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山姫伝説  作者: かぶる
1/1

前口上 



「よぉ、兄さん」


 声をかけられ後ろを振り返ってみると、一人の男が立っていた。

 健康的な日焼けした肌に、適度に鍛えられた体は、一見するとやり手の強者(つわもの)に見えるが、男の纏う雰囲気は小物のそれだ。

 対して声をかけられたほうの青年は、色白で女性と見紛うような華奢な体格をしている。


「何のようだ」


 不機嫌そうな声で答えると、男はなにが可笑しいのかニタニタと笑いだした。


「いやぁ、実は一週間前にアンタが山のような大男を殺したのを見てなぁ……」


 男がそう言うと同時に物陰から三、四人の男達が出てくる。

 どうやら男達は賊の類いで、声をかけてきた男は賊の(かしら)のようだ。


「なにかの見間違いじゃないですかい? こんな細腕じゃあ、アンタの言う大男は殺せませんよ」


 少し困ったように言う青年に、頭は苦笑した。


「確かに、俺も一瞬見間違いかと思ったが……確かに見たんだぜ。」


 頭が、腰にさした刀を抜く。それに続いて、青年を取り囲む男達も刀を抜いたり、懐から拳銃を取り出した。

 第三者が見れば、すぐに奉行所に通報しそうな光景だが、今、青年達がいる場所は路地裏。

 誰一人として見ていない。

 頭は余裕綽々といった風体で、こう、青年に言い放った。


「アンタ……<山姫>だろ?」


 びゅうっ……と突如、怪しい風が吹いた。

 頭の言葉に、青年の目が怪しく光る。


「……殺されるくらいの覚悟は、してるんだろう?」


 先程とは打って変わった青年の、低く、恐ろしく、美しい声音に、男達は半歩、無意識のうちに下がる。しかし、相手は一人。自分達は五人。刀も、銃も持っている。少し離れたところには十人の仲間が待機している。

 不安を抱く要素は一つもない。

 一歩、男達が青年に詰め寄る。

 それと同時に、分厚い雲が太陽を覆い隠す。

 直後、裏路地が紅い鮮血に彩られる。




 <山姫>

 山奥に潜む、美しい女の妖怪とされる。

 その伝承は多くあり、故にどれが真実に近いのかは定かではない。

 しかしいずれも、踵にまで届く長い髪に若い女であった、という部分だけは一致している。

 山姫に笑いかけられ思わず笑い返せば、生き血を吸われ死ぬという。


 ……とある場所に、<山姫>にまつわる一つの伝承がある。

 ある日、山を三つ越えた場所にある市場に行くため、一人の男がその山を越えていた。

 その男は滅多なことでは表情を変えない、木偶の坊(でくのぼう)のような男であった。

 道中、あたりはすっかり暗くなり、男が仕方なく休憩をとっていると、目の前に一人の美しい、若い女が現れた。

 女は言った。


「もしよろしければ、私の家で泊まっていかれてはどうでしょうか」


 男はこれは有難い、そう思い、女の申し出を受けることにした。

 女の家は貧しくも無く、かといって裕福でも無い、普通の家だった。

 男は女に勧められるまま飯を食い、寝床で丸くなって寝た。

 翌日、男は女に起こされて起きた。


「どうもありがとう。私はこれから市場へ行くのだが、もし、買ってこられるものがありましたら何か買ってきましょうか」

「いいえ、そんなこと、必要はありませぬ。ただ、帰りにまた、この家に寄って下さいませんか」


 男は女の申し出を嬉々として受け入れ、また来る、そう約束して市場へと出かけた。

 市場からの帰り道。

 男は女との約束を思い出し、急いで女の家へと向かった。

 女の家の扉を開ければ、そこには嬉しそうに微笑む女が囲炉裏の前で座っていた。

 その姿に男は嬉しく思いながらも、しかしその顔は少しも笑おうとはしていなかった。

 しばらくして、男と女は結ばれ、二人の間には二人の子供が生まれた。

 その間、いくら女が笑いかけても、男は少しも笑おうとはしなかった。

 一家は、貧しくも裕福でもなく、それでも村一番の幸せな家族として知られていった。

 あるとき妻となった女が言った。


「なぜ、あなたは笑わないのか」


 悲しげな表情をしながら、妻は言った。

 男は、


「笑わないのではない、笑えないのだ。笑ったその瞬間、この幸せな時間が失われそうで」


 男の言葉に、妻ははっと胸をつかれた。

 この、夫となった愛しい人は、自分の秘密を知っている。

 女は男の前で初めて涙をぽろぽろと零した。


「いつから、ですか」


 泣き崩れる女の姿に心を痛めながらも、男は口を開いた。


「お前と初めて会ったあと、市場で、一人の僧侶を出会った。なんとなく、私はその僧侶にお前のことを話したのだ。すると僧侶は厳しい顔で『その女に会ってはならん。会ったとしても、決して笑いかけてはならん』と。なぜかと私が問うと、『その女は、きっと山姫だ。自分に笑みを返した人間を捕って喰う、恐ろしい鬼女よ』……と。しかし、私は信じられなかった。たった二、三言会話を交わしただけなのに、お前を疑うということが少しもできなかったのよ。

 ……私は僧侶の言うことを聞かずにお前の居るあの家へと向かった。そして、見てしまったのだよ。お前の後ろに、血塗られた刃物と人の骨があるのを。恐ろしかった。しかし、嬉しそうに微笑むお前を見ていると、どうしても見捨てることができなかった。だから私は、どんなに幸せでも絶対に笑ってはいけない。お前と一緒にいるために。そう決めたのだよ。」


 その言葉を聞き、女はただただ涙を零した。

 そして、こう言った。


「確かに、最初はあなたを喰うつもりでした。けれど、今ではあなたのことを、心の底から、深く、深くただ深く愛しております……。しかし、あなたと一緒に居ることは、もう、できませぬ。今までの二人の子は、ただの人として産まれてきてくれましたが、今、私の腹の中にある新たな命は、きっと人を、あなたを、子を、喰う」


 女は、驚きの表情を浮かべた男と、その横ですやすやと寝息をたてる我が子を愛おしそうに眺めた後、姿を消した。

 男とその子供の目の前に、二度と現れることはなくなった。















※後半の山姫伝承は作者による創作です


読了、ありがとうございました。

技術的にいたらない点は多々ありますが、温かい目で見守ってくだされば、と思います。


後半に出てくる山姫ですが、本当に各地に伝承があります。

本文にもあるとおり、「若い女」という部分はかわらないのですが、綺麗な十二単を着ているだとか、半裸だとか服装だけでもさまざまです。

山姫の弱点もバラバラなので、皆さんも調べてみると面白いと思います。

そして、面白いエピソード等がございましたら、作者にご一報を(笑)


誤字脱字、アドバイス等がござましたら、お教えください。

もちろん、感想もお待ちしております。

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