~新たなる出会い(はじまり)~第一話
小さな女の子が泣いていた。
「どうした? ……転んだのか?」
アクアオーラ一族との接触を極力避けていたシェルだったが、思うよりも先に身体が動いていた。
声をかけてから後悔したが、もう遅かった。
「セレス……様? 違う! えっ……と、シェル……タイト様?」
「シェルでいい! それより、膝から血が出てる」
そう言いながらシェルは、その女の子を負ぶって歩き始めた。
「近くに湧き水があるからな。そこで傷口を洗わないと、ばい菌が入ったら大変だ」
戸惑うその子を安心させるように、シェルは優しい口調でそう言った。
「シェル……お兄ちゃんって、呼んでいい?」
「……ああ」
「お兄ちゃんはもっと怖い人だと思ってた」
「……そうか」
「でも、ほんとは優しい人なんだ。やっぱりセレス様の“弟”なんだね!」
「…………」
複雑な想いだった。
けれど、その小さな女の子にまで仮面を被る必要はない。
……せめてこのひと時だけでも。
シェルはそう思った。
湧き水で傷口を洗ってから、シェルは持っていたハンカチをその子の傷に結んでやった。
「応急手当てだからな。うちに帰ってもう一度、きちんと手当てしてもらうんだぞ」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん!」
「それから、この事は内緒……な」
「えっ? ……どうして?」
「偶にはそんなのもいいだろう? 俺とお前の、二人だけの“秘密”だ! 約束出来るな?」
「“二人だけの秘密”かあ~。うん、素敵だね。分かった、約束する!」
女の子は瞳を輝かせながらそう言った。
その女の子とシェルの会話がセレスに聞こえた訳ではなかった。
けれど、何故だか胸が痛い。
その痛みが何なのか分からないまま、セレスは無意識にその女の子の後を追っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あっ、セレス様。こんにちは~っ!」
女の子はセレスの顔を見るなり嬉しそうに駆け寄って来た。
膝にハンカチを巻いている。
「膝、どうかしたの? そのハンカチは?」
「転んで擦り剥いたの。お兄ちゃんが手当てしてくれたんだよ」
「お兄ちゃん?」
「え……とね、シェルタイト様。『お兄ちゃんって呼んでいい』って言ってくれたから。……あっ!!」
そこまで言って、女の子は“しまった!”という顔をした。
「どうしよう~! 二人だけの秘密って約束したのに!」
「二人だけの秘密?」
「うん。お兄ちゃんが手当てしてくれた事は内緒だって。でも……セレス様はお兄ちゃんのお兄ちゃんだから、三人の秘密でも大丈夫だよね?」
今にも泣き出しそうな女の子を見て、セレスはその子を安心させようと
「そうだね。シェルは僕の弟だから、大丈夫だよ。三人の秘密だね」
「うんっ!!」
セレスが優しくそう言うと、今まで曇っていた女の子の顔がパッと輝いた。
だが、セレスは内心穏やかではなかった。
(この子を助けた事を何故、秘密にする必要があるんだ?)
セレスはそのまま西の浜辺のアクアオーラの別邸に向かった。