子供と俺と獣
アデイル視点の話になります
森へと去り行く小さな子供の後ろ姿。
気付けば体は勝手に動いていて、その後を追いかけていた──。
特に魔物や隣国の驚異もなく、穏やかな気風のお国柄から犯罪なども大したことは起きず、平和な国シルヴァニア。
そこの騎士団の副団長。それが俺、アデイル・シーリの肩書きだ。
団長に誘われて騎士の道を行き副団長の地位についてはや三年……とは言っても近年は特に姫様の面倒見役ばかりで外へ出る機会もほとんどなく、久しぶりに出た今はまた極秘任務という気を張る内容で。
けど、今はそれがあって良かったと思う自分がいる。
数えるほどしか顔を会わせたことはなかったけど第一王女であるリーナ姫様が生きていたことが知れた──面識ある、しかも自分より幼い子が処刑とか複雑に決まってる──し、そしてまず滅多にお目にかかれないだろう大物な魔物との出会いもあったのだから。
魔物は本来忌むべき存在だけど、驚異に晒されてない現状危機感は薄く、格好いいのには憧れだって抱く。それが目の前に悠然と佇んでれば……なあ。
獣のような、でもがっしりとした体つきの巨体。
こちらを見透かすかのような理知的な瞳。
佇む姿は敵愾心や見下すような嫌なものは微塵も感じられず、気持ちよくこちらの背筋を正させるような凛とした気配を纏っていて──正直、こんな王様ならすごいいいなあと思った。
こう言っちゃ悪いけど、平和すぎてうちの王様は凄そうに見えなくて。……いや、下々の話に耳を傾けてくれる良い王ではあるよ?
けどまあ、そんなわけで俺は目の前の魔物にすっかり見惚れてしまったわけだ。
人の子姿になった時のありふれた平凡ななりには少しがっかりしたが、森を行く手前のあの空気と、一瞬煌めいて見えたように思う緑の瞳は──それがただ内に秘められただけで失われてはいないものなんだとまた魅せられた。
そして逆に人の子姿で良かったと今は思う。
魔物姿の時の空気は本当、高嶺の花って感じで近付くのもおこがましくて手を伸ばせないような遠い存在感が半端なかったから、追いかけるとかきっと無理だ。
人の子姿の今は見下ろすほどに俺より小さく、王妃様と話してた時の印象や声音も手伝ってまるで本当の子供。警戒心や恐怖どころか畏敬の念を抱かされることもなく、むしろ気安げで親そうな心象を与える。
それが相手を貶める策だとしたら……でもまあ嵌まってもいいかと思えるくらいにはあの姿に傾倒してる自分もいたりして。
しかし、前を行く魔物少年の小さな背中との距離がなかなか縮まらない。むしろ広がってるんではないかと焦りすら覚える距離のまま追いかけている。
……向こうが茂み等の障害を物ともせず、道なき道を草木の枝を折る音をも立てず往なすように軽やかに進み行くからかもしれないが。
なんであんなスムーズに動けるのか、正直不思議でたまらない。体格差なのか、慣れなのか……俺は引っ掛かってばっかでしょうがないというのに。
初めのうちは真似てみたが、いちいち引っかけては外さなければ動けず、結果かなり置いてかれてしまうので今では開き直って鞘ごと剣を構えて小枝や茂みを突き進んでいる。
「おにーさんはいつまでついてくるつもりなの?」
「、えっ?」
どこまで行くのか、どれだけ歩いたのか、少しずつ溜まる疲労感にそんな思考が過った頃、魔物少年は不意に歩みを止めると顔だけこちらに向けてきた。
話しかけられるとは思ってなかったのと、話しかけられたことの嬉しさとで返答に詰まっていると「そう荒々しく後ろをついてこられると集中出来ない」と不満をこぼされた。
「あわ、悪か──」
「待って。これって俺が未熟ってことだよね……うん、いいや。ご自由にどうぞ」
「は?」
訳がわからなかったものの話を自己完結させた魔物少年はまたすたすたと歩き出してしまったので、少し気にしつつもしょうがなく、また茂みをバキバキ言わせながらその後を追いかける。
「あそうだ」
今度は何を思い付いたのか、声を漏らして再度立ち止まった少年はまたこちらを見やり、上から下へと視線を走らせる。
俺を見ているらしく、見られていることに内心どきどきしていると、視線を外した魔物少年は次に足元に落ちていた枝をひとつ拾い上げた。
王妃様から譲り受けた本を脇に抱え、拾った枝をぱきぽきと折り手のひらサイズ程にしたら、両手で包み込むように握り込む。
すると、息苦しくはないが、体に少し負荷を感じるようなちょっとした圧迫感が辺りを包んだように感じた。
それは魔物時に対面した時や、森に入る前に見せた時の少年が纏っていた空気にとても似ていた。凛とした空気のなか、少年の緑の瞳は仄かに煌めいているように見えるからおそらく何かをしているってことなんだろうが……。
「これ持ってるといいよ」
やがてその圧迫感が消え去ると、少年は手に持っていた枝を俺に向かって差し出してきた。
「……これは?」
「御守りもどき。たぶん半日くらいは保つんじゃないかな。茂みを気にせず歩けるようになると思う」
「御守り……(こんなのが)っおお?」
何の変哲もない、力んだらパキっといきそうな小さな枝を半信半疑で受け取ってみると、その瞬間俺はその言葉を理解することになった。
自分の体を、周囲を、何か温かいものが包んだ感覚があったのだ。
「すごいな……即興で魔力付加も出来るのか?」
「えんちゃ……?」
ぽつりと呟いた言葉に、不思議そうに目を丸くして首を傾げる仕草はなんだか本当に子供のそれにしか見えない。
「魔力付加ってのは、物や道具に魔力を込めて色々と力を持たせることを言うんだ。今くれたこれみたいな」
ただ、武器や鎧、宝飾品等にってのが一般的であって、道端に転がっている枝にっていうのは聞いたことないが。それもこの一瞬でなんて。
「よくわからないけど、俺のとこのひとたちはみんな出来るよ。特別なこと?」
「……」
目の前のこのお子様は多分規格外だ。
だからその種族もそうなるよな。……うん、出来るやつの当たり前って怖いな。
そう遠い目をしかけ、まだ礼を言っていなかったことに思い当った。
「これ、ありがとな」
「別に。ここは知らない所だから誰かにかまけて不利になる事態は少しでも避けたかったってだけだから」
素っ気なくそらされる視線。
はっきりとしたことは言わなかったが、勝手について来た俺を気にかけてくれるとは感激である。
「助かる、本当ありがとな! マジでいいやつなんだなお前……おお、さらさらだ」
つれない態度だが気遣ってもらえた嬉しさに、でも子供姿というのが先に立ったのか、知らずの内に俺はその頭にぽんと手を乗せた。
そして思いの外触り心地良かった感触にすくように撫で続ける。
と、こちらをじっと見上げる視線を感じ、状況を思い返してはっと我に返った。
機嫌を損ねたかと恐る恐る手を離すが、少年は困惑した顔をこちらに向けているのみ。
「ここの人たちって魔物がこわくないの? あの子もおにーさんも、なんでそう……」
「それは、お前が良いやつだからだろ」
「……会ったばかりなのに、そんなに簡単に判断しちゃっていいものなの?」
「そうは言うが、あそこでも今も、力を振るわずに話を聞く姿勢を見せるお前をただ恐がるのは出来そうにないぞ」
「そういうもの?」
しかもあの時はこっちは武器を手に携えてもいた。
そんななかでああいう対応、普通なら逃げるか機嫌を損ねて襲いかかるかだろうに、魔物としてはありないほどに寛大過ぎる。
だか本人はどうやら納得がいってないようで、本を抱え込みながら腕を組んでむっとした表情をしていた。
そんな姿もちょっとませた子供って感じで違和感がないなあ。
そういや、今くれたこの御守りの件なんて俺を気遣った以外の何物でもないだろうに、無自覚か? そんなの、余計に良い子だって言ってるようなもんじゃないか。
ふと、そんなやつが敵意を持つものはなんなのだろうと興味が沸いた。
「なあ、お前にとっての悪いものとか嫌なことってどういうのなんだ?」
「なに、急に」
「いいからいいから」
「えぇと、俺にとって嫌なことね……無駄に命を奪ったりとか、相手を騙してるのとか、あと、ひとのものを盗ってるのとかやだなあって……っあ、命令して誰かを従わせてたのは嫌だなって思った。世の中弱肉強食なのはまあ仕方がないとしても、人の世界ってそういう変な生き方をしてるんだよね? 身分がどうとかって言うの? 確か…王族とかいうやつだっけ。実力もないのにただ弱くてバカみたいにふんぞり返ってるだけの人に従うとかどうかしてない? さっさと蹴落とせばいいのに」
「ぉ、ぉぅ……」
なんというか、話と態度から悪行と無能な偉い者は嫌いだということがすごくよくわかった。
そして、その嫌う相手と先程まで行動を共にしていたのにそれ以上の反応もないことから、姫様の素性を知らないということも。
……果たして姫様の身分を知ったらこの少年はどう出るんだろうか? 無関係でないだけに少々顔が引きつる。
「で、今の質問に何か意味あった?」
「あー、いや、お前がどれだけいいやつかっていう証明になるだろう?」
「……嘘って知ってる? 口ではなんとでも言えるよね」
「まあ、そうだけど、な」
そう呆れた顔を向けられたが、目の前のこの魔物に関して嘘はともかく本心はわかりやすそうだし、そういう確かな面があるのなら信頼出来るんじゃないかと俺は思う。
そう思うに至ったのは、先程の蹴落とす発言だ。
自分に向けられたものじゃないのに寒気を覚える空気を纏い、力を行使していた時のように瞳もまた煌めいたあれは本気のように思えた。それがもしも演技だとしたら大した役者だ。
それでもまあ、騙されていたとしてもこいつにやられるのなら……これ以上ない大物そうだし、かっこいいし、悪くないよな。
というか、どんな風に戦うのだろうか。やばい、すごい見たいかも。
「そういえばあそこ襲われてるって話だったけど、おにーさんこっちに来てていいの?」
「ん?」
違うことを考えていたので問われて一瞬なんのことかと思ったが、隠れ里の話だったらしい。
「ああ、それはいいんだ。俺は……何て言うか、まだあそこの人達とは数度話した程度で余所者みたいなもんだからさ。俺が欠けたところで問題ないって言うか、むしろ邪魔かもって思うし。いきなり協力して戦うなんて難しいだろ?」
「ふぅん、じゃあ問題ないんだ」
そう答えれば、どことなく安心したようにそう言って少し辺りを見回した後、森歩き再開となった。
……人里の警備まで案じるような今の質問や態度もまた自身をいいやつだって証明しているようなものなのに無自覚なんだろうか。そんなことを思いながらまたその後ろを追いかける。
それからは目的があるような無いような、なんとも曖昧な歩みで右へ左へと森を歩き続けた。
少年はたまに立ち止まって何かを探す素振りを見せるが、でもまた歩き出すことを繰り返すこと幾数回──御守りとしてくれた小枝のお陰で茂みを突き進んでも快適に歩けるようになったものの、足場の整ってない獣道は流石に堪えるものがある。
勝手についてきといて先に根をあげるのはもの凄く情けないが、次に立ち止まったその機にはそのまま休憩を願い出た。
「なあ、ちょっと休憩してもいいか?」
「あ、うんいいよ。わかった」
申し出た休憩は嫌な顔をされずすんなりと受け入れられ、木の根に腰を下ろしてほっと一息をつく。そして、やや離れた位置にいる少年の様子を複雑な思いで眺めた。
辺りを見回し腕組をして考え込む、その姿には疲労の色が欠片も窺えないのだ。相手がいくら魔物だとはいえ、子供のけろりとした姿はなんていうか──子供は元気に走り回るイメージなので目の前の御仁はまたそれとは異なる気もするが、正直凹んでいた。帰ったらもっと体力を付けないとという焦燥感がたまらない。
身体的には休息しているが精神的な疲労がつのるばかりなので、どうにかこの気持ちを誤魔化そうと少年に話を振ることにした。
「さっきから何を探して歩いてるのか聞いてもいいか?」
「魔力の濃いところだよ」
「魔力が濃い……? 俺には普通の森のように見えるけど、なにかおかしかったりするのか」
「どこがどうとは言えないんだけど、なんか変で。不快というか……とりあえずおかしいとしか。俺が散歩で見てきた範囲での話だけど、魔力の濃い場所って曰くありの場所だったり物が置いてあったりして、それでそういうところのはそこら一帯が一定の魔力に満ちてるんだよね。でもここは特別な何かがあるわけじゃないみたいだし、濃さもそれほどでもない……でもなんか勘にさわるというか、普通じゃないような魔力を感じるんだよね」
そう言って言葉を切ると、また探るように周囲を見回す少年。
よくわからないが、この魔物である少年の勘には引っ掛かる何かがあるんだろうということは理解出来た。あの里は魔物の襲撃が絶えないというし、それが今と関係があるなら是非に解決を任よう。
……あれ、でも勝手に強いと決めつけてたけど実際の実力ってどうなんだろう? うん、やっぱ任せきりは良くないな。その時が来たら俺も動くべきだろうな。
会話を終えればまた静まる森の中、ふと、遠くでなにか威嚇のような争っているような声が耳に届いた気がして顔を上げる。
「これは、獣……?」
「うわ、どうしてこんなことに思い当たらなかったんだろっ」
そう声を上げた少年は駆け出して、あっという間にどこかに向かって走り去ってしまった。俺も慌てて立ち上がり急いで追いかけたものの、一向に姿は見えず、追い付ける気がしない。
向かった先も合っているのかどうか…直進してるとは限らないよな、という不安もよぎる。
それでも一応去っていったはずの方に進み続けていると、先程のと同じかはわからないが獣の荒々しい声がまた耳に届いた。
「喧嘩両成敗っ」
そこを目指し、ようやく少年の姿を見つけホッとした時──少年は争い合う獣たちに指をびしっと突きつけていて、一瞬細い光が走ったように見えた後には獣達はぐらりと倒れていく光景があった。
「あれ、気を失ってる…?? そんなに強く打ってないはずなのに……雷に弱いひとたちだったのかな」
そう言って困ったように首を傾げる少年の傍らには、あんぐりと口を開けて固まっている青白い毛並みの狼が一匹。昏倒した獣達は全部で三匹で、それらは茶色い毛並みの者たちだった。
どうやら雷を放ったということらしいが……。
「……何が、あったんだ?」
「揉めてるみたいだったから喧嘩はよくないと仲裁したつもりだったんだけど……加減、間違えたみたい?」
仲裁で攻撃。喧嘩両成敗って言葉は確かにあるが……実際に実行に移して相手をのめすやつを見たのは初めてだ。
ひとまず気を取り直し次の質問に移すことにする。
「喧嘩の原因は?」
「喧嘩の原因ってなに?」
『え? えと、ボクにもわからない』
少年への質問はそのまま傍らの獣へと流れ、獣語はわからないが、もごもごとした声と困惑した空気に知らないと言ってるように思えた。
「それじゃ、なんでお前は攻げ……仲裁をしたんだ?」
「この子が止めたがってたから」
「それで(喧嘩両成敗)なわけな」
「痺れさせる程度にやったつもりなんだけどなあ、これじゃあ話が出来ないや。うーん、君はこの森の違和感、なにか感じてる?」
『いわかん? ……よくわからないけど、でも最近おじさんたちすごくイライラしてたかな。今も急に喧嘩になっちゃって……少し前まではこんなに怒りっぽくなくて優しかったんだよ? 一緒にいなくなったママを探そうって言ってくれたのに……っそうだ、ボクママを探さなくちゃいけなかったっ』
「ママ?」
『ママ、具合が悪いみたいなのにどこか行っちゃって戻ってこないの』
「そうなんだ、じゃあ探すの手伝うよ」
『ほんとっ?』
「うん、聞きたいこともあるし。おにーさんもいい?」
「あ~、まあいいんじゃないか。俺はついていくだけだから」
『…えっ、あれっ? あなたたちはニンゲンっ?!』
「そこ今更?」
少年の発言だけで話を理解しようとしていると、なにやら急に獣は俺達から距離をとると警戒するように吠え出した。
『ニンゲンはアブナイんだってママ言ってたっ! やられる前にやるのがイチバンいいって!』
「うーん、それは相手によると思うな。相手の力量見極められないで挑むと反って危なかったりするよ? それでもって俺はやられたらやり返す主義だから、もし俺とやるんだったら覚悟して来てね?」
『うっ?』
諭す風にやわらかい口調や仕草なのに最後の発言は脅し、だよな。そこだけ笑顔なのに纏う空気は厳しくなって、あれは本気っぽかった……。そうか、穏やかな風でいるのはこちらが何もしないからであって、動くとなったらわりと容赦ないのか。
俺の見解はともかく獣もびくっと怯えると、降伏のポーズなのかその場に伏せをして少年を見上げていた。上目遣いがちょっと可愛い。
「あと、言っておくけど人間はこの人だけだからね? 俺は違うから。話が通じるのが何よりの証拠でしょ?」
『ふぇ? でもニンゲンの姿……?? じゃあどうしてニンゲンと一緒にいるの?』
「…成り行き、かな? この人が追いかけてきたの」
『ソレってアブナイんじゃないのっ!?』
「んー、ただついてくるだけで特になにかするつもりはないみたいだし、いいんじゃない別に」
『えええ、いいの、かなぁ…』
「そもそも俺肉食じゃないから殺る理由もないんだよねえ……それとも君が食べる?」
『たっ、べないっ!いらない!!』
……俺を見ながら話すそれは、どう考えても俺のことだよな。
獣が伏せ状態のままキュンキュン鳴いて後退りをしたから拒否したってことなんだろうが……食べるかってなんだ。なにもしなければなにもしないという見解は外れてはいなかったらしいが、かと言って人側に立つこともないのか。食べるって言われてたら俺やられてたのか?
くう、今までの気遣いでほだされてただけにショックがはんぱない。やられても良いかもとは思っていたが、裏切られんのはやっぱ嫌だなあ。
「そうだ、君ママさん探すんじゃなかったっけ?」
『そーだったよ探さないとっ!』
俺の内心の嘆きを余所に少年は獣に話題をふる。すると獣は勇んでがばっと起き上がった。
「そうそう、ママさんの毛並みは君と同じ色してるの?」
『うん、そうだよっ! お揃いなの! それでね、大きくって何より強いのがジマンっ! ボクもいつかママみたいになるんだ~っ』
「そっかそっか、頑張ってね」
『うんっ!』
「じゃあこの子のママさんを探そうか」
会話を済ませたらしく、嬉しげな獣からこちらへと目を向けた少年は俺に先の行動を促してきた。
「了解した。でも、この森中を探し歩くのは時間がかからないか? おそらく急ぎ…なんだろう?」
じっとしてられないのか足踏みをする獣の様子や先程の断片的な話から推測しただけだが、そう間違ってはいないはず。
「大丈夫、そこは俺に考えがあるから。ママさんはこの子と同じ毛色で大きさもそれなりみたいだから、上からならきっとすぐに見つけられるよ」
「上?」
気になる言葉をおいて歩き出す少年を見やり、次いで獣に視線を移すと向こうも丁度見ていたのか目が合った。目に見えてびくっとされたがどうやら攻撃の意思はない様子。
少年を見失う前にと先に歩き出すと、付かず離れずくらいの距離で向こうも大人しくついてきた。
そして──その後の展開は、喜びとはた迷惑さとが半々な思いを味わうことになった。
なんつーか、力のあるお子様は怖いもの知らずというのか、向こうにとっての常識はこちらの非常識であり、何も聞かずに任せるとえらい目に遭うということだけはよおっく学んだつもりだ。
悪意のない無茶ぶりはなんだか姫様と重なるものもあったが、でもまあ、姫様と違って多少こちらに対する安全の配慮もある分、マシなんだろうな。
良いことは魔物の背に乗れたこと。悪いことはそれに伴う着地の過程。
少年はどの高さであろうとも空中落下をするのを好み、自分が楽しいと思うのでそれを善意で強要し、拒否る間もなくおののくしかない一人と一匹でありました。急ぎでもあったけどね。
姫乗せ時は寝てたのもあってソフト(普通)に降りてましたが。