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戦国ブロードウェイ  作者: ヴィエリ
12/14

~現代✕過去 劇②~

「土河、あの2人やり合うつもりだぞ。止めなくていいのか?」


唐津は僕の合図1つでいつでも舞台に飛び出していけそうな体勢をとっていた。


「このままでいい。」


実力が拮抗した手練れ同士の戦いほど、勝負が決まるのは一瞬だという話をどこかで聞いたことがある。向き合う2人の身体から出るオーラは、どことなくそうなる予感が感じられた。

1つ用事を思い出した僕は幕の上げ下ろしを担当している唐津班唯一の女性である山岸の所へと駆け足で向かった。


「お疲れ、ちょっと山岸に1つ頼みがあるんだけどさ。あの2人の勝負がついたら、すぐに幕を下ろしてほしいんだ。」

「勝負がついたらって・・・部長として、あの2人を止めなくていいの?」


山岸が呆れた表情で僕を見ている。


「ごめん。本当に頼むよ。」


半信半疑ながらも要求を飲んでくれたのか、山岸は静かに1つため息をついて、ずれかかった眼鏡を掛け直した。


「はいはい、了解。じゃああの2人のチャンバラが終わったら、すぐに幕を下せばいいのよね?」

「ああ、頼む。ありがとう。」


これで佐山の頼みは全てやり遂げたはずだ。やり遂げたつもりではあったが、佐山の意図やなぜ2人があのような状況になっているのかを、僕は未だに分からないでいた。この劇がどういった結末で幕を閉じるのか、ただ黙って見届けることしか今の僕には出来なかった。

佐山と島田は直立に立ったまま、どちらも一切動く気配がない。相手の出方を窺っているのか、もしくは先手を取るために間合いをはかっているのかは分からない。だが、もうすでに2人が誰にも見えないところで戦いを始めていることだけは何となく分かる。気が付くと、先程まで騒いでいた観客も僕の隣にいる唐津も口を閉ざし、舞台上の2人を静観している。


「お静様もこの劇場のどこかで俺達のことを見ているのだろうな、満彦。」


佐山は少しずつ島田との間隔を縮めていく。


「幼少の頃はあの人によく稽古をつけてもらったのをお前もよく覚えているだろう?」


島田は自分の間合いに徐々に入って来る佐山を嫌って、後ろに下がろうとした足を不意に止めた。


「今回の劇はお静様が土河に貸した一冊の本から全てが始まったということなのさ。」


島田の動揺と一瞬の隙を見逃さなかった佐山は、瞬時に右足を踏み込み、刀を島田の腹部に向かって突き刺した。


「ぐうっ。」


佐山の刀が島田のみぞおちに的確に突き刺さる。島田は両手で腹部を抱えるようにしてもがくと、崩れるように前のめりに倒れてそのまま動かなくなってしまった。急所の1つであるみぞおちにあまりにも強い衝撃を受けたせいで気を失ったのだろう。それだけ佐山の突きは強烈だったということだ。

観客も演技にしてはリアリティーがありすぎると感じたのか、お互いの顔を見合っては同時に首をひねっていた。

このままでは騒ぎになってしまうと危惧した僕は、舞台袖から2人の元へ駆け寄ろうと右足を踏み込んだ。


「待って、土河君。」


後ろから不意に呼びかけられたと思ったら、僕の頭上からタイミングを計ったように幕が下りてくる。


「これでいいんでしょ?」

「え?」


山岸だった。いつの間にか僕の隣に来ている。


「なんで驚いた顔をしてるのよ?あんたが頼んだことでしょ。」

「ああ、そうだったよな。山岸、ありがとう。」

「さあ、そんなことより幕が下りきったわよ。今部長のあんたがあの2人のところに行かないでどうするのよ。何か事情があるんでしょ?」

「ああ。」


山岸に言われるまでもなく、僕は誰よりも先に佐山達がいる舞台へと駆け寄った。


佐山は気を失って動かなくなった島田を肩車して立ち上がろうとしているところだった。そんな佐山の襟元を強引に掴むと、こちらへ引っ張った。


「おい、佐山!これは一体どういうことなんだよ?島田は大丈夫なのか?」


佐山の刀は真っ二つに折れて、床に落ちている。それは佐山の突きがかなりの衝撃だったことを物語っていた。


「気を失っているだけだ。島田はこのまま俺が連れていく。」

「どうして?」

「詳しい事情は、悪いが今は話せない。」


僕の後に続くように、他の部員達が近づいて来る。


「そのうちお前にも全て分かる時が来るから。だから、その時まで少しの間待っててほしいんだ。」

「どういう意味だよ?お前の言っていることもこの状況も俺にはさっぱり分からないよ。」


佐山は少し困った顔をして、優しく僕に笑いかける。


「俺は佐山じゃないよ、土河。俺の本当の名は水野貴一郎だ。」

「え?」


聞いた瞬間、僕の心臓が大きく弾んだ気がした。まるで全身の血液が一気に沸き立つような今まで味わったことのない感覚だった。

脚本の中の登場人物が今僕の目の前に実在しているということか?

劇が始まってから僕を混乱させ続けている張本人である佐山はさらに続ける。


「こんな状況にした俺が言える立場じゃないが・・・出来ればお前に迷惑はかけたくなかった。あの日お前を守ってやれなくて本当にすまなかったと思っている。」


佐山は僕の頭に視線を移した。あの時とは僕が黒ずくめの男に襲われたあの夜のことを言っているのだろう。


「脚本が出来た時から島田がどう動くか注意はしていたんだが・・・あの夜、途中でお前を見失ってしまってな。やっと見つけたと思ったら、お前はもう倒れてて・・・かなり焦ったよ。」


頭から血を流し倒れている僕を最初に発見したジョギングをしていたという男性は、雨の中を公園から病院まで僕をおぶってきたと手術後に担当の医者が教えてくれた。あの日朦朧とした意識の中で、僕が覚えているのは継続してやってくる後頭部の痛みと雨音にかき消されないほどの必死で荒々しい息遣いだった。

あの時僕をおぶってくれたのは・・・。


「土河、お前にはまだまだ謝りたいこと感謝したいことが山ほどあるのだが、どうやら肝心な時間がもうないみたいだな。」


部員の他に先生達までもが舞台に上がってきている。斎藤先生の表情も心なしか強張って見える。


「去年、お前がやった劇・・・三国志を観た時に感じた俺の直感は、やっぱり正しかったよ。」

「佐山、観ていたのか?」

「ああ、転入する前に偶然な。その時に思ったんだよ、この劇を作った人間とだったら・・・。」

「佐山?」


佐山は俯いて、何度か小さく頷いた。


「土河とだったら、最高の劇が作れるんじゃないかってな。」


今まで何を見て、どのような経験をしたら、人間はこんな表情が出来るのだろうか?僕に笑いかける佐山の表情は哀しいくらいに哀しかった。


「・・・あそこの階段を下りると、すぐに体育館の外に出られる。」


僕はこちらに向かって来ている先生や生徒とは真逆の方向を指差した。佐山が驚いた顔で僕を見た。


「事情はあとでちゃんと教えてくれるんだろう?だったら今は早くここから出た方がいい。」

「俺を行かせてくれるのか?なぜこんな状況にもかかわらず、お前は俺にそこまでしてくれるんだ?」


その当人である僕が佐山のその問いかけに対して、言葉を詰まらせた。だが、それも一瞬、答えはすぐに出てきた。


「なぜって、こんな状況にしたのはお前と・・・そしてお前を信頼した俺のせいだろう?つまりはそういうことさ。」

「・・・土河。」


僕は佐山の背中を先程指差した方向へ押した。


「ほら、もう行けよ。」


何か言いたげな佐山の顔を見ずに僕は続ける。


「あとは俺が何とかするからさ。」


佐山は頷くと、気を失っている島田を肩車したまま駆け足で出口に向かう。

再び会えると言った佐山の言葉を疑いもなく信じられるから、次第に遠くなっていく佐山の背中を見ても、僕は不思議と寂しいという感情が沸くことはなかった。もちろん全くというわけではなかったが。


「さてと、それよりこれからどうやって皆に言い訳しようかな。」


僕は小さくため息をついて、後ろから続々とやって来る先生や生徒の方を振り返ろうとした時だった。


「土河!」


佐山が僕の名前を呼んだ。僕は反射的に佐山を見た、こんなにはっきりと佐山に名前を呼ばれたことなど一度もなかったから。


「あそこの図書館に行けば、また俺と再会できるさ。すぐにな。」


なぜ?いつ?そんな疑問はこの際どうでもよいことだった。僕は遠くにいる佐山に分かるように深く頷く。また会いたいと強く思うから、何度も頷く。


「それと―。」


次に佐山は、放心状態でその場に座り込んだまま動かない萌を一瞬だけ見た。


「絶対に大切にしろ。」


それに対しても迷いなく頷いた。この劇をやるまでの間、萌への僕の気持ちは今や引き出しに入りきらない程に大きくなっていた。だが、それは腐敗したものが肥大化したからではなく、今までに見たこともないような新鮮な何かであったのだ。そんな僕の表情を見て何かを感じ取ったのだろうか、佐山の顔が少し緩んで見えた。


「あと最後に。お前が公園でおばあさんに借りたあの黒い本、実は図書館から借りた本だからお前に返しに行ってほしいって、おばあさんが言ってたよ。本当に大切な本だから、よろしく頼むって。」


何で佐山があの老婆のことを知っているのか?あの黒い本は佐山と老婆にとって、どんな意味があるのだろうか?・・・僕は最後まで分からないことだらけだった。

だが、その多くの謎と刺激的だった劇の思い出を残して、佐山は僕の前からもうすぐ去っていくのだろう。


「それじゃあ、またな。」

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