魔族に出会う
【世界編 魔族に出会う】
ウハーは不埒を働いたアザゼルを何とか引き剥がし、リビングへと連れ戻る。
セッチ、ウォック、ズウェイトの三人も、身嗜みを整えてリビングに現れる。
アザゼルの暴挙に関しては、無事を思う気持ちとしてお咎めなし。
それよりも・・
「セッチさん。状況が状況なのですから、せめて私の所に顔を出してくれれば・・」
「だってだって、汗と汚れでバッチかったんだもん」
バッチかったもん・・じゃねぇ、もん・・じゃあ。今更乙女ぶるなと思う。
当初はウォックとズウェイトも、冒険者ギルドに顔を出すべきと言い張っていた様だ。
ただ他種族との戦争状態で、奴隷とはいえ他種族がうろつくのは危険と考えて、セッチは二人を自宅に連れて行く事を優先させたらしい。
セッチの考えは正しいと判断するが、風呂は余計だ風呂は。
「何にせよ、三人が無事であったのだ。これ以上の事は望むまい」
「まぁ、そうですね」
全員がアザゼルの言葉に納得する。
離れ離れになってからの情報を、お互いに共有し、今後について話し合う。
「エルフ族、ドワーフ族とは全面戦争になったと考えるべきですね」
エルフ族もとワーフ族も、今は静かだろうが、水面下で着々と準備しているに違いない。
「獣人族に関しても、アザゼルさんの報復にどう反応するかによって変わるわねぇ」
「・・すまん」
獣人族の群一つを潰した以上、こちらもただで済むとは思えない。
「他種族の村へ向かうのも、今の時点ではリスクが高すぎるわ」
「向こうの方々に悪いとは思いますが、二人を預けるにはかなり心配ですね」
彼らも未だ定住先を探しているはずである、受け入れ先として期待できるはずもない。
「西の町の状況はどう? 自宅に居る分には良よさげかしら?」
「正直に言って、何とも・・」
奴隷自体少ない西の町では、どの様に対応すべきか判断できないのだ。
「奴隷ギルドに相談してみてはどうか?」
アザゼルが横から口を挟む。
三人の生死を確認するため、朝な夕なに奴隷ギルドを訪れていた。
「そうね。こう言った場合にはどうなるのか、どうしたら良いのか決まり事がありそうだものね・・」
「では、奴隷ギルドの方はセッチ殿に頼んでも良いか?」
「へっ!? それは構わないけど・・、アザゼルさんはどうするの?」
「友の所へ行ってみる」
「・・友達と言うと、記憶を失ったアザゼルさんを助けてくれたと言う?」
「そうだ、名はスミナユテ・・、実は魔族だ」
「「「「・・えっ!? えぇぇぇえぇー!?」」」」
アザゼルとの突然のカミングアウトに、一同が驚きの声を上げる。
「こ、これは・・、驚きね」
セッチが何とか言葉を紡ぎだす。
魔族と呼ばれる種が、死の砂漠の果てに居ると言う噂は知っている。
しかし魔族が居なくなってから、長い年月が過ぎ実在するかどうかも疑われていた。
「でも、わざわざ会いに行こうと思った訳?」
「友スミナユテは、セッチ殿のように人間に興味を持って世界を旅していた。もしかしたら何か良いアイデアがあるのではないかと思っての事だ」
「ふむ・・、なる程。場所も近いし、使える伝手は全て使っておきましょうか」
セッチとしては是非とも魔族に会いたいところではあるが、事が事だけにぐっと我慢する。
アザゼルは友との出会いの森へと向かい、セッチはしぶしぶ奴隷ギルドへと向かう。
西の町を出て街道を進む事しばらく、森の中へと分け入って行く。
この世界で目覚め、人々から迫害を受け、彷徨い歩いた末に着いた森。自分の贖罪の始まりの地・・
魔族スミナユテが、他種族との戦争の噂を耳にすれば、既に脱出している可能性が高い。
僅かな望みをかけて、スミナユテの小屋を探して森を歩き回る。
小屋の痕跡さえ見つけられず、森を間違えたかと思い始めた頃、目の前に小屋が現れる。
「(確かに何もなかったはず・・)」
「簡単に見つかったら、すぐに殺されちゃうからね。隠すのは当然だろう?」
探知能力にかかる事無く、突然のように背後から声が掛けられる。
「やあ、アザゼル。久しぶり」
軽く手を挙げて挨拶をしてくる。
「スミナユテ殿、あの時以来だ。恩を受けながら顔を出さず済まない」
「色々あったんだろう? それに、こっちとしてはちょくちょく顔を出されても困るんだよねぇ」
表情が分かりにくいが、苦笑いしている様だ。
人間の領域に居を構える魔族・・、存在は隠さなければならない事は十分理解できる。
「さっきも言ったけど、この森自体に魔法で仕掛けをしてあるんだよ」
「つまり解除してくれたと言う訳だな?」
「この小屋の周辺だけね。反対に森全体の魔法は強くなっているよ」
アザゼルを誘って、出会った頃と殆ど変らない小屋へと入って行く。
中に入ると無駄な挨拶や、近況報告をする事無く本題を切り出す。
「それで何の用かな? 正直あまり時間がない」
「やはり出て行くのか? この森を・・」
「うーん、戦争が始まりそうだからね。万が一を考えてね」
「自分の国へ帰るつもりか?」
「流石に死の砂漠を越える自信はないなぁー。脱走しているから戻っても殺されるし」
不穏な言葉も気になり、訪れた目的を伝える。
「魔族と言う種について教えて欲しい」
「ん? それが目的なの?」
スミナユテの質問に、彼と別れてからの事を掻い摘んで話をする。
「二人の奴隷の解放か・・。しかも他種族ねぇ・・。うーん」
「難しいのか?」
「はっきり言って、不可能の一言に尽きると思う」
「何故か聞いても?」
「アザゼルも尋ねたけど、魔族と言う種族に付いて話さなくちゃいけない・・」
長くなるかなぁ・・と、溜息を吐いて立ち上がる。
「魔族と言うのはね、他の種と明らかに違うんだよ」
「そうなのか?」
「僕の姿を見て何か気付かない?」
全身をくるっと回って見せる。
人と似た形をしており、全身黒くつるっとしている。
目は大きく楕円形で全て黒く塗りつぶされている。
開いている所と言えば、牙の突き出た口のみである。
「うむ・・、分からないのだが・・?」
「そっか・・、じゃあ教えようっか。他の種族は普通男女一組から子が生まれる。僕たち魔族は・・、女王が産む卵から生まれる」
女王・・、卵・・、その言葉を聞いてスミナユテの姿を改めて見て見る。
「蜂・・、いや蟻か?」
「ご名答。僕たちの種は蟻や蜂に近い。女王以下全ての魔族は、女王のために働く」
アザゼルはその言葉に引っ掛かりを感じる。
「では何故、スミナユテの様な魔族が生まれるんだ?」
女王のために働くのであれば、脱走と言う考えは生まれるはずがない。
「おいおい・・。流石に蟻や蜂とは違って、思考や意思、価値観を持ち、文明や文化を作るからさ」
「価値観を持った・・、だから脱走をすると?」
「脱走と言うのは結果であって、他種族に興味を持つと言って欲しいね」
アザゼルの言葉を若干修正すると、続きを話し始める。
「ちょっと脱線したね。女王は環境に合わせて生まれ、環境に合わせた文化を形成する」
「何? どう言う事だ?」
突拍子もない話に、アザゼルの理解が追いつかない。
「まあまあ、慌てなさんなって。ちゃんと順番に説明するから。最初は植物しか食べない魔族が居たとしよう。例えばの話だぞ?」
「うむ」
「魔族が動物に襲われ始め、女王は動物と戦う女王を生む。新しい女王は動物と戦う群れを作る」
「それで?」
「更に動物を食べる女王が生まれ、そう言う群れが生まれ・・、人間を喰らう群に至る」
「・・・」
アザゼルは、魔族と言う種の始まりについて聞きいる。
「砂漠を越える種・・、海に適合する種・・、魔法を見て、魔法を使う種・・、他種族に似た価値観を持つ種・・、そう言った環境や状況に応じた種の文化を持った群が出来て行く」
「それが魔族・・か?」
「だから例えばの話だってば・・。まあそう言うのを繰り返しているのは確かだよ」
魔族の始まりについては分からないが、現状からの推察なのだろう。
「そう言えば・・、今の魔族は砂漠の果てに居る筈ではないのか? 先程の話だと、砂漠を越えた事がない様な事を言っていたが?」
「言ったよね? 環境に因ってって。僕は砂漠を越える女王の前の女王から生まれた」
「えっ!?」
人々の目から魔族が消え去って、かなりの年月が立っているはず・・
「一体君は・・どのくらい生きているのだ?」
「昆虫に似て魔族はかなり短命なんだ。反面、強力な力を秘めているけどね」
「ならば何故君は生きている?」
「例外として種を残す役割を持つ者は、とっても長生きなんだ。まあ僕の女王も、群も、とっくの昔に滅んでしまったけどね・・」
種の滅びという言葉に、二人の間に沈黙がおりる。
「それで最初の質問に戻るけど、砂漠を越えた群はどうなっているか分からない。今までの群の在り方から言って、他の種族は餌でしかないと思う」
重苦しい沈黙を、スミナユテが破る。
「なる程・・」
「僕のような存在は特別だと思った方が良い」
「分かった。話してくれた事に感謝する」
「そろそろ良いかな? 逃げる先を探さなくちゃいけないしね」
かなり時間を取らせてしまった。
自分の我儘で、彼の生存率を下げる訳にはいかない。
「最後に一つだけ」
「何だい?」
「他種族の戦争をどうにかできないか?」
「・・君は大陸を旅して、色々な種族を見てどう思った?」
「種族の数、生きとし生ける者の数だけ価値観があった。その価値観の差が軋轢を生む」
「共通の価値観ってないのかねぇ・・」
ぼそっと呟いたスミナユテの一言が、耳にこびり付く。
「共通の・・、価値観?」
「共通の価値観があれば、全ての種を纏める事が出来るんじゃないかな?」
「出来ると思うか?」
「分からない、分からないけど・・、魔族は他の種族の共同戦線に押されて、砂漠へ逃げる事にした」
「なっ!?」
アザゼルは突然の告白に驚く。
「僕の女王はこのままでは滅びると考えて、砂漠を越える女王を産み落とした」
「その後は・・?」
「滅んだ。その時の群れで残っているのは、多分僕一人かな」
わずかな沈黙の後、スミナユテが口を開く。
「そのときの共通の価値観は・・敵」
「敵があれば、皆で仲良くできると?」
「うーん、敵が居なくなれば、新たな敵を求めている現状を見るとどうかなぁ。いたちごっこかなぁ・・。だとしたら・・」
何か言い募ろうとするが、口籠ると首を振って何でも無いと言う。
「たかだか二人のアイデアで、世界が救えるはずがないだろう」
「いや、助言に感謝する。旅の無事を祈っている」
「ありがとう」
スミナユテは、小屋の外に出てアザゼル送り出すと声をかける。
「もう会う事がないと思うが、今君について纏めている物がある。出来るだけ書き足して残して行くから、何かあれば参考にしてくれ」
「何から何まで感謝する」
アザゼルはスミナユテに見送られながら、西の町へと帰って行く。
まだアザゼルが森を彷徨っていた頃、奴隷ギルドから戻ったセッチは、開口一番アザゼルの所在を問う。
「アザゼルさんは戻っている?」
「いいえ、まだ戻られていませんが?」
「何かあったのですか?」
「最悪・・。準備ができ次第、アザゼルさんを待たずにこの町を出るわよ」
「「・・えっ!?」」
その言葉に驚いたウォックとズウェイトは顔を見合わせる。
「どんな感じだったのですか?」
「奴隷ギルドでは、戦争とか有事の際についての取り決めなんか無かったのよ! 持ち主の責任、何かあればそちらで相手を訴えて下さいだって」
「そ、そんな・・」
王家が後ろ盾と言う、単なる脅しであって、当事者同士で裁判でも何でもやれと言う事だろう。
「で、では、自分たちの様な奴隷たちは?」
「とーっくの昔に王都へと移動済みらしいわよ・・」
「ひ、酷い・・」
自分たちの、売り物の奴隷だけの安全を確保して、後は知らんぷりと言う訳だ。
彼女達は知らない事だが、一番安全な場所と言っても、王宮の地下牢に押し込められている事を。
なんやかんや綺麗ごとを並べても、奴隷・・他種族への対応の現実である。
とやかく言っても始まらない。溜息一つ吐いて、すぐに動き始める。
「はぁー・・、文句を言っても始まらないわ。急いで準備を。私は出来るだけ保存食とか買い込んで、ウハーさんに状況を話してくるわ」
「「はい」」
準備を始めた矢先に、ウハーが飛び込んでくる。
「皆! 無事ですか!?」
「どうしたの? そんなに慌てて?」
「すぐにこの町を出て下さい、急いで!」
「ちょ、ちょっと待って・・、一体何が・・?」
「東の町がドワーフに落とされました!」
「遂に動いたのね・・」
ウハーのもたらした情報に、予想はしていたとは言え衝撃は隠せない。
「それだけじゃありません! 他種族嫌悪の一派がこっちに向かっています!」
「「「なっ!?」」
西の町では奴隷、他種族は見かけない・・
堂々と街中を歩かせていた事が裏目に出てしまった形だ。
その声を合図に、表が騒がしくなる。
「私が時間を稼ぎます。急いで裏から!」
「バラバラで脱出するわよ! アザゼルさんの森で!」
「「はい!」」
「急いで!」
ウハーは玄関に向かい、三人は裏口へと向かう。
庭に集まった群衆を前に、玄関の扉の前に仁王立ちして時間を稼ぐウハー。
「一体全体、この騒ぎは何ですか! いきなり人の家に押しかけて!」
「煩い! 黙れ! 他種族がこの家に居るのは分かっているんだ!」
「彼女達は正式な奴隷であり、あなた方にとやかく言われる筋合いはありません!」
「煩い! 売国奴め!」
数人でウハーを取り押さえると、玄関の扉を蹴破って中に雪崩れ込む。
「こっちだ! 裏口から逃げたぞ! 追え!」
「まだ残っているかもしれん! 徹底的に探せ!」
家のあらゆる所から破壊音が響き渡る。
ご丁寧に火まで着ける程の念の入り様・・
「(三人とも・・、どうか無事で!)」
真っ赤に燃えあがる家を見つめながら、ウハーはただ心の中で祈る。




