信長に下剋上をした事変、分かる奴いるか?そうだな・・・じゃあ、土河。」


睡魔から逃げることに必死で自分の名前が呼ばれたのにもかかわらず、僕はすぐに反応することが出来なかった。


「おーい、土河(つちかわ)勇。こんな簡単な問題に、何を鳩が豆鉄砲くらったような顔をしている。答えろ。」


先生の質問を全く聞いていなかったのはもちろんのこと、あまり得意ではない日本史なので、僕の思考は完全に袋小路に迷い込んでしまった。雷雲は間もなく僕の頭上にかかりそうなところまで来ている気がした。


「本能寺の変だよ。」


僕の耳に突然飛び込んできたその言葉を、僕はオウム返しの如く斎藤先生にそのまま返すことにした。


「本能寺の変・・・ですよね。」

「ああ、正解だ。分かっているなら早く答えろ。寝ていたのかと思ったぞ。」

「はい・・・すみません。」


寸でのところで雷を回避できたので、僕は胸を撫で下ろした。そして、僕を避雷針まで導いてくれた恩人を見て、小さくお礼を言った。


「ありがとな。」


僕の後ろの席に座っている金村萌はいたずらな笑みを浮かべている。


「授業終わったら、なんかおごるわ。」

「ううん、勇の慌てっぷりを見て十分笑わせてもらったから、大丈夫だよ。」

「なんだよ、それ。」


僕は首を傾げて、視点を斎藤先生に戻した。

金村萌は僕と同じ高校3年生で、クラスメートであり、一応僕の彼女でもある。

小、中学校も一緒の学校だったのだが、同じクラスになったことは一度もなかった。そのため、満足に会話をしたこともなかったのだが、萌は男子の中でも美人と評判だったので間接的には知っている程度の関係ではあった。そんな僕達が付き合うきっかけになったのが、高校1年生の文化祭の時だった。


「君と同じ東宮中学の土河って言うんだけど、覚えてるかな?あのさ、暇だったらでいいから、うちの劇観に来ない?」


偶然廊下で会った萌を僕が自分の所属している演劇部の出し物に誘ったのだ。

僕の高校は毎年9月の前半に文化祭を催しているので、付き合ってもうすぐでちょうど1年ということになる。1年・・・長持ちすると言われている物もどこかしら老朽化してしまうには十分な歳月だ。だからといって、この老朽化を抑えるモノはコンビニやホームセンターで簡単に手に入るようなモノではないのは分かっている。

9月は残暑の時期だけあって、真夏とほとんど変わらず暑い。昨夜テレビの週間天気予報に表示されていた気温はほとんどが30度を超えていた。

ふと外に目を向けると、儚い命と自覚しているのか、この世に生きた証を残そうと懸命に鳴いているように見えるセミが僕の目の前を横切っていった。お前みたいにそんなには頑張れないよと空高く飛んでいくその背中に呟き、僕は小さくため息をついた。


「でもなんかおごってくれるなら、お言葉に甘えちゃおうかな。」


後ろから唐突に聞こえてきた呑気な声に、今度は大きくため息をついた。そんな僕達の様子を遠くの席で笑って見ている男に気付いて、僕は不機嫌そうにその男を睨んだ。

そいつは島田祐二と言って、僕と同じ演劇部に所属している。そして、去年の今頃に僕と萌が通っているこの大聖高校にやって来た転校生でもある。180㎝を超える長身で坊主に近い髪型をしているので、校内や街中を歩いていても半分以上の人間に横目で見られるくらいに目立つ。もちろん容姿が良いということもあるだろうが。


「お前のルックスと性格を最大限に生かせる部活があるんだけど。」


その見た目と目立ちたがり屋な性格もあって、転校したての時にどの部活に入ろうかと迷っていた島田を僕は即座に演劇部にスカウトした。こんな舞台映えしそうな高校生はいないと演劇部の部長でもある僕は直感的に思ったのだ。


「笑うな、馬鹿。」


と、僕は小声で島田に言った。だが、島田は笑っていた。

そんなことをしている間に授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。今日はこれで授業は終わりだ。


「じゃあ今日はここまで。このままホームルームやるぞ。」


斎藤先生は教卓に乗った日本史の教科書やノートを手早く片付ける。


「えー、とりあえず先週の文化祭は皆お疲れ様。うちのクラスの出し物と土河の演劇部がやった三国志はなかなか好評みたいだったぞ。そういうわけで、ちょっとこれからみんなに発表がある。明日からうちのクラスに転校してくることになった子を今から紹介するから。」


突然の発表で、男か女かも知らされていないクラスメート達が少し騒ぎ出した。


「おーい、入っていいぞ。」


斎藤先生はドアの前に立っていた人影に呼びかけた。


「失礼・・・します。」


だが、皆の予想とは裏腹に先生に呼ばれて教室に入ってきた島田以来の転校生は、少し猫背気味の風変りな男だった。長髪で両目は完全に前髪で隠れている。身長は170㎝あるかないか程度で、男にしては少し小さめだ。

女子からため息と小さなブーイングが聞こえてきた。男の僕でも女子はそういう反応になるだろうなと妙に納得してしまうくらい変わった男だった。


「佐山君だ。じゃあ自己紹介よろしく。」


斎藤先生は転校生の肩を軽く叩いた。転校生は少し間を開けて、蝉の鳴き声にも負けてしまいそうな声で自己紹介をした。


「・・・佐山勝也です。よろしく・・・お願いします。」


こいつは絶対にスカウトしないと僕は思った。

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