常連客
実話系ホラー。
空腹だったので、外食することにした。
駅前のレストラン街は昼前ということもあり、どこの店も満員御礼状態だ。
しばらく散策していると、空席のある店が見つかったので、そこへ向かうことにした。
「いらっしゃいませ」
店員による朗らかな挨拶がされる。中々悪くない。
席への誘導もスムーズに行われ、メニュー表が渡された。
どうやら、カツ丼を売りにしているらしく、手作りと思われるポップに「店員おススメ」と書かれている。
ポップには、カツ丼に対するこだわりや、店員の感想などが記載されており、フランチャイズと思われる店にしては、熱意がこもっていた。
その熱意に押され、私はカツ丼を注文した。
数分後、カツ丼が到着した。
黄金色の衣をまといながら、ずっしりとした厚みのカツが五切れ乗っている。
口に含んでみると、サクリという爽快な音。肉は柔らかく、歯で容易に噛みきることが出来る。
タレは甘すぎず辛すぎず、ちょうどいいバランス。
ご飯に染み込むタレが、更に食欲を増進させる。
さすが、おススメ。想像以上に美味しいではないか。
などと、悦に浸っていると。
「ごちそうさま、お勘定お願い」
朗らかな声だ。
隣を向いてみると、体育館シューズを履いた男性の老人が、にこにこ笑顔を浮かべている。
「毎回言いますけれども、お勘定はレジで行いますので…」
店員も、その老人の顔を知っているようだ。
「そんな藤森ちゃん、ツレないこと言わないでさあ」
目を凝らすと、店員のネームプレートに「藤森」の文字が確認できた。
かなりの常連客のようだが、ずいぶんと馴れ馴れしい呼び方をする。
「小野田さんは、女ったらしだなあ」
「同感同感」
別の老人達も話に交じり始めた。
みんな常連客というわけなのか。
そこから先は、世間話のようなことを藤森店員と話していた。
稼ぎ時も過ぎたのか、客の来店の気配もなかった。
しばらくして、老人達は腰を上げ、レジへと向かっていった。
会計を一人一人済ませていく。
こうして老人達を見ていると、衣服がジャージだったり、財布がマジックテープだったりと、妙に子供っぽい。
「ああ、食った食った」
そして老人は。
「今日のは糞不味かったね」
朗らかな笑顔で、毒を吐き始めた。
そして老人達による、辛辣な感想会が始まった。
「親子丼担当です。卵が半熟になっていない。全体的にパサついており、食べにくさを覚えました」
大声で喋っているのは、厨房にも聞こえるようにするためなのだろうか。
客の視線がレジへと集中していくが、グルメの批判はまだ続く。
「ヒレカツ定食担当。ヒレカツの癖に脂っこいねえ。衣の調整に失敗した感じですかね?」
「新作のカキフライ定食担当だけど。あれも、衣がベチャベチャ。つい、戻しそうになったね」
「カツ丼担当だけど。もしかして、これ作ったの新人さん?」
おススメのカツ丼が、見る見るうちにしょぼくれたものとなっていく。
私はどんぶりを置き、割り箸を上に乗せた。
「困るんだよねえ、こういうの客に出されちゃうとさ」
「こりゃ、お代取れるレベルじゃねえよ」
店員は苦笑いを浮かべながら、硬直するしかない。
他の客はと言うと、困惑と嫌疑の表情が大半であった。
「美味しい」と思っていたものを、目の前で痛烈に否定されたのだから、そのようになるのが当然だろう。
「明日はちゃんと、お代取れるような、おいしい揚げ物を頼みますよ」
ゲラゲラと笑いあいながら、店を出ていく老人達。
恐ろしいのは、これだけズタボロに言っておきながら、当の本人達に怒りの感情はまるで見受けられないということ。
つまり、本当に、店のタメになると思って、こんな場違い極まる発言をしているということなのだ。
しかも、毎日。
そりゃ、空席も出るわけだ。