~現代 土河勇⑦~
佐山が去った後、僕は目の中に残像として残る佐山を見て呆然と立ち尽くしていた。
先程まで僕の目の前にいた人間は、実際は佐山ではないのかもしれない。だが、僕の記憶の中ではあの佐山として、また僕の友人として今も確かに存在している。その証拠に僕は出会った頃の佐山の残像を今も追いかけている。
「勇・・・ちょっと手貸してくれない?」
ずっと同じ体勢で座り込んでいた萌の声が下から聞こえてきた。自力では立てないのか、座ったまま両手で僕の腕を掴んできたので、僕はそのまま引っ張り上げた。まだ足元が覚束なかったので、立たせた拍子に萌の小さな身体を抱き締める。僕は久しぶりの感触を全身で感じた。
「大丈夫か?」
「うん。」
「疲れたよな?」
「うん。」
「萌・・・泣いてるのか?」
「・・・ううん。」
僕の胸に顔をうずめていた萌が首を左右に振った。顔をうずめている部分が徐々に生温かくなっていく。
「そっか、ごめんな。」
僕は萌の頭を軽くポンと触れる。
「ねえ、勇・・・。」
「うん?」
「私、まだ頭の中を上手く整理できてないんだけどさ。佐山君・・・やっぱり悪い人じゃなかったよ。」
佐山と島田の会話は舞台袖にいた僕には聞き取れなかった、というよりもおそらく萌以外の人間には聞き取れなかったはずだ。
「そうだよな・・・あいつのことはよく知ってるもんな。」
「・・・うん。」
「今日お前が舞台で聞いたこと・・・簡単には受け入れられないかもしれないけど、信じていいことだと思うよ。」
「・・・うん。」
それから口を閉ざしてしまった萌に、僕はこれ以上何かを聞こうとは思わなかった。萌の背中を斬ろうとした島田の刀を止めに入った時の佐山と僕の胸の中で泣くまいと必死に涙を堪えている萌を見ただけで、もう十分だった。
すると、僕の中のわだかまりのようなものが次第に溶けていって、ふとある事を思い出した。
「そうだ、萌。」
萌の返事が返ってくることはなかったが、僕の言葉に反応して頭が微かに動いたのが分かった。
「前に本能寺の変を教えてくれたお返しをしなくちゃな。今日、何か食べたい物あるか?おごるからさ。」