二話
「黒天子…一体誰なんですかアレ!」
李月の混乱してきた頭はもはや、冷静さを欠いていた。
森羅はポケットから棒がついたキャンディーを取り出し、一人カリカリとした妹尾ににっこり微笑んでそれを差し出した。勿論受け取りはしなかったが、それはそれで森羅が平らげ問題はなかったのだが。
「アレは森羅の実の弟、東条 黒子。ちゃんと登録されたここの生徒だ」
「えっ?でもそうしたらアンタは二年…俺は一年だから同じ年…授業なんかで見たことがない」
「そうだよ。だって日がなあの棺にいるんだから」
森羅は奥に隠すようにして布が掛けられた棺を見下ろし、掛けていた布をはぐって棺を露にさせた。
明るいときに見るとやけに不気味に感じられ、李月は俯いて見るのをやめた。
森羅はそんな棺を大事そうに撫で、穏やかな表情のまま李月を見つめた。
「生まれた時いや、それよりずっと前に、信じられないかもしれないけれどこの子は宿命があって呪いを受けてね。昼は出歩けないし、感情なんてない。目はうつろで、呪いの刻印が両目に刻まれている」
李月はあの時出会ったことを思い出した。
確かに目には不可解な模様が刻まれていて、うつろだったが、かすかに笑んでいた。
一体何が呪いだというのか。李月には理解に至らない。
「彼を呪いから救って、彼の感情と失われた力を取り戻すにはそれに代替する人と、強い感情の源である負を断ち切ることが必要なんだ。代替する役目を僕は担いたかったったんだけれど…どうやら黒天子は君を選んだようだ」
「何だって?」
李月は半分に聞いていた話にようやく引き戻されて眉根を寄せた。
この二人が作り出した夢物語の世界にどうしてこうも巻き込まれなくてはいけないのか。
そしてわざわざ自分の部室が奪われなくてはいけなかったのか。次第にそれは怒りに変わり、李月は大きく机を叩いて立ち上がった。
「いい加減にしろ!そんなお遊びのために、俺が入学してから頑張って立ち上げた部活を潰されなきゃいけなかったのか!」
「妹尾くん、落ち着いて…」
「大体、呪いだとかそんなの、あるわけがないだろ、高校生にもなって恥ずかしくないのか!俺に構うな、絶対にこの場所は取り返してやるからな!」
「あ、待って妹尾くんっ…!」
李月は立ち上がり、出て行こうと制止する森羅を押し切って戸口を目指した。
だがそこに立ちはだかっていたのは天白で、この部室唯一の出口である扉を背に腕を組んで立っていた。
「まあ、人の話は最後まで聞くもんだ。それが納得いかなきゃそれでいい。だが俺たちは誓って嘘は言ってねえ。森羅万象の話を最後まで聞いたら帰してやる」
「なんだとっ?!」
「いいよ、白源天…あんまり脅したりしちゃ駄目だ」
今にも掴みかかりそうな李月を宥め、興奮した様子の彼に森羅は残念そうな笑顔をみせる。
「ちゃんと話しておきたかったけれど…仕方ないね。君の部室を無理やり奪ったのは事実だし…君が本当に知りたくなったらまたおいで。待ってるよ」
「…言われなくても、それまでには風紀同好会が復活してるだろうけど」
ドン、と天白を突き飛ばし、李月は無名部となった部室を後にした。
一人納得がいかない様子の天白は舌打ちし、まだ残念そうにしている森羅に返った。
「いいのかよ、あいつ」
「いいさ。どの道、彼は僕達と関わる運命なんだから…」