チューニング
学校の授業が終わって、SHRが終わると僕は早足で教室を去る。1分でもこの空間にいることが嫌だった。自尊心に駆られるというか、孤独を強く感じてしまう放課後が嫌いだった。早く家に帰ってギターを弾こう。昨日作りかけの新しい曲を譜面に起こそう。悶々と音楽の事だけを考えて、昇降口に着くとすぐさま下駄箱に手をかけた。
「あれ、もう帰るの?」
ふと、横をみると君が不思議そうな顔をして立っていた。
「帰るよ。僕は部活に入ってる訳でもないし。君は、これから部活?」
「そうだよ。今ね、飲み物買いに行こうとしてたの。あのね、和音…」
「色葉〜!何してんの~!?」
「今行く!」
彼女は悲しそうに微笑むと、優しい声で言った。
「また、明日ね」
彼女が去っていくと僕の周りはまた静かになる。彼女が言いかけていた言葉は何だったのか分からずじまいのまま、僕は靴を履いた。まるで僕だけ世界から無理やり遠ざかるように、イヤホンで耳を塞いだ。また静かに音楽の事だけを考えて、帰路を歩いていった。今思えば、彼女と僕の時間はここから狂っていたのだ。
チューニングは合っているはずなのに、段々と違和感を感じさせていた。音が空間を拒んでいくかのように、小さな歪みはやがて大きなずれに繋がっていく。色彩すらもなくなって。
家に着くと、真っ直ぐに部屋に向った。普段は開けている鍵をかけて。鍵を掛けるのはこの時間だけ。君が僕の部屋には絶対に訪れないこの時間だけ。いつも学校から帰ると鍵を掛けて部屋に閉じこもる。現実から目を背けるために。いつもわかっていることではないか。彼女と僕の住む世界が違うことも、僕が一人ぼっちなことも。スクールカーストとは怖いもので、必ずどのクラスにも存在している。一軍の人はほとんど他の軍の人に話しかけてくることはない。でも彼女は普通に学校で話かけてくる。嬉しいような悲しいような感情が心の中で混ざってぐちゃぐちゃになる。ありえないほどの息苦しさが僕を襲い、僕はベットに横になる。彼女にはこんな姿は見せてはいけない。
彼女は、強く生きているんだから。
しばらくして部屋の鍵を開けて、ギターを弾き始めた。昨日から作っている曲をゆっくりと弾いて、譜面に起こしていく。突拍子もなく思い浮かんだ歌詞を口ずさんでは、同じことを繰り返していく。曲を作ることは嫌いじゃない。むしろ好きだ。だけど、僕はこの曲を作りあげられなかった。今日は調子が悪いだけなのだろうと、楽譜はしまって、課題に手をつけることにした。いつもはありえなかった。
音楽が体から離れていくような感覚に、静寂だけが耳に届いていた。