~はじまりの刻(とき)~
その少年の姿を見た時、16年前の事実を知っている者たちは、自らの罪深さに恐れ戦いた。
だが、事実を知らぬ幸運な者たちは、自分たちの敬愛する族長と瓜二つの姿をしたその少年を……ただ、驚異の目で見つめていた。
衆人の視線を集めながら少年は、抑揚の無い冷たい声で人々にこう告げた。
「セレスタイト・ジル・ディアン・アクアオーラは何処に居る? 俺は、シェルタイト・シト・リ・ムーカイトだ!」と――
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
セレスが自分に双子の弟が居ると知ったのは、今を遡ること三ヶ月前。
セレスの父であり、先代の族長でもあったカルセドニーが身罷る三日前の事だった。
その時、彼は先祖代々、一族の族長が受け継いできた首飾りと、このムーカイト島の真の姿を知らされた。
そして、海に流された双子の弟の存在も。
それは彼にとって“驚愕すべき真実”である事に変わりはなかったが、何故か冷静に受け止められている己に、彼自身が一番驚いた。
否、(やはり、そうだったのか!)という想いの方が強かったのかもしれない。
彼は常に感じていたのだ。
何時も自分を見守っていてくれる誰かの存在を。
それは漠然としたものだったが、双子の持つ特別な何かが“それ”を感じさせたのかもしれなかった。
長の継承を終え、ノンマルタス一族の実在を確信せざるを得なかったセレスは同時に、双子の弟が生きている可能性に希望を持つようになった。
父と母を亡くしたセレスにとって、弟・シェルタイトは唯一の肉親。
会いたい!!
弟が一族や自分を憎んでいるかもしれない……という想いは確かにあった。
捨てられたのが自分だったら、どう思うだろう?
でも、その恐怖よりも“会いたい”という気持ちの方が勝っていた。
憎んでいるのなら、それでもいい!
会って詫びたい。父や一族の過ちをっ!
とにかく会ってみなければ、何も始まらない!!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その少年を初めて見た時、セレスは其処に鏡があるのではないかと我が目を疑った。
……と同時に“弟だ!”と確信した。
だが、その少年の持つ雰囲気は自分とは対極のものだった。
「お前が、セレスタイト・アクアオーラだな」
感情のこもらない冷たい声だった。
セレスはその刹那、“自分は憎まれているんだ!”と覚悟した。
しかし、それを打ち消すかのように
「シェル……? 君は僕の弟のシェルタイトですよね? 帰って来てくれたんですね、お帰りなさい!!」
そう笑顔で叫んで少年に駆け寄ろうとした。
「……っ!!?」
それはシェルにとって想定外の反応だった。
(俺は、お前や一族にとって忌むべき存在の筈だ。拒絶されて当然だと思っていた。……なのに、お前はっ!)
「か、勘違いするな! 俺はアクアオーラの人間じゃない! お前の“弟”でも、ないっ!!」
被っていた仮面が剥がれ落ちそうになるのを
固めていた決意が崩れそうになるのを
シェルは、その言葉で押し留めた。
シェルの言葉が、態度が――ますます硬化する。
「俺は、シェルタイト・シト・リ・ムーカイト! ノンマルタス一族の“次代の王”だ!」
「…………」
「俺はノンマルタスの王として、“見極める為に!”そして“決断する為に!”この島に来た。今日はそれを、お前に伝えに来ただけだ!」
そう言うと、シェルはセレスに背を向けた。
「待って下さい!」
セレスにはシェルの言葉の意味が理解出来なかった。
否、それよりもこんな一方的な言葉で別れたくはない!
やっと会えた、たった一人の弟と!
けれど……
愛している――と。
ずっと見守っていた――と。
そう告げる事さえ許されない。
それが二人の出会いだった――