夕焼けに染まる君と
言葉、綴る夢を見てた。そんな、夢を見てた。この夢をみるのは、もう何度目だろうか。もう、何十回何百回とみて、瞳を閉じれば想い出せるくらいに脳裏に焼き付いている。だってもう、君に何かを伝えるのは困難になってしまった。
僕には、声を出すことは出来ない。
見慣れた町並みもいつしかなくなって、もう何が残っているのだろうと思うことがある。いつも澄んでいて綺麗だったはずの空は、今はとても汚い。灰色で、手は届くはずがないのだと僕は思った。錆びれて、ゆるんでしまったギターの弦。前にある椅子に座ることすらなくなったピアノ。僕には今、音がない。
紅色の空の光が窓のガラスを通じて、部屋に差し込んでくる。昼間の木漏れ日とは打って変わって気持ちいい、夕立。僕は窓際に寄りかかってギターを弾いていた。弾く曲は、僕の大好きなミュージシャンが先日リリースしたばかりのバラード。拙いコードで弾き語りをしているけど、やっぱり自分のレベルはまだまだだという事を思い知らされる。だけれど楽しくて、アレンジを加える度に、胸が熱くなった。時折吹く風が音を運んでいくようだった。曲が終わると部屋の扉が開いて、いつもの君が笑顔で顔を出した。
「良い曲だねー。何の曲?」
「知らないの?先日リリースされたばっかりのsoundって曲さ。」
「全然知らなーい。」
「ほんと君は、音楽を聴かなすぎだよ。」
僕は溜息を一つ吐くと、またギターを弾き始めた。その音を聴きながら、君はバレエのステップで僕の部屋をくるくると回る。音楽を一切聴かない君は、リズム感だけはすごく良かった。僕はいつの間にかギターを弾くことよりも、君のバレエに見とれてしまっていた。
「あれ、もう弾かないの?」
君はバレエを辞めて、僕を真っ直ぐ見た。澄んだ瞳が、吸い込まれそうな程綺麗だった。
「い、今製作中の曲なんだ。」
「ふーん。そういえばさ、今度作品展あるんだ。見に来てくれる?」
「時間があれば、ね」
彼女は何でもできる。昔から僕より器用に何でもこなす。バレエも絵も勉強や人付き合いだって、僕の何倍も器用にこなしてしまう。そんな君が僕にとっては羨ましくて、とても美しかった。だけど、君は音楽は余り聴かない。音楽から離れた生活をしているように、頑なに流行っている曲なんかを聴かない。唯一聴くのはバレエで踊る時の音楽、音楽の授業でしょうがなく聴くような曲、そして僕が弾いている曲。
彼女は、音楽を聴く時いつも悲しそうにしている。それが何故なのか、僕はまだ知らない。
学校に着くと、僕はいつも一人ぼっちだ。友達と呼べる友達がいる訳では無い。1番後ろの席で、いつも休み時間になるとイヤホンで耳を塞いでいる。君とは別なクラスで僕はいつも1人。高校という社会に囚われて生きている。
授業のペア学習も、昼休みのお弁当だって。何するのも僕は孤独だ。音楽と共に過ごしている。ただそれだけ。どうせ学校に来ることなんて勉強をしに来ているんだし、一人でもいいじゃないかととても思う。だけど、少し寂しい気持ちもある。君は学校ではいつも輝いていて、僕なんかとは正反対の学校生活を送っている。よく言うスクールカーストなんかで一軍の女子と一緒に居て、充実した学校生活を送っている。僕と君が学校で関わることなんてない。暗黙の了解のように、僕らは学校で他人のふりをしている。
現実とはそんなものだ。僕は彼女の学校生活を邪魔しないようにして彼女は、自由に生きるだけ。ただ黙々と鮮明に描かれたラインをなぞっていくだけなのだと思っていた。
そう、思っていた。