勇者と魔王の幻想曲
7月くらいに書いた作品です。
以前別アカでうpしてましたが、中の人は同じなのでパクリではありません。
題名からわかる通り思いっきりファンタジー。
真っ暗な空間にメロディが鳴り響く。
ずっと伏せていた顔を上げた。
細く途切れそうな光の道を見て、私は……。
◆◇◆
月のきれいな夜だった。私は窓辺に座って月を眺める。
白と青の双子月。白というよりはクリーム色で、青というよりは薄い水色のそれは、いくら見ても見慣れない異邦のものだ。兎が餅をつく事のない、のっぺりとしたきれいすぎる月。
作り物みたいだ。
この世界もそう。始めは夢かと思った。夢じゃないとわかった時には話は既に進んでいて。
夢だったら、作り物だったら、どんなに良かったか。
だけど、私はどうしたいんだろう。このまま流されるか、元いた場所に戻りたいのか、私自身にもわからない。
今の境遇は嫌だけど、我慢できないほどじゃない。元の場所は……正直もっと嫌いだった。それなら、我慢する方がいいかもしれない。そう思ってしまう。
「泣いているのか」
「ふぇっ!?」
ぼんやりしていた私は、突然近くで聞こえた声に文字通り飛び上がった。すぐ目元に手をやるが、涙はない。
怪訝に思って声の主を確かめようと首をめぐらせると同時に、ピリッとした痛みが走って視界が暗転した。
気が付くと見慣れない部屋にいて、私は現状を把握するべく室内を見回した。
気を失うまでいた城の客室に負けず劣らず豪華な部屋だ。キングサイズの天蓋付きベッドに、毛の長いふかふかの絨毯。飾ってある皿や壺、絵は一々高そうで、家具に使われている木も高級なのだろう。城の客室と違うのは、そのセンスの良さだろうか。
あの部屋はとにかく私の趣味に合わなかった。金をこれでもかというほどに使い、銀の飾りは一つも見当たらない。天蓋のカーテンやら絨毯やら家具やら、果ては壁や天井にまで金が使われていたのにはうんざりしたものだ。
この部屋は素人目でもわかるほどに高級品でいっぱいだが、控えめでゴテゴテした感じがない。色合いもあの部屋の金と赤とは違い、銀や青を基調とした落ち着いたものだ。派手なものが苦手な私としては非常にありがたい。
部屋を一通り見終わっても誰かが来る気配がなかったので、私は一つだけあった窓に近付いた。バルコニーにつながっているようで、白いテーブルと椅子が見える。
見知らぬ場所にもかかわらずリラックスしきっている私は、わくわくしながら窓を開けた。そして絶句する。
そこにあったのは美しい青と緑ではなく、どんよりとした紫だった。
「何、これ……」
「瘴気だ」
思いがけず返ってきた答えに、私の心臓が跳ねた。どっしりとしていて揺るがず、どこか安心感のある低い声。
「しょうき?」
声も気になったが、瘴気という言葉には聞き覚えがある。確か魔物や魔族が生きるのに必要なもの。人間にとっては害にしかならないもの。
……あれ、どうして人間である私は平気なのだろう。
疑問が口に出ていたのか、声が答えてくれた。
「瘴気が害になるのはここで生まれた者だけだ。体のつくりが違う」
「そう……なんですか?」
言ってから、初めて私は彼を見た。
懐かしい黒い色。こちらに来てから色んな色を目にしたが、彼にはどの色よりも似合っているように思う。目は細く鋭く、黒曜石のように美しい。私より頭一つ分は確実に大きいその体は、そこにいるだけで威圧感を放っていた。
「あなたは……」
誰ですか、と聞こうとした時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「魔王様!」
まおう……?
魔王とは、魔族の王で人間を滅ぼそうとしている存在、だったはずだ。私の記憶が正しければ。
「ファリス、廊下を走るなと何度も言っているでしょう」
また一人入ってきた。
紫の髪に金の目。左目に銀のモノクルをつけた美人さんだ。女性にも見えるが、男性だろう。女性にしては背が高いし声も低い。背中に生えた黒い羽が人間でない事を語っている。
「いいじゃないの。走ったって誰も困らないでしょ」
そう言ったのはファリスと呼ばれた美女だ。同性から見ても魅力的なうらやましい体つきに、艶やかな笑み。真っ赤な髪と目は彼女を一層引き立てている。額に三本の角があるという事はやはり、彼女も魔族なのだろう。
「困る困らないの問題ではないのですよ。大体あなたは……」
「はいはい。アンタの説教は長いからいいわ。それより勇者よ!」
赤い目が私を捉える。
「あなたね?噂の勇者様は」
「あの、その……」
「大丈夫よ。取って食ったりしないから」
美女はくすくすと笑う。
「おい、ファリス」
混乱して頭の中がぐちゃぐちゃになっている私を見かねたのか、黒髪の青年が美女に言った。心なしか、眉間にしわが寄っている。
「あら、ごめんなさい。私はファリスよ。こっちのうるさいのがヴァレリー」
「あなたが大人しくしてくだされば静かになるんですがね」
紫の青年、ヴァレリーさんはファリスさんを軽く睨んでから私を見た。
「ヴァレリーと申します。何かあれば遠慮なく言ってくださいね」
「は、はぁ」
パンク寸前な私の頭は考える事を半ば放棄している。とりあえず曖昧に笑っておいた。
ヴァレリーさんはにっこり微笑むと、黒髪の青年に向き合う。
「さて、魔王様。そろそろ仕事のお時間です」
「あぁ、わかった」
頷き、部屋を出る青年とヴァレリーさん。ファリスさんは二人を見送ると、近くの椅子に座った。
「さぁ、何から話しましょうか」
私は何を言われるのかと、少し体を固くした。どういう経緯でここにいるのかはわからないが、私は彼らにとって敵であるはずだ。
「まずはそうね。服を何とかしなくっちゃ」
「……は?」
あまりに予想外の話で、私は気の抜けた声を出した。
「あなたに合うサイズってないのよね。ここで生活するなら必要でしょう?男の子のものならあるから、しばらくは我慢してもらえるかしら?新しいのを作らせるわ」
私がここで暮らす事は決定事項なようだ。口をはさむ間もなくファリスさんは言う。
「お風呂もちゃんとあるのよ。人間の女の子って毎日お風呂に入るんでしょう?外はちょっと危ないかもしれないけれど、城から出なければ問題ないわ。何か足りないものがあれば私かヴァレリーにでも言ってちょうだいね」
「え……は、はい」
どういう事だろうか。さらっておいて殺すわけでもなく、むしろすごく親切だ。尤も、彼らがその気なら私なんていつでも殺せるのだろうが。
「じゃ、私も仕事に戻るわ。また来るから」
私の頭に疑問符が張り付いたまま、ファリスさんは部屋から出て行ってしまったのだった。
数日経って、魔王城での生活にも少しずつ慣れてきた。
まずわかったのは、ここには私を傷つける者がいないという事だ。どういう理由で連れて来られたのかはサッパリだが、少なくとも害する意思はないらしい。肉体的にも精神的にも。ファリスさんやヴァレリーさん以外の魔族にも会ったが、敵というよりも客人のような扱いだった。
黒髪の青年はやはり魔王だそうだ。何百年も生きているらしいが、見た目は私より数歳年上なだけである。魔王にこう言うのも変な話ではあるが、悪い人ではないのだろう。ただ、無口で無表情なので何を考えているのかわからないから、個人的にちょっと怖い。
ファリスさんは将軍みたいな立場の人。ヴァレリーさんは宰相みたいな感じ。すごく偉い人だった。彼らが私を敵視しないから、他の魔族もそうなのかもしれない。
そしてもう一つ、気付いた事がある。それは私の周りにいる魔族についてだ。ファリスさんやヴァレリーさんに限らず、私が見かける魔族はみんな人型だった。けれども、魔族で人型をとれるのは非常に稀なのだ。
王城にいた頃に学んだ事ではあるが、思い出したのは偶然人型でない魔族と会った時だ。少なく見積もっても体長五メートルはあるキメラで、形容し難いほど怖かった。目の前にある巨大な爪、私なんて踏み潰せそうな太い足、頭に近い位置にある牙。今まで人型の魔族しか見なかったのは魔王さんたちの配慮なのだろう。私はどういう立場なのかと困惑すると同時に、無言の優しさに感謝したのだった。
日の光がないせいか、魔界はいつも薄暗い。この世界に電気があるはずもなく、ランプや蝋燭か魔法の光のみだ。初めはひどく気味が悪かったが、三日もすれば慣れてしまった。
城の絨毯といえば赤のイメージであるが、この城は青だった。全体的に青や紫、緑といった色を基調としているようだ。
その青い廊下を歩いていると、時々魔族の人とすれ違った。特に話すわけでもなく、軽く会釈をして通り過ぎる。おどおどするだけだった頃とは大違いだ。我ながら順応の早いものである。
目的の部屋の前に着くと、軽くノックをしてみた。……返事はない。聞こえなかったのかと思い今度は強めに叩いてみるが、やはり反応はなかった。
どうしようか。開けてもいいのか、また来るべきか。
正直、もう一度来れる自信はない。これでも結構な勇気を振り絞って来たのだ。時間を置けばうじうじ考えてしまいそうである。
私は思い切って扉を開けた。黒い重そうな扉は思いの外簡単に開き、真っ黒な部屋が私を迎え入れる。
「し、失礼します」
小さな声で言ったが、部屋の中は物音一つしなかった。
誰もいないのだろうか。
いや、そんなはずはない。ファリスさんに聞いて来たのだから、ここにいるはずである。
机も椅子も絨毯も本棚も黒。唯一カーテンだけが青かったが、黒づくめの部屋だ。高く積まれている本や書類が少し浮いて見えた。
その中で、部屋と同化している影がある。着ている服まで黒なものだから、入ってすぐには気付かなかった。
「魔王さん……?」
仕事が大変なのだろうか。机に伏せて眠っている。近付いて声をかけても起きる様子はない。悪い夢でも見ているのか眉間にしわが寄っていて、少し気になった。
やっぱりまた今度にするべきだろうか。それとも、起こすべきだろうか。
私は困って魔王さんを見下ろす。寝ている彼にはいつもの威圧感がなく、近くにいても怖いと思わなかった。普段怖いのは身の内に宿る力のせいか、感情が読みづらいせいか、いや。吸い込まれそうなほどに黒い目が私をうつすからなのだ。
手を伸ばせば届く距離。魔王さんはぐっすり眠っている。触ったら起きるだろうか。
そろそろと手を伸ばす。自分から誰かに触ろうと思ったのは久しぶりだ。もしかしたら、物心ついてから初めてかもしれない。
上下に揺れている肩にそっと触れた。ピクリともしない。調子に乗って私のような茶色交じりとは違う、漆黒の髪にも手が伸びる。柔らかそうに見えるが、どうなんだろう。
「勇者さん?」
突然声をかけられて、私は飛び上がった。慌てて見ると入り口にヴァレリーさんが立っていて、驚いたような視線をこちらに向けている。
「……ん……?」
「ひゃあっ!」
魔王さんが身じろぎすると同時に自分がしていた事を思い出し、すぐに飛びずさる。それこそ本棚にでも背中をぶつけそうな勢いで。
「寝てしまっていたか」
体を起こす魔王さん。私はますます後ずさった。
「えと、その、これはですね……」
よく考えると、あの魔王をなでなでしようとするなんて。まだ未遂だったけど、ヴァレリーさんが来なかったらそうしていたかもしれない。いくら魔王さんが親切な人でも、男の人をまるで子供みたいになでるなど失礼だろう。
魔王さんは相変わらずの無表情だが、私の態度を怪訝に思っているようだった。雰囲気がそう語っている。
「ところで勇者さん、何か用事があったのではないですか?」
日本人並みの空気を読むスキルを持つヴァレリーさんが助け舟を出してくれた。非常に助かったので心の中で感謝しながら話に乗る。用事があったのは事実だ。
「あのですね……もしご迷惑でなければ、私に料理をさせていただけませんか?」
よし、言った。言い切った。ファリスさんにも尋ねたのだが、魔王さんに聞いてみろと言われたのだ。
「料理?もしや、口に合いませんでしたか?」
「い、いえ。合わないというほどではないのですが……」
言葉を濁す。すると、魔王さんが口を開いた。
「わからなくは、ない」
そう、食べられないほどではないというのが問題なのだ。食べれる程度にまずい。食べられないよりも酷い拷問である。魔族たちにはそれが普通なようで、平然としていた。私が異常なのかと思ってしまいそうだったが、同意してもらえてホッとする。
「私、料理は得意なんです」
「わかった。厨房はファリスに案内してもらえ」
お世話になっている身としては何もしないというのも心苦しい。まずはできる事からという事で、食の改善である。
「ど、どうですか?」
私はガチガチに緊張しながら魔王さんたちの顔を見た。食材はほとんど向こうと同じだったので、まずいという事はないはずだ。それでも、感想を聞くまでは緊張する。
机の上に並べられているのはレタスのサラダとオムライス。ケチャップは自分で作った。
「何これ!こんなの初めて食べたわ!」
ファリスさんが興奮気味に言った。ヴァレリーさんは感心するように頷く。
「おいしいですね。どうやって作ったのですか?」
私はヴァレリーさんに答えながら、魔王さんの様子をうかがった。しかし次の瞬間、私ははじかれたように顔を上げる。覚えのある『力』の気配。ファリスさんとヴァレリーさんは警戒するように腰を浮かせ、魔王さんの眉間には今までにないほどのしわが刻まれた。
体が小さく震えている。彼には良い思い出がない。いや、彼に限った事ではないが。
「探したよ~。勇者クン」
彼はにっこりと微笑んだ。天使のようにかわいらしい笑みだが、私には悪魔にしか見えない。
金の髪に緑の目。十二歳くらいの子どもの姿をしている。実年齢は誰も知らない。少なくとも十二歳ではないだろう。
「ここ、結界張ってあるんだもん。苦労したよ~」
とても苦労したように見えない言い方だ。傷一つないし、息も乱していない。
「何、しに……」
「ん?これを届けに来たんだよ?」
そう言って何もない空間から取り出したのは剣だ。柄も鞘も真っ白で、金の蔦とドラゴンが描かれている。見覚えがないはずがない。肌身離さず持つように言われていたものだ。
「……聖、剣」
私は思わず身を引いた。
「ほら、受け取りなよ。君のものでしょ?」
その言葉は私の心に深く突き刺さった。魔王さんたちが優しくしてくれても、私がいくら否定しても、お前は魔王の敵なのだと言われているようだ。私に注がれる彼の目はそれを強く肯定しているように思えた。
「君の役目は魔王を殺す事だよ。できるよね?」
「まおうを、ころす……」
反芻して、魔王さんを見た。いつみても眉間のしわ以外に表情がないが、私には痛みを耐えているように見える。
震える手で受け取った聖剣を見下ろし、魔王さん、ファリスさん、ヴァレリーさんに目を移した。三人は何も言わない。ただ彼を警戒するだけだ。
「わたし……私、は」
両手に力を込める。
「私は、勇者なんて知らない」
大きく息を吐き、重い足を動かした。振りかぶり、聖剣を投げる。放物線を描き飛んで行った剣は、私たちの視界から消え失せた。ドボンと音がしたのは外の池にでも落ちたからだろう。
「あ~あ。よかったの?魔王さえ殺せば帰る事もできたのに」
ちらっと窓を見た彼は、やはり笑顔のまま言った。
「かまいません。あっちにも、あの城にも私の居場所はありませんでしたから」
「そう。後悔しないんだね?」
「はい」
キッパリ言うと、彼はおかしそうに笑った。
「いいねぇ、君。おもしろい。王様には僕から言っておいてあげるよ。仲の良い勇者と魔王ってのも観察しがいがあるし。……だけど、これは渡しておかなくちゃね」
彼は右手を一振りし、笛の付いた銀色のペンダントを取り出した。
「これは勇者が吹けば聖剣を召喚できる笛だよ。僕が持っていても仕方がないからね」
本当はこれも投げ捨ててしまいたかったが、彼がいつになく真剣な目をしていたので素直に受け取った。
「いい子だね。さぁ、僕はもう行くよ。また今度」
彼は来た時と同様忽然と消えた。しばらくしてから、魔王さんたちが警戒を解く。
「あなた、ここにいたいの?」
ファリスさんがポツリと言う。私はハッとして三人を見た。
「あっ!勝手にすみません。迷惑でしたか……?」
恐る恐るうかがう。ファリスさんはすごい勢いでかぶりを振った。
「とんでもない!歓迎するわよ!ねぇ、ヴァレリー」
「はい。もちろんです」
少し心が軽くなった私は魔王さんに目を移す。二人が何と言おうと、魔王さんが否と言えば否なのだ。
「料理、うまかった」
「はい」
「……また、作れ」
「はい!」
私は笑みを浮かべる。自分の料理を褒められたのも、ここにいて良いのだと言ってくれたのも死ぬほど嬉しかった。
「もし嫌いなものがあったら教えてくださいね。魔王さんには感謝してもしきれないです」
「……祐樹」
魔王さんがボソッと言った。
「え?」
「祐樹、だ」
ゆうき。
頭の中で繰り返してから、それが名前なのだと気が付いた。
「祐樹さん……ですか。私は光。光です」
「そうか」
「はい。ファリスさんとヴァレリーさんもヒカルと呼んでくださいね」
私は勇者ではない。私は光だ。
「じゃあ改めて、よろしくね。ヒカル」
「よろしくお願いします。小さな料理人さん」
暗闇の中に、光の道ができた瞬間だった。まだ細くて消えてしまいそうな道だけど、私は見失わないようにしっかりと心に刻む。
「はい。精一杯頑張ります」
私は、今日からここで生きるのだ。この世界の事を勉強して、人型でない魔族にも慣れなければならない。忙しくなりそうだが、未来は輝いて見えた。
◆◇◆
真っ暗な空間に小さな小さな光が生まれる。
彼は、その光を両手ですくった。
幻想曲が鳴り響く。
これは、勇者と魔王の物語。
別アカでうpしていた時に解説の希望があったので近いうちに載せたいと思います。
続編の希望もありましたが書けそうならということで←