戦争に出会う
【世界編 戦争に出会う】
長いテーブルに軍服を着た数名が席に付いて、思い思いな事をしていた。
扉が開かれると、全員立ち上がり直立不動の態勢で出迎える。
入ってきた男が席に着くと、出迎えた者たちも続けて座る。
「陛下、軍の再編は完了しております」
「魔道具も十分に用意しております」
「うむ」
「陛下、皆は待っております。ドワーフ討伐の檄を!」
国王と呼ばれた者は、居並ぶ者たちを一人ひとり目を合わせ、全員が頷くのを確認する。
「先の戦では、余の先走りで大敗と言う恥を皆に掻かせてしまった」
先の敗戦は、軍関係者の先走りが原因であると誰もが知っている。
しかし国王は敢えて、自らが泥を被る事にした。
「この度は、皆が十分に備え、策を練り上げた物・・。大勝利を確信しておる」
自分たちの失策を国王自らが庇っている事実に、その場に居る全員が姿勢を正す。
「恥をそそげ! ドワーフどもに人間の真の力を見せつけよ!」
「「「ははっ!」」」
その日、東の山脈への人間軍が差し向けられる事が決定する。
アザゼルが町に向かった後、セッチ、ウォック、ズウェイトの三人は村長と一緒に、村での暮らしを教わって行く。
「まず家じゃが、見て分かる通り移動式のテントじゃ」
遊牧民が使うテントを指示して説明してくれる。
「これは木組みに毛織物をかぶせる物で、折りたたみが可能だ」
「ふむふむ」
「さっさと畳んで持ち逃げもできるし、持てる物だけ持って捨てても構わん」
「後々困らない?」
「最悪は旅用のテントで済ますからのぉ」
「落ち着いたら、その辺で入手できる物から作っていくと言う訳ね」
「そう言う事じゃ」
無駄かつ無益な争いよりは、逃げることを前提に村を作っている様だ。
「生活の基盤となる物は? 例えば水よね」
逃げ回る事は悪い事じゃないが、荒地では水場を得る事は難しい。
「村の者は全員、生活魔法を身に着けておる」
「教え合う、分かち合うと言うルールに基づいて?」
「その通り。じゃが・・難しい事もある」
「どんな事かしら?」
「畑を持ったり、大々的な開墾をする事じゃ」
生活魔法で、生きる上で最低限の水を得る事は出来るだろう。
「畑にまく程の水を得られないと言う事かしら?」
「無論それも理由の一つだが、土地を多く持つと言う事は、その土地に愛着を持ってしまい、捨てにくくしてしまう」
「なる程・・ね」
失うだけならまだいいが、一から新たに作り直すと言うのは精神的にも肉体的にも辛い。
ならば自分の種族の村に戻る方が、何倍も楽と言う考えになるだろう。
「家庭菜園的な物は各自やっておるがな」
「そりゃそうよね」
まあ食卓の彩りと言うのは、多少なりとも必要である。
「じゃあ食糧の多くは?」
「狩りで得られた肉と、家庭菜園から得られる物がメインになるのぉ」
「ちょっとぉ・・、良くやっていけるわねぇ」
「まあ、何とか助け合ってやっていけておる」
「その他には?」
「草原や森は人間や獣人と争う事になるからのぉ。ほんのちょこっとずつじゃな」
果実や薬草と言った物は、得にくいと言う状況という事だ。
「とは言え、山脈で得られる獲物も限られてくる故、殆ど保存食に回されるのぉ」
「これはかなり厳しいわね」
荒れ地でも比較的育てやすい、イモ類が主食と教えてくれる。
「なら村の人間たちに、町へ行って貰ったら?」
「その者たちが突然帰って来なかったら?」
「そんな事考えてたら切りがないでしょう!」
「だから今の自分たちで出来る範囲で、行うためのルール何じゃよ」
畑があれば食べ物の事で苦しむ事は減るだろう・・
森で思う存分狩りをすれば、得られる食物は増えるだろう・・
それぞれの種族の特性を利用すれば、もっと楽な生活が出来るだろう・・
それでも尚、この村で収まる様に我慢する。
一人の者に頑張らせない、頼らない、シンプル故に厳格なルールだった。
「ある意味、自由と言う名の不自由な生活・・、と言った所かのぉ」
笑顔で語るドワーフの村長からの口からは、とても重い言葉が出てくる。
ウォックとズウェイトも、恵まれた奴隷でなければ飛びついたかもしれない。
自分たちは恵まれすぎた奴隷だった。首輪を忘れるぐらい幸福な・・
村長と別れて、村を見て回り、人々の暮らしを肌で感じる。
その夜、自分たちの旅用テントで、セッチに二人が問いかける。
「自由であるとは、厳しいのですね」
「それはどうかしらね? 国民であれ、奴隷であれ、大小さまざまな組織に居たって、理不尽は付いて回るわ」
その事は誰よりも自分たちが知っている。
「首輪を外して、アザゼル様やセッチ様、西の町の皆と仲良く暮らせないのでしょうか?」
「今は・・、難しいわね」
ウォックとズウェイトの夢物語・・
他種族がお互いに憎しみ合い、傷つけ合い、奪い合って、何時終わるとも知れない戦争に身を投じているこの世界・・
誰もが幸せになる世界から、遠い、遥か遠い世界に自分たちは暮らしているのだ。
アザゼルは出来るだけ急いで東の町へと向かい、先ずは本屋へと向かう。
製紙や印刷と言う技術がないため、羊皮紙に手書きとなり、本は非常に高価で貴重品となる。
当たり前だが本を扱うギルドは無く、生産職系のユニオンが店を出す事が多い。
本屋と言っても、本の取り扱いにいくつかのパターンが存在する。
一つは売買。本の売買であり、本屋として当たり前の事である。
一つは貸出。高価で貴重品であるが、保証金を払う事で借りる事が出来る。
一つは書写。丸ごとでは無く、一頁から数頁のみ書き写して売るものである。
一つは写本。これは丸ごと書き写して綴じて売る。貸出はこちらの本である。
店主は入ってきたアザゼルの姿をいぶかしむが、追い出しはしない。
「すまないが本を探している」
「どの様な本でしょうか?」
「保存食や薬草、建築技法など、村にあれば重宝する本が欲しい」
「写本版でよろしいですか?」
「それで構わない。購入したいのだが」
「結構な金額になりますが?」
「うむ、これで足りるだろうか?」
取り出された皮袋の中身を見て驚いている間に、次々と皮袋が出される。
「ちょ、ちょっとお待ちを。確認、確認しますから」
「いや、むしろ足りない方が嬉しいのだが?」
「・・えっ!?」
四人で旅して依頼をこなし、簡単にアイテムを売るなと怒られれば、貯まる一方である。
そろそろ処分したい所である・・、整理整頓は嫌いなのである。
結局の所、革袋一つ分の中の、ほんの一握りでさえ余る程であった。
「おかしい・・」
「いえ、おかしい所はありません。おかしいのはお客様の感覚です」
写本とまだ重い皮袋を受け取った呟きに、客に対する言葉では無い返事をされる。
その後も、保存食や薬草を買い求める時、同様の悶着があったのは言うまでも無い。
セッチとウォック、ズウェイトのテントに、早朝、村人が訪れる。
「三人さん、起きて」
「ん? どうしたのよ・・、こんな朝早くゥ」
まだ夜明け前であろう時間である。
年少組の二人も起きてくる。
「連絡があってね。獣人族がこちらに向かっていると」
「「「・・えっ!?」」」
村人の口から出てきた言葉に、寝ぼけた頭が一気に覚醒する。
「獣人族との接触は今まであったんだけど、これほど早い時間と言うのは・・」
「何かあると言う事ね」
「可能性ですが、ボスの代替わりかと。奇襲による皆殺しを狙っている物と」
「そっか・・、二人とも準備して」
「「はい」」
準備をしながら訪れた村人に、今後の計画を確認する。
「逃げるつもり?」
「話し合いで解決できなければ、そうなるかな」
「分かったわ」
急いで準備すると、村人に導かれて村の中心部へと向かう。
既にほとんどの住人が集まっている状況で、村長のドワーフに声をかける。
「すまんな。村に来て早々、厄介事に巻き込んで」
「気にしてないわ。そもそも、これが村の現状何でしょう?」
「その通りじゃ」
村長と雑談を交わしていると、獣人たちが囲むように現れる。
「準備が良いねぇ。死ぬ時は皆仲良くってか? かーっ、良い話し過ぎて涙が出るねぇ」
獣人を引き連れてきたと思われる者が、げらげらと笑いながら言う。
「ふん、死ぬつもりはないわい」
ドワーフは火と土に愛される種族。
彼の眼には、地面に隠してある魔方陣がしっかりと見えていた。
「おお! そうじゃ」
村長のドワーフが、ポンと手を叩く。
瞬時に何かを察知したリーダーらしき獣人が、前に転がる様に逃げる。
残された獣人たちは、頭に??と浮かべる。
ドドーン
次の瞬間、激しい爆発と爆音が起こる。
「ちっ! やっぱり、何か仕掛けてやがったか」
「ほぉ!? 良う気づいた。仕掛けの一つや二つ当然じゃろう。ドワーフ特性の地雷魔法じゃ、お主にも味わって欲しかったんじゃが・・のぉ」
小馬鹿にした表情で、リーダーらしき獣人に攻撃を仕掛ける。
村の中心に集まる際、セッチはウォックとズウェイトに指示を出していた。
「二人とも、私は気配を絶つわね」
「「はい」」
「それから、村人から少し離れて、ウォックちゃんの後ろに隠れるように、ズウェイトちゃんの配置でね」
「「えっ!?」」
戦闘フォーメーションな上に、村人から離れる指示に驚く。
「多分だけど、少し離れた所にいれば、自分たちを狙ってくると思うのよね」
「つまり敢えて狙わせると?」
「何故そのような事を?」
「集団全体を狙われると、反応が遅れるんじゃないかなーってね」
攻撃されるならば、こちらの備えが出来る内にと、ちょっと危険な賭けである。
「「分かりました」」
セッチが村長と話している間に、ズウェイトはウォックに水の精霊で壁を作っておく。
早朝とあって、青い膜はほとんど見えない。
エルフの住人が、いぶかしんで二人を見るぐらいであった。
迫り来るドワーフの斧を、持ち前の反射神経で獣人がかわし、瞬時に周囲を見回す。
「ち、ちっくしょう!」
残された獣人は悪態をつきながら、一人だけ離れた獣人の少女に目を付ける。
「もらったぁ!」
「むっ!? いかん! 逃げろ!」
アザゼルから預かっている少女が、少し離れていたために狙われる。
ドワーフの速度では到底追いつかない。
少女は恐怖で体が動かないのかジッとしている。
「もらったぁー!」
ウォックに触れようとした手が、バシッ!と弾かれる。
正確には水の膜が、触れる物を打ち払う様に設定されていた。
「な、何だ!?」
獣人は何が起きたのか分からず、体勢も完全に崩されている。
ウォックは自分に注意を引きながら、懐に飛び込んでいく。
「く、くそっ」
獣人は無理な体勢から、攻撃を仕掛けようとすると、ウォックは一気に体を沈める。
「なっ!?」
突然視界から消えた様に見えるウォックの後ろから、射線の開いたズウェイトが水の矢を射る。
「ごぎゅががぁぁ」
沈んだウォックの双剣で上下に切り裂かれ、水の矢に頭を撃ち抜かれ、上半身が後ろに転がって行く。
二人は警戒を緩めることなく、周囲を見回す。
「これがボス?」
「ちょっと弱すぎる気がします」
「いや、ボスではあるまい。幾らなんでも弱すぎる。と言うか、お前たち強いのぉ」
ドワーフの村長がにこやかに声をかけてくる。
西の町の戦闘職協会会長が、初見殺しと言わしめた実力者なのだから当然である。
「ボスでは・・」
「・・ないのですか」
「こんな弱っちい訳が無い。精々先兵隊のリーダーじゃろぉ」
今度のボスは奇襲も辞さないと言う事は・・
「皆の衆、一旦村を棄てて他の地へ移るぞ」
「「「はい」」」
村長の決定に従い、すぐに旅立ちの準備を始める。
「どうしましょう・・」
「アザゼル様と連絡が・・」
「仕方がないわ。今は彼らと共に行動した方が良いわね。彼らの次の定住地が決まってから、アザゼルさんとの連絡を考えましょう」
折角の奴隷からの解放と言う糸を、此処で切ってしまう訳にはいかない。
この村を狙っていると言う事は、他の獣人族と出会う危険もある。
三人は他種族の村の人々と共に、逃避行の旅に出る事を選択する。
アザゼルは東の町での買い物を終えると、寄ってくる動物やモンスターをお土産にして帰路に着く。
村に近づくと異変を感じ、急ぎ足で村へと向かう。
テントは焼かれ、地面は炸裂したような跡がそこかしこに有った。
そして見覚えのない獣人族の死体が転がっている。
「一体何があった? 何が起きた!?」
アザゼルの索敵能力に、先程から引っ掛かる存在があった。
「そこに隠れている者たち。この状況の理由を知っているか?」
岩陰に隠れていた獣人たちが、その言葉を受けて現れる。
「ボスの言っていた通りだな」
「ノコノコとやってきやがった」
獣人たちは、げらげらと笑いながらアザゼルを取り囲む。
「どう言う事だ?」
「この偽物の村は、ボスによって焼き払われたんだよ、ざまぁねぇな」
「戻ってくる奴を殺せって言われて、見張っていたんだよ」
「・・そうか」
目の前が真っ暗になる感覚の中、アザゼルは一言呟くと、自らの思考の海に漂う。
偽物・・? この村が何かしたのか?
他の種族と仲良く暮らしていただけなのに?
何故、皆仲良くできないのだろうか?
ボス? ボスが悪いのか?
・・いや、ボスはすぐに変わる。獣人と言う種族の問題か?
わざわざエルフと争い、人間とも争うのは何故だ?
いや獣人だけではない・・
・・意思を与えてはいけなかったのか?
・・自分が前の世界に行った事はいけない事だったのか?
ならば、これは自分の罪・・
罪は償わなくてはない・・
「今すぐに仲間の所へと連れて行ってやるよ」
その言葉に反応して、アザゼルが大剣を抜き放つ。
「おいおいおいおいおい・・。人間ご時が獣人のスピードに敵うか、バーカ」
アザゼルの周囲が、何時絶える事のない悪口雑言で沸き上がる。
仮面で表情は見えないだろうが、アザゼルは無表情で・・、目には何も映していない。
「・・・・」
無言で大剣を背中から抜き、切っ先を地面にただ置いた・・
「はぁ!? こいつ何やって・・・んだ・・?」
力を入れるでもなく押せば、大剣は音も無く地面に、深く深く突き刺さって行く。
「何・・だ!?」
「え・・? えっ!?」
大剣が鍔の所まで地面に埋まると、アザゼルを中心として、大きなクレーターが出来上がっていた。
いつクレーターが出来たのか? 大地の爆ぜる音は何処に行ったのか?
その場にそれらの問いに答えてくれる者はなく、ただ周辺が真紅に染まっていた。
しばらくじっとしていたかと思うと、アザゼルは大剣を引きずりながら人形の様に歩き始める。




