スライムの意外な肩書き
サブタイトルいつも悩みます。
「おいっ、それ……頼むから、早くその滅亡の使者を追い払ってくれっ! このままだとここが滅びるっ!」
我に返ったとは言い難い様子で取り乱してるアデイルは、黄色さんを指指し彼に訴え出した。
にしても滅亡の使者とはまたすごい肩書きだよね。黄色さんがそんな御大層な存在だったとは驚きだ。
「はあ? 何その変な呼名。黄色さんたちは世界のお医者さんだよ? そんな誰でも彼でも滅ぼすような言い方は失礼だよ」
そして彼が言った肩書きもまた随分なものだった。
意味合い的に対極な二つの肩書きが出てきたわけだけど、スライムってそんなにすごいのかな?
当の黄色さんは二人の口論もどこ吹く風で、気ままに彼の足元付近を移動しては体を左右に波打っていて……どことなく機嫌良さ気にも見える仕草は争いとは無縁そうに見える。
私が知ってる変な色のスライムもそこにいるだけって感じで狂暴さとはかけ離れてたし、アデイルの言った方はなんだか信じられないや。
かと言って彼が言う話も突拍子もない話だけど……でも彼はその道の魔物だしねぇ。
「けど実際にそんなことをしたんだよそいつらはっ。そいつらのせいで一大陸は滅んでんだっ!」
「本当に?? えー、みんなのんびりしてるけどいい子たちなのに信じられない」
「信じる信じないも何も、とにかく事実としてあるから! ちゃんと生き残りの証言あってのこの話なんだよっ。家屋並の大きさになられたら手遅れだって話だから、早くそいつを追い返すとかどうにかしてくれっ!」
周囲を見回せば、アデイルの言葉に同意するように恐々と遠巻きに見ていた人たちからもお願いしますと声が上がる。
「うーん……ちょっと信じられないけど、まあそんなことがあったとして? でも意味もなくそういうことしたわけじゃないと思うんだよね。聞いてみるからちょっと待っててよ」
彼はそう言って黄色さんの傍にしゃがみ込むと事実確認の質問をし始めた。
黄色さんは彼の話に耳を傾けているのか、それまでゆらゆらしていた体をじっとさせている。
「それと話、出来るのか…?」
「生き物だもの、当たり前でしょ。まあ、意思疎通が出来るかどうかで言えば出来ないひとの方が多いと思うけど」
「…だろうな(ほんと、規格外め)」
「それでその子は今何て言ってるの?」
遠い目をするアデイルをよそに、獣さんだけではなくスライムとも話が出来るという彼を羨ましく思いながら、微動だにしない黄色さんが何を言ってるのか気になって聞いてみた。
「今は交信中だから無言だよ」
「……え、交信?」
「スライムは意識共有体とかで、離れててもスライム全員と話が出来るんだって」
「意識…共有体?」
「はっきりしたことはわからないけど、スライムは分裂して数を増やす種族だって言うから、どこか繋がってる部分があってそういうことが可能なのかも。…ああ、現に今俺はこの黄色さんとは初対面なんだけど知った風だったでしょ?」
「へ、初対面っ?」
お互いとても親しげな様子なのに初対面だった事実にはまたびっくりだ。
スライムがなつこいのか彼がなつこいのか…うん、彼は、ないな。
今は普通に話をしてくれてるけど、最初会ったときは敵意こそなかったものの煩わしそうな感じだったし。
にしても意識共有体かあ。
初対面でもお互いが知った風で話をしていたし、あの感じだと一匹と仲良くなれたらスライムはみんな友達に? 見知ったひとに似てるだけの他人のような気がするんだけど……彼もあの黄色さんが前あったひとと違うってわかってたしね。
……でもあれ? そうなると知らない友達が気安く声かけてきても彼はそれに応えているってことになるよね……なんか頭がこんがらがってきた。
そんなこんな私が頭を悩ませているうちに黄色さんの交信が終わったようだった。
動き出した黄色さんの反射する光が時折私の視界を掠めて眩しい。
「えーと、人をやっつけた件に関しては"活動中の自分等に手を出してきて、それ以上数を減らされたら作業が捗らなくなるから応戦した"だってさ。ほらね? やっぱり理由はあるんだよ。無意味にそんなことしないんだから。もともと黄色さんたちスライムはそんな好戦的じゃないし。ってわけだから、そっちがなにもしなければそういうことにはならないってことで、理解したよね? もう無駄に悪者扱いしないであげてね」
作業という言葉がちょっと気になったけど、つまりは先に仕掛けたのは人側で、当然の反撃をされたってことらしい。
彼はスライムのことをとても信用しているというか贔屓目に見ているというか、とにかくあちらの味方なんだなというのが語る姿からなんかよくわかった。
「本当に、なにもしなければ大丈夫なんだな?」
「大丈夫だってば。そもそも"人に構うほどの暇も興味もない"らしいし」
「…なんか、すごい上からな台詞だな。いやまあ、こっちが勝手にそいつらを下に見たり能天気っぽいとか思ってたってのもあるんだろうけどさ」
「ああ、今のはおーさまの台詞らしいから」
「えっ、スライムの世界にも王様がいるの?」
「俺は知らないけどそう言ってるから居るんじゃない──」
「わっ? ちょっ、急に溶け出したけどあれっ!」
話の途中、視界の端にいた黄色さんが更に眩しくなったように見えて視線を向けてみたら、なんと水溜まりのように平らに広がっていたのだ。さっきまでが程よい楕円で弾力のありそうな姿だっただけに、いきなりのそれは異常にしか見えない。
「んん、落ち込んでるね…? さっきまで元気だったのにどうしたんだろ」
彼は戸惑いつつ、よしよしと平たい黄色さんを撫でて慰めにかかった。
うっすらと黄色く色付く水溜まりを撫でてる絵はなんだか妙な光景だけど、落ち込むと形をなくすとか、スライムもそこそこ感情のある生き物だったらしい。
「そういえばさっきの、"作業"って言ってたのはなんだ? お前がスライムが世界の医者だって言ってたのと関係あるのか?」
「ああ、それは言うより見た方が早いんじゃないかなあと思うんだけど……えっと、黄色さんちょっといい? 元気になってからでいいんだけど、俺がやっちゃったあそこを治してほしいんだ」
そう言って彼が指し示した場所は、先程の落雷の跡だった。
黄色さんはうにょんといった感じに一息で元の楕円へと戻ると、滑るようにその跡の上まで移動していった。
そしてものの数秒で黄色さんが退いたその後には、焦げた草がなんと青青とした草へと生まれ変わっている。
抉れた地面はそのままだったけど、だからこそ周囲の草が治ったのがとてもよくわかった。
「これが医者って言われる由来だよ。すごいでしょ?」
「なるほど…」
「ちなみに生き物たちにとってもお医者さんになるんだよ。具合が悪いときに食べると体調が良くしてくれるんだ。でもって黄色さんクラスはもう下手な薬草よりすごくてね」
「はあ?食べるって!」
「あーでも、その黄色さんならなんか食べられそうな気がするよね」
「ちょ、姫様っ!?」
黄色さんの色合いからスッキリしそうな味を想像して口にすると、お願いだからそれは止めてくださいとアデイルにはこれでもかというくらいに反対された。元気になれるって言うし悪いことじゃないと思うんだけど。
そんなやりとりをしてると不意にウォンと獣の声が聞こえた。振り向けば、青白い毛並みの獣…その小さい方がたたっと駆けてくる。
『お兄ちゃんっ、そのスライムを食べれば元気になるってほんとなのっ? ママまだ具合悪いみたいだから食べさせてあげてほしいのっ!』
「えーっと、それってどんな感じに具合悪い? 黄色さんを食べると元気になれるのは保証するけどちょっと味が強烈で……暫く動けなくなるくらいキツイみたいだから、余程でない限りはあんまりお勧めしないんだけど」
ウォンと鳴くだけの子獣に対し、長々と説くように話を返す彼。それでも会話は成立してるみたいだから不思議だ。
そして黄色さんの味の話をしていることから食べる食べないの話にもなっている?
動けなくなる味がどんなものかもすごく訊きたかったけど、その前に彼が親獣さんに問診しに向かってしまったので聞きそびれた。
『まず気持ち悪い、かしら。そのせいか少し頭も痛くって…』
「それだと吐いたら楽になりそうな気もするけど、どうだろう?」
『それをしたいのは山々なんだけれど…力が入らないっていうか、こうして頭を起こしてるのも本当は億劫なくらいで。吐くまでの気力はまだないわね』
「うーん……一時的になら俺が回復させてあげられるけど、ちょっとやってみる?」
『え、アナタ回復魔法も出来るの? すごいわね…じゃあお願いしようかしら』
「一時的だから回復とは言い難いけどね。それじゃあ体を楽にしててね」
彼は親獣さんの前足に手を置いて目を閉じる。
ややおいて、場の空気が鋭くなった──ううん、親獣さんの存在感のようなものが強くなった、そんな感じを受けた。
『……?! 力が迸るっ! なにこれ──っぐ』
目をパッチリと開き爛々と輝かせた親獣さんは、伏せをしている状態から不意にガバッと立ち上がったかと思えば、また急に力尽きてがくりと倒れ込んだ。
彼は慌てて親獣さんの頭を抱き止め、ゆっくりと草の上に横たえていく。
「もう、せっかく合わせられたと思ったのに急に動いたら駄目じゃんママさん……ってそうだそれより、何か変なもの食べたとか心当たりは? ママさんとは違う魔力が中にあるみたいなんだけど、それに乱されて具合悪いってなってると思うんだよね」
『魔力? 変なもの……。特にこれといって心当たりは──ああ、ひょっとしてあれって夢じゃなかったかしら? アタシ、少し前にものすっごい不っ快な夢を見たのよね。変なやつに屈服させられて、なんか食べさせられたっていう内容のなんだけど。気分の悪い話だったから忘れてたけど……そういえばそれからかしら、不調を感じ始めたのって』
「夢の話も気になるけど、今は中にある物を出さないとね。問題はどうやって取るかだけど……そうだ、黄色さんにお願いすればいいのかな」
片方の話しか聞けないから今一よくわからないけど、親獣さんは食中りと診断されたぽい。そして彼は黄色さんを見て手招きをした。
黄色さんは彼の声に応えてするするっと地面を滑ってくる。
『えっと? 何する気かしら? 強烈なのよね? 動けなくなるほどに?? そんなのをアタシに食べさせる気っ!?』
親獣さんは目を見開き、力が入らないながらも足を踏ん張ってやや逃げ腰のようにも見える格好で唸り出した。
「食べるんじゃなくて、噛まずに飲み込んで吐き出してもらおうかと思ったんだけど? ママさんお口大きいから黄色さんくらいなら丸々いけるんじゃない? それで黄色さんに異物回収してもらえばいいかなって。黄色さんは物じゃないから途中でつっかえても動いてくれるし、良い案でしょ?」
それはつまり黄色さんは食われて唾液まみれで出てくるってことだよね。うっかり想像してしまい、なんとなく少し距離をとった。
「じゃあ黄色さん、よろしくね」
『ちょっ待っふがっ──!!』
彼が口を掴んで固定し、黄色さんが入り込む瞬間だけを見届けると、私はさっと親獣さんから視線をそらした。
親獣さんのくぐもって聞こえる嗚咽にも似た声を聞きながら私はその時を待つ。
そうして、無事に異物は取り出された。
最後に少し歯で引っ掻けてしまったらしく、親狼さんは悶絶してるので完璧な無事とは言えないかもしれないけど。全身の毛がすっごい見てわかる程にツンツンしてるよ。やっぱり味は強烈だったのかな。
そして黄色さんが持ち帰ってきたのは、なんとも小さな石ころだった。くすんだ黒色のそれは、どうやら魔石らしい。
良くない物なのか、黄色さんが親獣さんの口から出てきた途端にそれをぷっと吐き出していたのはつい先程のことで──今はそれを拾おうとする彼と、その両手をがっちり包み込んで阻止しようとしているらしい黄色さんとの戦いが繰り広げられている。
なぜ両手かというと、まず一方に取りつかれ、空いたもう片方の手で黄色さんを剥がそうとした所、そのまま取り込まれて纏めあげられたからです。
「黄色さん、また同じことが起こったらやでしょ。原因は突き止めないとだよっ」
彼曰く、親獣さん越しにあの魔石から蔦お化けと似た魔力を感じ取っていたらしい。
巻き込まれて亡くなった森の動物たちが可哀想だと、今後こんなことが起こらないようにと先程から黄色さんを説得している。
あ、操られていた中で生き残っていた動物たちは目覚めたら森へと帰っていったよ。家族をなくして落ち込んでた動物もいたけど、操られていた自覚はあったらしい。
彼とのやりとりの最中に彼の口からそんな話が出て知れたことだけど、悲しいだけで恨みとかそういうのはないらしく、目覚めてから去るまでの動物たちは終始大人しかった。
にしてもひとつ不思議だったんだけど、動物たちはみんなして迷い無く彼の所に行ったんだよねえ。動物たちは彼が話が出来る相手だってわかってたのかな?
そうこうしているうちに彼と黄色さんのやりとりにも決着が着いたらしい。
渋々といった体で両手から離れた黄色さんを宥めつつ、彼は魔石をその手に取って調べ始めていた。
彼はしばらく日に翳したり覗き込んだりしていたが、やがてそれをぐっと握りしめて目を閉じた。
すると、すぐになんだか空気が重くなり始めたのを感じる。
これは彼が魔法を使っているということなのかな。ひょっとして使うときのコツでとあるのかな?
その空気を感じてかどうなのか、怪我人の手当てや場の片付けでこの場にいなかったお母様と姉様とサリナちゃんがこちらにやって来る姿が見えた。
「貴女さえ居なくなれば──……」
不意に彼の声でそんな言葉が聞こえて振り返る。
そこには、彼が今までの煌めく瞳とは違う暗い瞳の色で、その視線を三人の方へと向けている姿があった。
スライムがやった被害を国から大陸に変更しました。
国をあげての人によるスライム掃除に対する報復です。
最近の話ではないけど、大昔と言うわけでもない時期に