第一章 出会い
「天白さんっ、俺と…付き合って下さい!」
その日、天白源は何度目かの告白をうんざりとした様子で眺め、大きく間を置いて考えるそぶりをしていた。ヒダスカートの下から覗く真っ白ですらっとした生足は、ニーハイソックスのお蔭でその存在を更に強調させている。ほんのりと頬を染めてそんな天白の足に視線を落としていた少年は、高鳴る心臓にまるで杭を打たれるように、そっと近づいてきた彼女に耳元でこんなことを囁かれた。
「君、一年だね?」
「えっ、はい!そうです」
「じゃあ、二年の先輩に聞いておいで、俺の性別を、なっ」
何の構えもしているはずがない哀れな少年は、渾身の力で握られた拳で頬を強く殴られ、のけぞり倒れこむ。
完全にノックアウトしてしまった少年を見下ろし、彼女、もとい彼は大きく息をついた。
ピンク色の規則違反なかわいい制服に身をつつみ、長く、お姫様カットされた愛らしい容貌の彼、天白源は言い寄ってくる同姓の学生に悩んでいた。
ふんわりと香る髪をなびかせ、フン、と鼻を鳴らした。
この学校ではもはや、恒例行事の一つでもある。
「おーい、白源天!」
ふと、天白は上の階から声を掛けられて見上げる。
自分をそんな変な名前で呼ぶのは一人しかいない。告白を受けたときよりもうんざりとした顔で天白は声を掛けてきた少年、東条 森羅に聞き返す。
「何だよ?」
「いーもの見つけたんだ!部室においでよ!」
窓から身を乗り出し、落ちるのではと危惧するほど大げさに手を振って、森羅は満面の笑顔を浮かべていた。
いつものように彼にトラブルを持ち込まれていた天白は首を振って頭を抱えたが、どうしても彼には逆らえず、とぼとぼと足を引きずるようにしてその場を後にするのだった。
無名部と掲げられた部室に足を運んだ天白は、目の前の客人の姿に目を丸くした。
ツン、ととがった短い黒髪と長い前髪。今まで眼鏡なんかしてはいなかったが、目の前にいるのは知人の少年に間違いなかった。
暫く言葉を失っていた天白は、突然その少年に詰め寄ると、胸倉を掴んでキッとした眼差しで彼を睨み上げた。
「黒天子…!てっめぇ散々心配かけやがっ…て…ん?目の刻印がない…?」
少年は見ず知らずの女の子(正確には女装した少年)
が掴みかかって来たため、おどおどとした様子で目を逸らしていた。
側に居た森羅はその様子がよっぽど面白かったのか、大きく腹を抱えて笑い、指まで指して彼の姿に喜んだ。
「あははっ、白源天、ったら変なかおっ…あははっ!」
「てっめ、森羅どういうことだよ?!」
「…放してください」
パッと天白の手を払った少年、李月はようやく平静を取り戻したのか、いつもの通り取り澄ました表情となって咳払いをした。天白はそんな李月の態度が気に入らなかったのか、舌打ちを一つしてパイプ椅子にのけぞるようにして座り込み、じっと李月の顔を見つめた。
「驚いたな…そっくりだ。お前、何者だ…?」
李月はようやく一番触れたかった話題に持ち込むことが出来たため、安堵のため息をつき
改めたように天白に向き直って真面目な表情を見せる。
「そのことでお話があったんです、ここは俺たち、風紀同好会の部室。失礼ながら昨晩、この部室の偵察に参りました」
「ほおー、大胆だね、ね、白源天」
「うるさい、てめぇは黙ってろ」
「そこで、俺は…俺を見ました」
茶化しに入っていた森羅は、真面目な表情の李月にそっと振り返り、今までだらしない表情をしていた顔を一気に引き締めて口を閉じた。
この発言に、天白も驚いたのか口を出せずに唖然とした様子で彼を見つめている。
「突然、あなた方のよく分からない部活に部室を奪われ…昨日はあんなことまで…そこの、そこの棺に確かに俺とそっくりなヤツがいて…!」
天白は暫く、伺うように李月を見つめていたが、やがて目配せするように森羅を見つめた。
森羅は肩をすくめ、ぶら下げていたスポーツバッグから一本の懐中電灯を取り出す。
「昨日、部室に落ちてたってさ、黒天子が言っていた」
「それは…!俺が昨日落とした懐中電灯…!」
「はー、なるほどな、マジでアンタ、俺たちの部室に入り込んだわけか」
「俺たちの、です」
「ま、なんでもいいけどよ」
森羅は李月に向き直った。
「よく聞いて妹尾くん。君には信じられない話かもしれないけれど、あの棺は僕にしか開けられない特殊な棺なんだ」
「だから何なんです、俺はそんなこと聞きにきたんじゃなくて…部室を…」
「彼は夜にしか起きず、僕が開けてあげないと自力じゃ開けられないんだ」
不平不満を垂れ流そうとする李月を止めるように、森羅は強い口調で告げた。
どうして自分が部室を奪われたのか、そもそもこの部活は何なのか、そしてアレは誰で何者なのか。
一度に尋ねようとしていた質問がかき消され、代わりに森羅は新たな疑問を李月に与えた。
「君はあの棺で眠っていた少年、黒天子に選ばれたんだ」
「はっ…?」
じっと見つめられる四つの目玉。
聞き返した李月は何となく、自分は現実に戻れなくなるのを予感していた。
平凡に自分が作った部活を楽しんでいた彼に突然訪れた非現実。
森羅はわくわくした子供のように、弾んだ声で続けた。
「ようこそ妹尾くん!君は今日から無名部の一員だ!」
遠く、めまいがする感覚を覚えながら李月は、たった一言返した。
「絶対にお断りします」