勇者と魔王の幻想曲【解説】
遅くなりまして、本当に申し訳ございません。
※※ネタバレ注意!!!※※
《簡易登場人物》
◇勇者:主人公。黒髪黒目。名前は光。
◆魔王:黒髪黒目。勇者より頭一つ以上身長が高い。何百年も生きているが、外見だけなら勇者より数歳年上にしか見えない。名前は祐樹。
◇ファリス:真っ赤な髪と目。額に三本の角がある。同性から見ても魅力的な体つきをしている。魔族の中では将軍のような立場。
◆ヴァレリー:紫の髪に金の目。左目に銀のモノクルをつけた美人。中性的な容姿。背中に黒い羽が生えている。魔族の中では宰相のような立場。
◆?:金の髪に緑の目。十二歳くらいの子どもの姿をしている。天使のような容姿。
1.はじめに
これは『勇者と魔王の幻想曲 』の解説になります。短編として書き、続きを書くつもりもない小説ではありますが裏設定やら何やらてんこ盛りです。本編を知らないと全くわからないと思うので、まだ読んでいない方は回れ右をしてください。ちょっとこだわってみた描写もあるので本編と合わせて読んでいただけると幸いです。
さて、題名からもわかる通り、キーポイントである“勇者”と“魔王”。それぞれの視点に分けて解説していきましょう。読んでみればわかると思いますが、王道から逸れている王道なファンタジーです。王道ではありませんが、王道物をひねった小説が多い昨今では珍しくない展開だと思います。要は様々な場所に散りばめられている様々な伏線に気付くかどうかです。解説を読んでなおわからない点があれば感想欄にでもお書きください。
2.勇者の視点
勇者、つまり主人公の少女ですが、具体的な年齢設定はしていません。高校生くらいだと思っていただければ十分です。そして、大方予想はできていたと思いますが日本からの召喚勇者です。
物語が始まる前の流れとしては、学校帰りに召喚される→混乱しているところにいきなり勇者になって魔王を討てと言われる→聖剣を押し付けられる(肌身離さず持つように言われる)→お城に滞在しつつ無理矢理戦闘を仕込まれる、といった感じ。
冒頭部分(最初の三行は除く)は召喚されてから数日後、考え事をする余裕が生まれてきた頃です。夜に地球のものとは全く違う月を見て、改めて異世界なのだと実感します。そして、地球人から見ると作り物のような月のようにこの世界も作り物――つまり夢だったら、と考えるのです。
しかし、その反面、帰りたいかと問われれば即答できません。なぜなら、勇者は元の世界に居場所がないからです。両親からの虐待、あるいは育児放棄を受けているのか、そうではなく事故などで亡くしたのか、学校でのいじめがあるのか、それとも本人が原因で周りに馴染めないのか。この辺りはハッキリと書かれているわけではないのでなんとなく感じ取っていただければと思います。
そこで登場するのが魔王。魔王側の視点は後ほど解説するとして、彼は勇者を連れ去ります。この時、聖剣は近くに立てかけてありましたが当然置き去りです。魔王が聖剣を持って行くはずもないので。……という裏設定。
目覚めてからの部屋の描写は、勇者の心理描写でもあります。召喚された城は居心地が悪い。けれども魔王の城には安心感がある。無意識のうちに“どちらが自分の味方なのか”を感じ取っていたのかもしれません。また、魔王の城の調度品が銀や青なのは勇者と魔王の“心の闇”とそれによる“冷たさ”、“召喚した人間たちと相反する”事のあらわれです。
そして魔王との対面。威圧感と少しの恐怖を感じます。これは彼が魔王だからではなく、なんとなく見透かされているような気がするからです。勇者は召喚された城である程度は教育を受けていたので“瘴気”“魔王”“魔族”についても少しだけ知っていますが、それはあくまで人間側の知識でしかありません。ここで少しだけズレが生じました。
勇者の人となりについても少しお話します。勇者は特別心優しいわけでも勇ましいわけでもありません。ごくごく普通の少女です。ただ良く言えば順応性が高く、悪く言えば流されやすいタイプではあります。物事をそれほど深く考えず長い物には巻かれる。それがこの物語の主人公です。
勇者が魔王の城に来てから数日が経ち、生活にも慣れ始めました。用事があって魔王の部屋へ行きましたが、ノックをしても返事がありません。魔王の部屋の扉は黒くて重そうですが、案外簡単に開きました。これは勇者が魔王の中へ入っていく描写です。部屋の中は真っ黒で、つまりは魔王の心の中も真っ黒という事になります。“手を伸ばせば届く距離。”この文は物理的な距離だけでなく、心の距離も含みます。そうして少しだけ触れました。
勇者が魔王の元を訪れた理由は、住まわせてもらっている代わりに料理をしたいという申し出のためです。一つは何もしないのが申し訳ないから。もう一つは、食文化の進んだ日本人にとってこの世界の料理は微妙な味だったからです。
初料理はオムライス。このチョイスに深い意味はありません。実はコンソメスープもついていたのですが、よくよく考えてみると固形のコンソメがないであろうこの世界で作るのは難しいという問題があって投稿前に削除しました。作者が料理をしない弊害です。
食事中に現れた謎の少年。彼は勇者を召喚した張本人です。裏設定として、魔力が多い者ほど体の成長が緩やかで寿命が長いというものがあります。この世界でも有数、もしかすると最も優れた魔術師である彼は、外見年齢と精神年齢が一致しません。なので得体の知れない人物、というのが勇者から見た印象。
ちなみに彼の名前等は設定されていませんが、魔術だけなら魔王よりも強いです。魔王の結界を破るくらいですから。ただし、武器ありの実戦+配下のファリスやヴァレリーも加わるとなると分が悪い。……はず。その場にいた魔王達をガン無視して余裕さえ見せる辺り、かなりの曲者です。実は魔王よりも長生きで全てを知っているのかもしれない。ご想像にお任せします。
面白い事が好きな彼は気まぐれに手を貸します。召喚もそうで、なんとなくやっただけ。罪悪感なんてものはありません。勇者を探して聖剣を届けたのは勇者の反応に興味があったから。勇者を召喚した国の王様からは従わないなら殺せと言われていましたが、面白そうだからという理由で生かしました。「王様には僕から言っておいてあげるよ」なんていうのは適当に言った嘘です。言うとしても「僕の玩具に手を出さないでね? 無理だろうけど」みたいな感じになるでしょう。
ペンダントを渡したのも気まぐれではありますが、一種の施しでもあります。聖剣は魔王を殺せる唯一の道具です。それ以外から受けた傷は時間が経てば癒えてしまいます。つまり聖剣は魔王が死ねる唯一の手段であり、また、もし魔王が勇者を裏切った場合、あるいは何らかの理由で魔王の力が暴走した場合の保険です。
そしてラストシーン。「勇者なんて知らない」発言=勇者の立場を捨てる(聖剣を扱える唯一の人物であり、聖剣がなくならない以上は無理ですが)という意思表示=魔王達と一緒にいたい、なんていう事を無意識にやっていた勇者に、三人はそれぞれ歓迎の意をあらわします。光という名前は魔王にとっての“光”という意味で名付けました。
3.魔王の視点
前提として、魔王は元勇者でもあります。それは物語の最後で登場する“祐樹”という名前でわかるでしょう。この世界の住人であるファリスやヴァレリーとは違い、明らかに日本人の名前です。また、彼の名前の由来は“勇気を持った人間になってほしい”という両親の願いからきています。しかし画数が悪かったので親の名前から一文字取って“祐樹”となりました。
両親の願い通り勇気ある青年に育った彼ですが、ある日突然異世界へ召喚されます。ちなみに、地球の時間は現在の勇者である光が召喚された時とほぼ同じですが、舞台となる異世界の時間は光が召喚された時よりも数百年前です。年齢としては大学生くらい。突然召喚されたにもかかわらず、彼は困った人々のために勇者として旅立ちます。
この時代の魔王は残虐非道とまではいかなくとも、人間の国を侵略しようと考える野心家ではありました。なので魔王を倒し、さぁ元の世界へ帰してくれという時。王様はこう言いました。「勇者殿は素晴らしい働きをしてくれた。その功績を称え、侯爵の地位と我が末姫を与えよう(要約)」実は、帰る方法など最初からなかったのです。
詳しく解説するなら、召喚術とは異世界からランダムで一人を引っ張り込む魔術。ランダムなので元いた場所の正確な位置など把握しておらず、下手に帰すと宇宙や海に出たりして死んでしまう。そもそも世界というのは複数存在するのでまた別の世界へ飛ばされてしまう可能性も高い。一方的に連れて来る事しかできない術という事です。
それから右翼曲折(国を飛び出して放浪したりファリスやヴァレリーと出会ってわちゃわちゃ)あって魔王になりました。侵略行為をしていないにもかかわらず土地目当てで送られてくる勇者を返り討ちにしたりしつつ比較的穏やかに暮らしていたのですが、新しい勇者召喚の知らせが入ります。話によると黒髪黒目でのっぺりとした顔立ち。偵察していた魔族曰く、魔王様によく似ている。丁度仕事もひと段落つき、時間が空いたため興味本位で見に行ってみました。そして冒頭へ。
窓辺に座って月を見上げる勇者は、魔王の目には儚く散ってしまいそうに映りました。その表情は何とも切なげで、涙を流さずに泣いているようにも見えます。よくよく観察してみるとこの世界の住人のように西洋人っぽい堀の深い顔立ちではなく、象牙色の肌をしたアジア人風。なぜかはわかりませんが、気になって仕方がありませんでした。
で、勢いのままに誘拐。暴れられないように気絶させた勇者を客室に寝かせ、一度部屋を出てヴァレリーに勇者を連れてきた事を告げます。ひと悶着ありますが言いくるめ、客室へ戻りました。この間にヴァレリーはため息を漏らしつつファリスへ伝えに行きます。それから目覚めた勇者とご対面。
ここで瘴気の解説をいたしますと、簡単に言えば魔族にとっての酸素のようなものです。ただしこの世界の人間には猛毒。少し吸うだけなら大丈夫ですが、長い間吸い続けると体がボロボロになってしまいます。15%ぐらいの確率で魔物化してしまう事も。この世界の魔物は二種類、人間や動物が瘴気で魔物化したものと元々魔物として生まれたものです。どちらも繁殖可能で、前者の場合、元の人間や動物の戦闘力によってはかなりの脅威となります。特徴は黒い体毛(髪)と赤い目。魔物と魔族は別物です。勇者が大丈夫なのは異世界の人間だから。瘴気が多い魔族の国へ行く事になるので重要な事です。そして、現在魔王は人間ですが(歴代魔王は魔族だった)異世界の人間なので普通に暮らしています。魔王にファリスやヴァレリーのような異形の部分がないのも人間である証拠です。
勇者に瘴気の話をした後、仕事のために退場。ヴァレリーに人型ではない魔族達を極力勇者に近付けないように指示します。客人扱いにするようにも指示していますが、当然ヴァレリーは難色を示しました。しかしゴリ押し。表面上は丁寧に接しているヴァレリーも、それ以外の魔族達も、勇者に対して警戒心を抱いています。もちろんフレンドリーなファリスもそう。ヴァレリーは立場や性格などから非常に慎重です。一方のファリスはおそらく無害だろうと思っています。触れ合う機会が一番多いからというのもありますが、平和な日本の女子高生が数日訓練したぐらいで魔王の次に強いファリスに敵うはずもなく、聖剣も手元にないので何かあっても対処できるという余裕です。
そんな感じで、実は勇者が知らないところで監視されながら数日が過ぎました。魔王に触れていた勇者にヴァレリーが驚いたのは、他人が近付き、更に触れているのに魔王が起きなかったからです。右翼曲折と省略した間にも何度も裏切られてきた魔王は非常に警戒心が強いところがあります。それになりに親しい人でも気配を感じたらすぐ起きます。なのに勇者に対しては無防備だった。それに驚いたわけです。
一方の魔王ですが、勇者に対して無防備なのは無自覚です。起きてすぐに勇者が離れたので触られていた事には気付いていません。それから、勇者が魔王を怖いと感じるのは似たところがあるからでしょう。故郷、闇を抱える事、プラスして数百年生きてきた年の功というのもあります。もしかすると勇者も現在の魔王のようになっていたかもしれないというifの未来が見えたのかもしれませんが――性格や実力差を考えると何らかの理由で親しくなった魔王を殺さなければならない未来が待っている可能性の方が高いですね。だからひかれる一方で拒絶する心がある。
勇者が提案した料理について、魔王が同意したのは言わずもがな。日本人だからです。記憶は薄れていても、やはり懐かしいものでしょう。ちなみに召喚前の魔王はたくさんの友人に囲まれていましたが、両親を亡くし、親戚間のゴタゴタで色々ありました。だからどうというわけでもありませんが、これも小さな闇の一つです。
終盤で登場した魔術師。彼が城にいる間、魔王の眉間には深い深いしわが刻まれていました。彼は“強い魔術師”“外見と精神が一致しない”“勇者を召喚した”という事ぐらいしか設定していないため、作者にとっても謎の人物です。短編だからというのもありますが、あえて設定しなかった面もあります。必要以上の設定を加えない事で無駄な描写を省き、飄々としたミステリアスな部分を演出――できていたら作者の思惑通りです。なんて言って、そこまで考えていたわけでもありませんが。
魔王サイドの反応から、只者ではない感じが出ていたら十分だと思っています。直接関わった事があるのか、ないけれども警戒するほどの大物なのか、どちらにしても彼は魔王に匹敵する脅威です。と言っても、魔王を殺せるのは聖剣だけで、聖剣の力を引き出せるのは勇者である以上仮に戦ったとしても完全な敗北はあり得ません。しかし、致命傷を与え、数十年の眠りにつかせる事は十二分に可能です。また、魔王を殺せるのは勇者という常識を覆しかねないほど非常識な人間であると、少なくとも周りの人々は認識しています。それが彼です。人間達も扱いに困っています。
ラストシーンに関しては、解説する事は特にありません。本文中に散りばめられていた“魔王が元勇者である”というヒントが、祐樹という名前によって一つにまとまったらいいなぁ(願望)とは思っています。ただ、普段ファンタジーを読まない人にとってはわかりにくい話だったのが反省するところですね。だからこそ解説を書いたのですが、こういった裏設定に気付けなくても楽しめる作品に仕上がっていれば幸いです。
勇者とは聖剣が使える唯一の人物で、更に瘴気を物ともしないので魔王を唯一殺せる人物でもあります。どちらも条件は“異世界人である事”です。気付いた方もいるでしょうが、魔王も元勇者であり、異世界人です。つまり聖剣を使えるもう一人の人間になります。勇者はそれに気付いていませんが、当然魔王は知っているでしょう。それが後々どういった影響を及ぼすのか……なんて、自分の中で想像してみるのも楽しくありませんか? 「どうせこうなるのだろう」と一番ありがちな展開を考えるのではなく、「自分ならこう書く」「こういう展開になったら面白そう」と更に世界を広げてみるのも一つの楽しみ方であり、作者としても嬉しい事だと思います。
4.おわりに
真っ暗な空間にメロディが鳴り響く。
ずっと伏せていた顔を上げた。
細く途切れそうな光の道を見て、私は……。
これは冒頭部分の詩みたいな作者にもよくわからない文です。視点は勇者で、メロディ=幻想曲。光の道というのは物語の最後にも出てきましたが、希望、つまり魔王達とこの世界で生きる道になります。
真っ暗な空間に小さな小さな光が生まれる。
彼は、その光を両手ですくった。
幻想曲が鳴り響く。
これは、勇者と魔王の物語。
こちらが一番最後の文です。全体を通してこれだけが三人称で、まとめ的なものになります。小さな小さな光=勇者、彼=魔王、のつもりで書きましたが解釈は自由なので違うように感じた人がいたらそれはそれで面白いですね。
幻想曲とは“作曲者が伝統的な形式にとらわれず幻想のおもむくままに自由に作曲した作品”だそうで、タイトルの幻想曲は伝統的な形式(王道である勇者が魔王を倒す物語)から外れた話である事からきています。単純に幻想曲のような言葉を使ってみたかったのもありますが。
調子の良い時に書くとキャラクターが勝手に動き、物語が回り出すので、作者でも読み返してから気付く点がたくさんあります。特にそういうつもりで書いたわけではないのに、よくよく読んでみると深い描写や解釈があったり。そんな発見をするのも楽しみの一つです。
この作品にも読んでもらった友人からの指摘で“意図せずに書いた物語の要になる要素”に気付き、面白いなぁと思いました。それと同時に、意図して伏線を張れる人をとても尊敬します。私の場合は頭の中にある設定をポロポロと漏らしてしまっているらしく、見直して余計を文を削っていつの間にか伏線が出来上がっていたりするので過剰な説明にならないように気を付けるのが大変なのです。
さて、本文とほとんど字数が同じという無駄に長い解説に付き合っていただき、ありがとうございます。あまりに長いので誤字脱字や書き漏らしもあるかもしれませんが、とりあえず書き終えた事にホッとしております。解説を書くと宣言してから何ヶ月も放置してしまい、申し訳ありません。また、解説の中に矛盾点や疑問点があれば感想にてご指摘いただければと思います。