プロローグ
俺の先輩は心が読める。
それが理解できていても彼女といたいと思うのは自分に親がいないせいかもしれない。
彼女に親と同じ何かを求めているのかもしれない。
「あのさ、今日何時にバイト上がるの?」
冷たく透き通った声で先輩がレジをしている俺に聞いてきた。
「えーと、8時ごろだと思います」
「そう、暇だから一緒に飲みに行かない?」
先輩の方から誘ってくるのは珍しい。それだけ自分にも気を許しているのかと思うとうれしくなった。
「わかりました。バイト終わったらメールします。駅で待ち合わせでいいですか?」
「そうね。そうしましょ」
それだけ言うと俺がバーコードを通して袋詰めした商品をもってこちらを振り返る様子もなく立ち去って行った。その様子からは俺と先輩がカップルだと思うものはいないだろう。
普通手を振るなりこちらを振り返るなりして帰っていくものだと思っていたのだが、カップルが何なのかドラマか小説でしか知らない俺には勝手な妄想でしかない。
8時になったのを確認しひげ面の店長にバイトを終えることを告げ足早に先輩との待ち合わせ場所に向かう。移動している最中にメールで”今向かっています”と送信する。
ケータイをしまおうとすると先輩からの返信が”まっています”と早くも返ってきた。
先輩にメールを送信して返ってくるまでに5秒掛ったことがない。
駅に着くと先ほどよりもきれいに化粧をし黒のカーディガンにピンクのジーンズを着こなしていた。
いつものごとく無表情なその顔に歩み寄る。
「すいません。待ちませんでしたか」
ありがちでありよくある台詞を吐く。
「待ってないわ。10分ほどしか」
少しとげのある言い方だがこれがいつもの先輩の言動だとわかるのは俺くらいなものだ。
そのまま近くのチェーン店の居酒屋へ行った。
彼女のは俺の向かい側に座った。
「ねぇ、なんで私があなたを読んだかわかる?」
少し考えてみるが検討が付かない。
「わからないよね。読めばわかるわ」
よく俺が発言する前に心を読まれるからしゃべる必要がない。
普通の人間ならば心を明け透けにみられているようで気味が悪いだの、疲れるだの思うんだろうけど倫理観があまりないせいか気にならない。
「実はね、あなたと別れたいの」
頭の中は真っ白に。今の発言がどういった意味なのか理解するのに時間がかかった。いや理解したくなかった。その発言から沈黙は続き、周りの雑音がさっきまで耳障りだったのにすべて聞こえなくなっていた。店内に俺と先輩しかいないのではないかとさえ思えるほどに。