少年は敵か味方か
始めにちょいと残酷描写~。頑張ってみました。
大したことないかもしれないけど。
弓で牽制し、剣で引き付け決定打の魔法が向かってくる動物たちに降り注ぐ。
戦いが始まってどれくらいたったのかは、もうわからない。
始めはとても慣れた様子で繰り広げられる戦いをサリナちゃんにしがみつかれたまま見ていた私だったが、今では私の方が逆にサリナちゃんをぎゅうっと抱き締めているようなものだった。
動物たちの亡骸による血の赤と草木の緑のまだらな地面。
その上をまだ生きてる者達が争い合い、時に蹴られて転がるその光景がなんだか夢のようで、とても現実とは思えない。思いたくない。
だって、生き物の死んでいるところなんて、城という狭い世界にいた私は見たことがなかったから。
動物たちが地面に伏している数は、現れた時のそれからきっと半数は超えている。
けれど人側がそれで有利になっているかと言えばそうでもない。むしろ緊迫した空気は増していた。
どうしてかというと、リーダーぽかった蔦が絡み合った木擬きの魔物なんて霞むくらいの大物っぽい獣が現れたからだ。
魔物姿のあの少年並に見上げる程の体格のいい青白い毛色をした獣──それとも魔物なんだろうか──、それは戦いの最中に勿体付けるかようにゆっくりと足を踏みしめて現れた。
今はまだ、その獣は戦いには参加せずただぐるるっと唸っているだけだけど、歯を剥き出し爪を立てて地面を抉る威嚇姿は遠くで見ている私も怖いと思うほどに迫力がある。
戦う大人たちもそちらを気にしてか連携が乱れて負傷する人も増えてきていた。時折首をぶんぶんと振り、更に唸り声も強めたりもするから本当にいつ動き出してもおかしくない。
もう一方の、リーダーに思えていた木擬きが霞んで見える。
あっちはあっちで指示役なのか何なのか、後方で蔦をうねうねとくねらせているだけで今のところはまだ前に出てくる様子はなさげ。
「氷の槍! っとにもう、数が多いわねっ!」
複数の氷の槍を放って動物たちを討ちながら、魔法支援担当らしいお母様が悪態をつく。
もう一人の魔法担当である姉様と一緒に奮戦していたけど、後に大物だろう二匹が待ち構えてるからと始めの頃よりやや魔力を控えた魔法に切り替えたので討ちもらしが目に見えて増え、余計苦戦してるような感じに私もはらはらしきりだ。
あれに参加するとなると私では実力不足だし何より怖いけど、でも見ているだけなのもものすごく焦れったくて嫌になる。早く終わってほしい、と心底思いながら目の前の光景を眺め続けた。
そんな中ふと、私に抱きついたまま動かなかったサリナちゃんがもぞっと動き出して顔を上げた。
不思議に思い、伺い見たその表情にはさっきまでの怯えの色は欠片もなくなっていて、何かを期待するように空のどこかを一心に見上げている。
「おにいちゃんがくる……!」
「えっ?」
この子の言う"おにいちゃん"があの魔物の彼を指すと言うのは今までの話の流れでなんとなく理解していた。けど、本当に来てるのかを疑ってしまうくらい見上げた空には青空以外に何もない。
「ぁぁぁあああ!!」
『────!!』
と、男の人の悲鳴と、か細くてよく聞き取れないもうひとつの声とともに、大きな塊が木擬きの上に勢いよく落ちてきた。
その衝撃でごうっと強い風が走り抜け、思わず目を瞑る。
風が止むのを待ってから目を開てみると、そこには懐かしささえ覚える紫色の魔物がいた。
木擬きを潰し、その上に乗っかっているというなんとも頼もしい姿で。
その背には先程の悲鳴の音源らしきぐったりと伏せっている茶髪の男性と、踏ん張ってるようで尻込みしているような中腰のような体勢で尻尾を丸めている青白い毛色をした獣らしきものがいる。
その獣は私達と対峙している大きな獣のものと似た色に見えるけど、でもそれよりも彼の様子に私は注目した。
彼は何やら申し訳なさそうに下を伺っている感じで、実は悲鳴に混じって「あっ」て言う彼の声が聞こえた気もしてたんだよね。
これってわざとじゃなかったのかな?
けど不意にぴくっと動きを見せた彼は、バリッと雷を体から放射するように放ち、木擬きに更なる追い討ちをかけた。
そしてその背中にいた二人もまた悲鳴をあげる。どうやら背中にいた彼らにも被害が及ぶような雷魔法?だったらしい。
「ちょ、待てっ!? 俺たちも背中に居るのに何してんだよっ?!」
茶髪の人の声に聞き覚えがある気がしていたけど、起き上がって抗議をした姿を見て、その人はやっぱり私の見知った人だったようだ。
その人は城では色々とお世話になっている、騎士団の副団長を勤めているアデイルという人。授業をサボったり決まった時間に顔を出さないと迎えに来て小言を言ってくるけど、まあ他の人よりは気さくでいいお兄さんだと思っている。
お母様が言っていた彼についていった人ってアデイルのことだったんだ。
そのアデイルは彼の背中を容赦なさ気にバシバシと叩き、その傍らではキュオンキュオンと切な気な声でなにやら獣も訴えている。
が、それらに取り合うことなく蔦の木擬きから無言で退いた彼は、瞬く間に少年姿へと姿を変えた。
その背に居た一人と一匹は、彼が縮んだことで高い位置から地面へと落下することになり、また苦悶の声を上げる羽目に。
「いっつ! なあ、わざとか? 今のもわざとなのかっ?!」
『ひどいようおにいちゃんっ!』
「あー…ごめん。ちょっとあのひとの魔力が気持ち悪かったから、つい。これでも我慢したんだよ? でないともっとバリバリ出ちゃうんだから」
二人の抗議に両腕を擦りつつ眉を寄せるその様子は、正しく嫌なものにでも触った~って感じだった。
あの雷って、人の姿でいう鳥肌みたいなものなのかな?
「それで…あれだ、君のママさんじゃないんだっけ、あれ」
『そーだ! ママっ!』
彼が遠い位置にいる大きな獣を示すと、子獣は一声鳴いて一目散に駆けていった。
小さい獣が一回り以上大きな獣と向かい合う。彼の言葉から二匹は親子らしく、それなら同じ毛色にも納得だ。
それを見届けて、彼は思い出したように辺りを見回し出した。
伺えた表情はなんだか嫌々な感じに見える。
「これって戦闘中、だったよね…? 着地できそうだった空間がまさかのあれだったし…これは無関係ってわけにはいかない?」
「無関係ってなんだよ」
「だって、種族間の争い事って面倒くさいよ? どっちにも付かないのが関わらずに済むための賢い選択でしょ」
「……さっき喧嘩両成敗ってやってなかったか?」
「あれとこれは別。これは他人同士、さっきのは身内同士だもん。家族間の喧嘩で殺し合いになるのはなんか見てて嫌だし止めたくなるじゃない。だから──家族の対面を邪魔しちゃいけないよっと!」
彼はそう言い終わると同時に、木擬きに向かっていつからか手にした短剣を勢いよく振り切っていた。
どうやら獣親子に向かって伸ばされていたらしい蔦の木擬きの蔦を阻止した行動のようで、木擬きとは結構な距離があるのに刃物で切られたかのように蔦がスッパリ切れ、さらさらと消滅していく。
傍にいたアデイルは呆然といった様子でそれを眺めていたので、ひょっとしてこれって凄いことなのかもしれない。
それにしても、あれってもう木擬きじゃなく蔦お化けになるのかな。
例えるのが他に思い付かないから言っちゃうけど、今の状態は人の頭の髪をぐしゃぐしゃにしたかのような散らばり方で蔦がばらけてもじゃもじゃなんだよね。
あと、ちなみにそれまでの彼の手に短剣はなかったわけだけど……彼の足下には度々見かけて私もお世話になった不思議な鞄さんがいたから、納得した。
あれ実は魔物らしくて。動いた時はすっごく驚いた。
見た目は元は白かっただろうそれがくすんでぼろそうな肩掛け鞄。彼はニモって呼んでたかな。
気が付けば、というか彼が必要とする時には既に彼の元にいるみたいで、察する従者って感じのような荷物持ち役みたい。
「…なあ、もう今ので完全に人間側じゃないのか?」
「え?」
「だって魔物側、あの変な蔦のやつとあれの親狼しか立ってないじゃないか。で、今残ってる片方を明確な意思でもって攻撃したよな?」
「したけども倒してないし。それにあの子を連れてきたのは俺だから、そのママさんが敵とかってなるのはなんか嫌なんだけど……?」
「じゃあじゃあっ! 周囲に倒れてるこの動物さんたちを倒したのが貴方だって言ったら?」
「ん? ああ、起きたんだね」
それまで襲いかかってきていた動物たちはいつの間にか気が付けば全てが地面に倒れていたが、頃合いからして彼が現れてからだと私は思っている。
二人に手を振ってここだよーっとアピールしながら、私はその事をそう告げた。……そもそも彼が敵になるのは私が嫌だしね。
彼もこれから敵になるかもって態度とは程遠い寝落ち前の親しさで声を返してくれたし、そんなんで敵とか言われちゃったらショックで立ち直れなくなる気がする。
「これが俺の仕業って言うけど……誤って突っ込んだ時にはもう他のひとたちは倒れてたんじゃないの?」
「ううん、その時はまだ動いてたはずよ? 着地の風圧で倒したんじゃないかなあと思うんだけど」
「風圧ね……着地の衝撃を柔らげようと一点に集中させたからあの蔦さんだったら無くはなかったと思うけど、その余波でこの数? …ん、それだと人の側も倒れてないとおかしいんじゃない?」
そう言って辺りを見回す彼につられて、私もまた周りを確認する。
皆疲れた顔をしていて、負傷して膝を着いてる人もいたりするけど、気を失っている人は誰もいない。
「…おかしいね?」
「でしょ」
『ソイツが、操ってたのよ……貴方があれをのしたお陰で、それが解けて……無理やり動かされてたようなものだから疲れてしまったんじゃないかしら。アタシも、ようやく一息つけれるようになったわ……』
「操るって?」
ぐうっと唸り声を何度かあげた親獣に、彼はそちらを向いて問い返すように話しかけた。
鳴き声なのに会話が成立してるんだろうか、考え込む彼。
「そういえばあの蔦のひとの魔力って、森に満ちてたのと似てるような。濃いとあんな感じになりそう……じゃあ森で動物たちを見かけられなかったのはあれが元凶だったりするの?」
『アタシはそうだと思ってる。あれが現れてからここの空気が変わった気がするもの』
「そっか。じゃあ、蔦のひとはこの森の平穏のために倒さないとなんだね。ママさん動けなそうだし、俺がやった方がいいのかな?」
『えっと、ずいぶん軽く言うのねアナタ……でも、じゃあお任せしても良いのかしら?』
「うんいいよ。あ、でもまだ色々と下手だから少し離れてもらっていい? そっちの人たちも、危ないから離れてて下さいね」
彼は親獣に軽く頷くと、近くの大人達や獣親子にその場から退くように促した。
そうして大人たちは私達の傍へ、獣親子は森に行きかけたがそこじゃ危ないと彼に言われ、私達とは家一件挟んだ向こう側へと移動する。
私達の位置を確認し終えた彼は蔦お化けに向き直り、構えた短剣に空いている片方の手を添えるとひとつ息を吐いた。
辺りの空気はどこかぴりっとしたものに変わり、彼の手にある短剣の刃が仄かな光を帯びていく。
光が刃先を包むと「よしっ」と声を上げて駆け出した彼は、蠢く蔦を切り払いながらその中へと飛び込んでその姿は見えなくなった。
その間、たぶん数秒。
そんな短い間だけどみるみる蔦の数が減っていき、光る短剣を振るう彼の姿を蔦の隙間から見ることが出来るようになった。
沢山の蠢く蔦をまるでダンスのステップでも踏んでるかのように軽やかにかわし、ついでのように閃かせた短剣で数ある蔦をみるみる消滅させていく。
蔦お化けがどのくらいの強さなのかはわからないけど、なんだかすごく彼の楽勝になりそうな戦いだった。
ちらりと見えた彼の表情、それが鬼ごっこや追いかけっこをしてた城下の子供たちみたいな、とても楽しそうというか生き生きとした表情をしていたものだから尚更だ。あんな顔、初めて見る。
やがて、向こうの景色も余裕で見えるほどにすっかり少なくなった蔦の群れ。
頃合いと見たのか彼はそれまでの動きを変え、一度姿勢を低くするとぐっと踏み込んで残りの蔦を足場に駆け上がり、蔦お化けの真上へと飛び上がった。
「召雷!」
初めて聞く、彼のはっきりとした力強い声が響き渡る。
掲げられた短剣がそれに応えるかように一層輝き、彼は落下の勢いのままに蔦お化けの中心部に飛び込んで短剣を突き立てた。
──瞬間、空から一筋の太い光が落ちて、彼もろとも蔦お化けを貫いた光景を最後に目映い閃光が視界を焼く。
そして視界ゼロの中、体を震わせるほどの震動と耳を覆うほどの轟音が起こった。
***
彼の唱えた召雷という魔法は自然の雷を呼び寄せるものらしい。
蔦お化けがいたその場所は、今や黒焦げた草に抉れた地面となかなかの有り様でその威力を物語っていた。
でも、それを一緒に受けた彼は無傷という──。
彼は雷に属する魔物なんだそうで、雷を吸収したり透過して無効とするのが当たり前、怪我を負うことはまずないのだとか。
彼の扱ってた短剣が砕けていたのを見たのもあって、その無敵さは納得するしかない。
びっくりするからそういうのは先に言って欲しいなと思いつつも、彼は本当に人じゃないんだと改めて思わされた。
そんな雷無敵な魔物の彼だけど、森の元凶とやらが倒れてめでたしめでたし~となるはずの流れで何故か今は人の説教を受けていた。
それは魔物とはいえ人の姿、更には子供に雷が落ちるという光景がものすごく心臓に悪かったというアデイルの勝手な理由からのものなんだけども、彼はおとなしく話を聞いている。
知らない間にずいぶんと仲良くなったもんだよね。そもそも先程のことを思い返せば既にアデイルは彼に対し遠慮がなくなってたように思うし。
すぐ仲良くなれちゃうのは男同士だからなのかな? 距離をとって話をしている今の光景を見てる分には悔しくないけど。
実は今彼の周囲には雷が踊っている状態で、誰も近づけない状況なのです。これは先程の雷の余韻的なものらしい。
でもこの現象は雷を吸収なり往なすことがまだ未熟な証らしく、凄まじい落雷だったように思うけど威力を削いでしまったと彼はへこんでいた。
「で? いつになったら収まるんだよ、それ」
「経験上、雷魔法をおもいっきり一発放てば消えるかな」
「それは……ここに注目を集めるような行為は避けてほしいんだが」
「うん、わかってる。あれの後にその事思い出しちゃって申し訳ないけど、もう目立つようなことはしないように気を付けるよ」
「あ、ああ」
なんというか、私のよくやる"ごめんなさいもうしません"の口だけでない格好いい版を見てる気がした。
きりっとした態度で返す彼の言葉に重みというか説得力というか──ああ、誠意というやつを感じるのだ。
アデイルもそう思ったのか、頷いた後は何かをねちねち言うこともなかった。
「でもこれどうしようかな。放置したことは無かったからどのくらいで消えてくれるかわからない──ん?」
周囲を踊る雷をひとつ掴みつつ悩んでいた彼の視線が、ふと森の方へと向けられる。
程なくそこからガサッと音を立てて茂みを揺らし、変な物体が地面を滑るように姿を現した。
うっすらと黄色く、きらりと光を反射する程に艶もあるらしい、透明で丸い何か。
それは弾ける雷をものともせずに彼の元まで来ると、動物で言えば擦り寄るような仕草でその足にまとわりついた。
「あー、なるほど。黄色さんならこれどうにか出来るんだね」
彼は何かを納得するなり黄色さんとやらを持ち上げて両腕で抱き込む。
すると、彼の言葉を証明するかように彼の周囲をぱりぱりと弾け踊る雷が段々と弱まり、対して腕の中の物体が輝きを増していった。
そうして彼を取り巻く雷は収まったわけだけど、私の視線はもう妙な生き物に釘付けだ。
地面へと降ろされたそれは彼程ではないものの、軽く雷を弾かせながら彼の足下をのそのそと動いている。
これって生き物…だよね? 目も手足も見当たらない、食べ物のゼリーのような外見でいまいち確信が持てないけども。また鞄の魔物並みに不思議なのが現れたよね。
「それってなあに?」
「このひとは俺の雷友達で、黄色さんっていう…のは俺が勝手に呼んでる呼び名なんだけど、スライム、って言ったらわかる?」
「すらいむ…てええっ、スライムってあの? うそ、こんなに綺麗なのがスライムなの? 私が知ってるのと違うよっ?? もっとこう、何て言うか…すっごい色してるんだよもっと! どす黒く濁ってるっていうか汚…気持……変っていうか!」
あまりにも綺麗なこのスライムを前に汚いとか気持ち悪いという言葉にためらいを覚えて無難な言葉を選んだものの、それでは彼には伝わらなかったらしい。不思議そうに首を傾げてこちらを見ている。
「それって本当に実在してるの?」
「むしろ私が見たことあるのがそれしかないっていうか。ねえ、アデイルもそうで……どうしたのアデイル?」
人の街では気色悪い色のスライムしかいない、そう同意を求めようと振り向いたら、強ばった顔で黄色さんとやらを見つめるアデイルがいた。
手は剣にかけられ、でもやや逃げ腰のような姿勢で固まって動かないでいる。再度問いかけてみたが、やっぱり反応がない。
「それ……やっぱりスライム、なのか? ……本当に?」
「うん、サンダースライムっていうスライムになるよ」
「……なんてこった。一難去って一難以上が来た……」
ようやく口を開いたと思ったら、アデイルは信じたくない様子でスライムかの確認を彼にし、その返事を聞いてからは愕然というか、放心してるみたいだった。アデイルのこんな姿は初めて見るので私も戸惑ってしまう。
ふと周囲を見回してみれば、遠目にこちらを眺めつつも動いていた里の人たちすら皆動きを止め、強ばった顔でこちらを見ていた。
皆、何にそんなに怯えているんだろう。
スライムは少年が大好きなので過保護気味であり、悪い面も極力目に触れないようにしてたりとかしてます。
基本的には誰か越しでしか喋らせないので仕草だけの時は想像してやって下さい。
動く鞄のニモも然り?設定としては散歩好きであまり側に居ないことになってますが。