振り返る出逢いの日
途中から過去編に突入してしばらく続きます。
コウと出逢うそれまでの私の日常は、一言で言えば窮屈だった。
まず同年代の子供と接する機会なんてまずなくて周りは大人だらけ。そしてその接する大人たちとの会話は堅苦しく敬語で話されるし、本音を隠した言葉や作り笑いがほとんどだ。
王女という立場上仕方がない事なのかもしれないけどどこに行っても視線なんて特に付き物で、毎日毎日続くと本当にうんざりする。
そんな日々に嫌気が差して城下町に抜け出したこともあったけど、お父様たちに怒られるよりも侍女さん達にめそめそと泣き付かれたのがなんだか堪えたので以来それは止めている。
でもあの時は楽しかったな。
城下町のよそよそしく堅苦しい城の空気とは違って活気があって温かそうな雰囲気に、同い年くらいの子たちの遊び回る姿はとても輝いて見えて。思い切って声をかけたら快くその輪に入れてもらえて、いっぱい一緒に遊んだんだよねえ。
最終的には王女だと知られて、その子たちの親も来て多少接し方が困った方に変わってしまったけれど、今でも会えば手を振ってくれる。
こんな関係を友達と呼べるのかはわからないけど私は友達だと思いたい。
まあ、今一番友達ポジションに近いのはコウだけどね?
向こうがどう思ってるかはわからないけど、普通に話をしてくれているから嫌われてはいないはずだ。
コウと友達となることが今の私の目標だね!
そんなコウと出逢うことになったのは、とくに予定──と言っても教養や講義はサボったりするので数には入れない──もなく城をぶらついていてた時にたまたまお父様と女の人が一緒にいるのを見かけて、ついに世に言う浮気に走ったのかと後をつけたのが始まりだ。
そもそも女っ気のないお父様が女性といるのがまず珍しい事だったし、更に王の間ではなくて私室へ招くことも珍しければ、何より私室を警護する衛兵をも人払いしていたものだから、これは何かあると思うでしょう。
ようするに盗み聞きしてましたが……まあ過ぎたことだし、いいよねもう。
部屋から漏れ聞こえた話を纏めると、亡くなった私の姉様が生きていて、元気でやっているという報告話だった。
それを理解したときは思わず声をあげて中に突撃しそうになっちゃったよ。まあ、あまりにもびっくりしてすぐ身体が動かなかったからタイミング逃して行けなかったけど。
何故そうしたかったかと言うと、私は第二王女なのだから当然上が居るわけです。
でもまだ私が幼かった頃に姉様は亡くなった。
それは国内外で認識されていて、私もそう思っていたことだった。
病弱だったわけではなく寝たきりとは真逆で健康そのものだった姉様は、世間体などというふざけたものによって追いやられ、今は亡き人として扱われている──。
シルヴァニアには様々な人たちが暮らしているが、人に翼が生えた容姿の亜人が建国の祖、そして王に立つ国だった。
私の背にも伸ばした腕よりちょっと短めの翼がちゃんとある。長い時の中で他種族と交わり退化していって、今では自力で空を飛べないからお飾りみたいなものなんだけどね。
その翼は大人になるにつれて淡く色づいたり、お洒落として染めたりすることもあるけど、必ずはじめの色は皆白い翼が生えるという。
そんな中、姉様には黒い翼が生えてしまったから大問題になりました。
長い歴史の中で白以外が生えた人は誰も居らず、さらにそれが黒だということが不安を煽ったようで、民や臣下たちがそれを不吉の前触れなのではと恐れたそうだ。
その噂と不安は国内だけに止まらず広まり続け、国としても王としても立場の危うくなったお父様は周囲に決断を迫られた。そして内密にだが複数人による立ち会いのもと毒による処刑を決行し、それが今世間に知れ渡った話となっている。
当時の私はまだ幼かったので、それまで目の前にいた人がどこを探しても見つからなくて、他の人に聞いてももう会えないんだよとだけしか言ってもらえなくて、ただ泣いて過ごしたことだけ覚えている。
すぐには信じられない内容だったけど、今いる密会相手がお母様だとわかったからそれが事実だと思うことが出来た。
現在のお母様は姉様を亡くしたことから精神を病んで、城からも国からも離れた場所でひっそりと静養している、というのがまた私もそう教えられて信じ込んでいた表向きの話で、そんな話を広めて実は姉様と一緒に暮らしていたという。
その話を聞き終えた私はいてもたってもいられなくなって、以前姉様だけでなくお母様も居なくなって寂しかった頃の私が幼心に印を付けていた地図を見つけ出すと、あとは着の身着のままに城を飛び出したのだった。
私が住んでいるこの城は平地よりやや高い場所にあり、その下に城下町がある。城と城下町の周囲は高く強固な城壁に囲われ、その周りは鬱蒼と茂る森が囲み、それをまた更に山々が囲むという自然を利用した要塞みたいなものになっているらしい。
そしてシルヴァニアは争い事とは無縁な友好国で通ってるので、衛兵さんが立って警戒しているのは基本、城下町から続く正面門入口だけ。
普段から色々と動き回っていたこともあって自室の窓から城壁へとは難なく飛び移り、そこから反対側の森へと落下に関しては便利な翼を活かして無事着地し終えた私は、誰にもばれることなく姉様が居るという隠れ里を目指した。
けどまあ、準備不足を後悔したなあ。
城を囲む森は地図で見るとすぐ抜けられそうに見えていたのに、実際に歩いてみるとんでもなく広くて、出口が一向に見えない迷路だったから。
舗装された歩きやすい道など無いし、人が通るような道も通れるような隙間も無いし、その上自分より背の高い木や植物にも囲まれてどこに進んでいるのかも全くわからないし、お腹は空くし……食べ物くらい持ってくればよかったとはすんごく思った。次の時は絶対気を付ける。
考えなしに突き進んでもいたから服はあちこち裂けて引っ掻き傷もいっぱい作ったし、歩く体力も尽きかけてるのに景色は進展無しだし、どんどん森も薄暗くなっていくからだんだん不安にもなって…あの時はもう本当どうしようって泣きそうになった。
これで魔物に襲われてたら完璧泣いてたかもけど、運良く魔物に襲われることはなかった。まあ、魔物には、なんだけど。違う状況でまた泣きそうにはなってたね……。
ほんと、とにかくコウに出会えて良かった。
そのおかげで今があるのです!
***
その時の私は必死に走っていた。
もう夕暮れ時なのか日中よりも更に暗くなった森の中を、足元を草木にとられたり後ろを気にしたりもしながら、とにかく走らなきゃまずい状況になっていた。
「おおーい」
「お嬢ちゃーん、どーこだー?」
笑いを含んだ、なんともいやらしい呼び掛けが暗い森の中に響き渡る。
それは紛れもなく人の声で、私はその声の主たちに追われて逃げているのだった。
あの人たちに追われるはめになってしまったのは、行けども行けども一向に変わらない景色にうんざりながら何度目かの休憩をとっていた時のこと。
風に揺らされ響く木々のざわめきやかすかに虫の声が聞こえる程度のしんとした森に、人の話し声を耳にしてしまったのが悪かった。
こんなところに他にも人がいたんだと思うと、疲労と心細さからすがるように足が向かっちゃうというもので──その結果がこれ。
男の人たちは野盗の集団らしく、この森を根城にしているらしかった。
追われる前に耳にした話によるとその在住歴も長いみたいで、こっちが必死に走っているのにも関わらず距離は縮められる一方だった。
「一人は危ないぞー、戻ってこいよー」
「こわーい魔物がいるんだぞー、危ないぞー? おにーさんたちのところに戻っておいでよー」
先程よりも声が大きく響き、すぐ近くまで来ていることに焦りを覚え、ただでさえ疲れていた足は思うように動かせず泣きそうになる。
捕まったら何されるか──よくわからないけど、売るとかどうとか言っていたからきっとよくない目に遭うことは少なくとも確定しているのだ。
それまで散々歩いて疲れてたのに今もまた走らされて、もうくたくたなんだけどっていうやけっぱちな怒りの中頑張って走り続けていたそんなわたしの視界に、ふと妙な茂みが映った。
そこだけ、他の茂みよりも色見が濃い感じに見えたのだ。
気になってそちらに向かうと沢山生い茂っているのかなんなのか、暗い木々のなかでそこの辺りだけ、やっぱり黒さが違う。
色々と限界だった私は一先ずそこに向かい、隠れて休むことを考えた。
たぶんすぐ見つけられてしまうかもしれないけど、一息ついて落ち着けたら魔法を練れるし、魔法で脅かせれればまた少しは逃げる時間も稼げるだろうという算段で。
本当は走りながら魔法を打てれば良かったんだろうけど、そんな芸当は疲れきって余裕のない私には荷が重かったのか、試してみたけどなんにも発動しなかったんだよね。
そして暗い色の茂みが目前に迫り、掻き分けるための手を突き出していざそこに飛び込もうとした私。──が、
「えっ、ぶむ──っ!? ったあ……」
その手は茂みらしきものに当たったが、なにやら硬いものに当たって腕が左右にするりと滑り抜け、硬いものに顔面をぶつけたと思い至るのは少しあと。
予想外の衝撃にずるずると座り込んで、ぶつかったものらしい目の前の硬いものに頭を預けていた。
痛みが収まるまでそうして、ふとようやくその形状に疑問を覚えた。目の前のものは縦に棒状で芯があり、抱きつくような形になった私の手を回しても届かないほどに太かった。茂みでそれはたぶんおかしいはずだ。
その次に疑問に思ったのは質感。とても触り心地がよくて柔らかくて、そしてなにより温かみが感じられるのだ。植物の幹や葉はこんなにもやわらかくなくて、ひんやりとした感触をしているはずで……。
植物でなければこれは何かと恐る恐る見上げ、そうしてふり仰いだ頭上にふと、一粒の緑色に煌めく不思議な光を見つけた。
宝石みたいにとても綺麗な色をした、それでいて暗い森の中でもわかるほどきらりと煌めくそれ。
思わず見入っていると、ぱちっと一度瞬いたのを見た気がして、自分が瞬きしたのかと少し目を凝らして見続けると、今度はしっかりと自分のではない瞬きを見る。
その瞬きはなんだかまるで瞳のよう──そう思って、これはなにかの動物ではということに私はそこで思い至った。
全く動かないから不安になるけど、触れている感触が体毛だと思えばふわふわなのにも温かいのにも納得がいく。
ただ、そうなると私が触れているのはどの部分なのか?
両腕を回しても届かない棒状のこれのその向こうに目を向けても、暗い色合いは視界いっぱいに広がっている。
目の前のものに夢中になっているうちに、私は今の状況をとうに忘れていた。
「鬼ごっこはもう終わりかい、おじょーちゃん?」
「あっ!?」
その言葉と声にようやくそのことを思い出し、そして色々と手遅れそうなことを悟った。
振り向けば、やっぱり野盗集団が勢揃いしていた。
にやにや笑いを含んだ声がまた気持ち悪くて、それまで抱きついていた何かさんの何かを盾にするようにその後ろへとまわる。
「さあ、大人しくしてれば痛い事しないからこっちおいで」
「い、やあっ! やだっ、離してっ! っ助けてぇっ!!」
じりじりと詰め寄られ、遂には腕を捕まれて引かれて──私は必死に何かさんにしがみつきながらすがるように緑色の光を見上げた。
そして私の願いは、聞き入れられたのかもしれない。目が合ったわけではないけど、それが細められた風なのがわかったからだ。
「ふー……」
溜め息のような呆れのような、動物にしてはちょっと違和感のある感情をともなった声が上の方から聞こえ、辺りにふわりとそよ風が吹く。
「なんだ? 誰だっ?」
周囲の大人たちも驚いたようで私を掴む手も離れていき、誰かが焔点と唱える声を耳にした。
焔点は本来は着火が用途の小さな炎を生み出す魔法。
それでも暗い森の中を確認するには充分な明るさで、照らし出されていく現状と、そして何かさん。
炎の明かりを受け、周囲の木々とは異なる色合いでくっきりと黒く浮かび上がったそれは──紛れもなく生き物の形をしていた。
それは全身を暗い毛の色で覆われた、緑の瞳を持つ獣。
ただ、獣と言うにはとても大きかった。
私がしがみついていたのは前足にあたる部分のようで、お座りをしているようなのに頭部は木が枝を張り巡らすような位置から見下ろす高さにあり、その迫力は十二分。立ち上がったらもっとすごいのかもしれない。
今そんな生き物の懐にいるんだと思ったらとても頼もしく誇らしく見えた。
「なんだこいつっ!?」
「こんなやつがこの森に居るなんて知らねえぞっ!?」
男の人たちも初めて見る獣さんだったのか、慌てて武器を構えて警戒をし出す。
そこで私はずっと見つめていたこともあって、獣さんの目が少し丸くなったことに気づいた。……丸くなっただけでなく、きらきらと輝いているようにも見える気がする。
少しの間男の人たちを見回した後、獣さんはすぐそばの一人で視線を留めた。
「な、なんだっ? やるってぇのかっ?! ──ひいっ!?」
見つめられていた男の人は堪らず、といった感じに声を荒げて武器を向けていたが、口を開いて徐々に頭を近づけていく獣さんにがたがたと震えだす。
相手などお構いなしに距離を詰めてしばらく男の人と睨みあった獣さんは、僅かな動きで武器を咥えるとそのまま奪い取った。
震えていた男の人は堪らず尻餅をつき、獣さんはその人が手放した武器をカラコロと転がしている。
次の動きを警戒してか男たちは動きを止め、しんと静まり返る森の中に獣さんが立てている音のみが響き渡る。
そして不意に、それはガリッゴリという硬い音へと変わり、上から何か破片が降ってきた。
──それが、獣さんが武器を噛み砕いたものだという考えに至るまでは少し時間がかかった。
だって、鉄だもの。
噛み砕けるなんて、普通思わない。
男の人たちもそう思ってたみたいで、ぱらぱらと破片が落ちてくる様子を呆然と見上げている。
獣さんはひとしきり噛み終えると、近場の人の武器をまたパクっと奪い取り噛み砕いていく。
ゴリ、ギリ、というなんとも背中が痒くなるような異様な音だけが、静かな森にまた響き渡る──。
「あっ、だっだめだぞっ! これはだめだっ! おいやめっ!」
三本目となったところで狙われた男の人が武器を大事そうに抱えて抵抗したが、結局それも獣さんの餌食になった。
でもその声で他の人たちは我に返ったらしい。
「なんかわかんねえやつだが……今のところ敵意はねえのなら今のうちに逃げるべきか?」
「そーだな……武器を喰うなんてフツーじゃねえ。下手になんかして向かってきたらやべーんじゃねー?」
「だな……逃げるか」
「逃げるって言やあ、武器置いてけば多少の時間稼ぎ出来そうじゃねえ?」
「でも丸腰のとこを狙われたらこっちだって終わりだぜ。全部は無理だろ」
未だ硬い音を響かせて咀嚼し続ける獣さんを見上げながら男の人たちは逃げることに決めたらしい。
恐る恐るといった体で武器を置き、ある程度の距離まで後ずさりをすると、回れ右をして一目散に逃げていった。
光源も去って暗さを取り戻した森に残ったのは、放置された武器に、いまだガリゴリと咀嚼している獣さんと、わたし。
……私は逃げるタイミングがどうこうというわけではなくて、獣さんの毛並みをわりと気に入ってしまって少し離れがたくなっていたのだった。
もさもさだけどふんわりとした柔らかさが癖になる肌触りに加え、獣さんの温もりも心地良くて今までの疲労もあって眠気にも襲われていた。
そうしてふと、獣さんの咀嚼音が止んでいることに気がついた。
不思議に思って見上げてみれば、この暗い中で唯一わかる緑の瞳が、私をじっと見つめてきている気がする。
仄かに発光してるのか暗いのによく見える綺麗な瞳に目を奪われていると、獣さんはどうやら私が抱きついている方の足を動かしたかったらしい。私に支障がない程度に動かす素振りが伝わってくる。
離れがたくてええと唸ってみたが、向こうからも催促の声らしきくぐもったをあげられたので離れるしかない。
解放された獣さんはのっそりとした動きで動き出し、置き去りにされた武器を咥えてどこかへと歩み始めた。
本当に武器しか眼中に無いみたいで、私なんて振り向きもしない。
害が無さそうなのと道がわからなくなってたのもあって、一人になるよりはと私は獣さんの後を追いかけた。
でも、私はまた一人になった。
獣さんの歩む速度はけして速いわけではなかったけど、暗い中に覆い茂る草木によって視界を阻まれ手間取ってあっという間に見失ってしまったのだ。
耳をすませばがさがさという音がまだ聞き取れるけど、今歩いてる方向が合っているかはもう自信がない。
それでも一応突き進んでいると、キラッと何かの光が目に飛び込んできた。
その方向を目指すと、今まであった周囲の木々による黒い影が急に消えて差し込む月明かりが私を照らす。
たくさんの星空も見えるくらいの拓けた場所に出たようだけど、でも森を抜けられたわけではないみたい。
月明かりで見える範囲の景色が、キラキラと月光を反射する水面とそれを囲む木々で道らしき空間は見られなかったからだ。
一先ずあの獣さんもここにいるのかなとまた辺りを見回そうとして、私の視界を森の中で見たのと同じ鋭い光がまた掠めた。
なんの光だろう? とそちらを見やると、短剣を掲げる私と同い年くらいの男の子の姿を見つける。
なにやら嬉しそうに短剣を眺めていて、まだ私には気付いていない様子だ。
そして短剣がキラリと光を放ち、覚えのある眩しさにそれまでの光はその子によるものだったらしいと判断する。
武器が好きなのかずっと短剣を眺めるその子を眺めつつ、足下へと視線を向けてみると他にも武器が転がっていることに気が付いた。
……そしてなんだかそれには見覚えがある気がした。
男の人たちが置いてって獣さんが持っていったやつに見えなくもない。
でも、そうなると──さっきの獣さんがこの男の子ということになる。
獣になれる魔法なんてあるんだろうか? そして、あーなると武器ってバリバリいけちゃうものなんだろうか??
「あなたは、さっきの獣さん…なの…?」
頭の中で抱えきれずに呟きを漏らすと、その声が聞こえたんだろう、その子は短剣を下ろしてこちらに振り返った。
その瞳の色は獣さんとおんなじ、仄かに光る綺麗な緑色をしていた。
これが、私たちのはじまり。




