第二話
―――カチャカチャ
薄暗い部屋静かな部屋の中に響くのはパソコンのキーボードを叩く音。
それは絶え間なく、部屋の中に響きわたる。
部屋の中では、明かりをつけておらず、唯一の明かりともいえる光はパソコンの画面からあふれ出す光のみ。
パソコンの緑をベースとした画面上には、長々とした暗号と思わしきアルファベットで綴られた文と数字が白く浮き上がっていた。
突如、音が途絶えた。
その次の瞬間、パソコンの画面が真っ赤な色へと染まる。
画面の真ん中には髑髏が現れる。
そして、黒い文字が描かれてゆく。
GAME OVER
「ちっ。」
俺は小さく舌打ちをして、パソコンの電源を切った。
やられた。
コテンパンにやられた。
もう、何回このゲームに挑戦したことか・・・。
あぁー、難しすぎんだよ、この暗号解読ゲームは。
そう、只今、俺は絶賛お遊び中だったのだ。
近年、人気な暗号解読のゲームの初級に挑戦している。
おいっ、初級もクリアできなくてどうする、だと?
俺がバカなんじゃなくて、このゲームが難しすぎるんだよ!!
しゃーねぇだろ、クリアできなくても。
何?
取り扱い書に「初級レベルならば小学生のお子様にもお楽しみいただけます」って書いてある、だと?
そんなの、見間違いに決まってる!!
えっ、仕事をするんじゃなかったのか?
してるじゃねーか。
まずは、このゲームをクリアすることが俺の仕事だ!
次に、新作のゲームを試して、そのほかにもあれをやって、今度はあのゲームをやって・・・。
まぁ、他にもやりたいゲームはたくさんあるんだが、それはまた今度。
さっきの絶賛お遊び中はなんだったかって?
・・・まぁ、それはそれ、これはこれ、だ!!
・・・にしても、新しいパソコン欲しいなー。
俺が今さっき使っていたパソコンは、何年も前に使われていた旧式のもの。
今の時代、大抵の子供は新世代のパソコン。
〔インデバイト・コミュニケーション〕
インコミって言うものを使っている。
ポケットに入れられ手乗りサイズの小型機器で、形は卵のような楕円型をしていて、横から見るととても薄い。
要するに旧式携帯を楕円型にした形をしていると言うことだ。画面に手を触れると、そこから赤外線センサーが反応して空中に、所謂パソコンの画面とキーボードに当たる半透明な色をしたパネルを映し出す。画面とパネルは連動していて、画面上に出てくるものを、パソコンで言うキーボードにあたるパネルを使って操作できる。
しかも、立体的にものを映し出すこともできるのだ。
あー。俺も欲しー!
映画をインコミ使って見るときの、あの迫力感!
友達にインコミを貸してもらって、一日、自分の所要物とできたときの感動は忘れられない。
あぁ、なんで友達は皆インコミ持ってるのに俺は持っていないんだ?
俺の妹にさえあると言うのに、なぜ俺だけ・・・。
いじめだ。これは家族からのいじめなんだ!
俺が憂鬱に浸って椅子の背もたれに全体重をかけていると、ベッドの上に放り出した鞄が微かに振動する。
そういや、携帯、鞄の中に入れっぱなしだった。
俺は携帯のメール機能と電話を区別するため、メールの場合はバイブ音に設定してある。
俺は、面倒くさいと軽く思いながら、椅子から立ち上がって、携帯をとりにいった。
本来ならば、インコミには携帯電話の機能も完備されているため、インコミひとつ持っていれば、
携帯もパソコンも不要なのだが、両親が買ってくれないのだ。
それを思い出して、俺は先ほどよりも更に気を重くしながらも携帯の画面を確認する。
[メール 一通]
ふーん。誰からだろ。
俺は、いそいそとメールボックスを開ける。
メールの送信者名は・・・。
[ボス]
・・・。
・・・・・・。
・・・うそっ!
ボスからメール!!?
いきなり来たメールの送信者名に俺は、驚いた。
この人からは、2カ月近くメールが来ていなかったから。
普通は、2カ月でそこまで驚かないのだろうが。
ボス。
その者の名前は知らない。
分かるのは、仕事における、俺の上司で男。
だから、俺はボスって呼ぶことにした。
(だってカッコいいだろ?)
あと、もうひとつだけ分かることがある。
いや、これはあくまでも俺の予想だが、ボスの仕事は・・・
スパイ界の管理職、なんじゃないのだろうか。
俺は高校生にしながらも、仕事をしている。
それも、普通の仕事ではない。
だから、俺は誰にも俺の職業を教えなかった。
俺の家族でさえも・・・。
俺の仕事・・・。
それは
――――――スパイ。
ただの平凡な高校1年生だった俺がスパイになったきっかけは、ごくごく単純なもの。
たまたま、人手不足だったスパイの活動場所に、俺が通りかかったから。
そこは人通りの少ない場所で、そこにいた一般市民は俺だけだったらしい。
ボスの目に留まり、無理やりスパイ業を始めることになった。
人気の少ない路地で、黒いサングラスをかけた全身黒のスーツを来た、年齢の判断できない男に声をかけられた。
髪は漆黒の色をしていて艶があり、顔には皺ひとつなく、凛とした雰囲気を持った、すらっとしながらも筋肉を持った体格の男だった。
『おい、そこの君。 簡単な仕事をしてお金を稼いでみないかい?』
この一言が始まりだ。
俺は、ちょうどそのとき金欠だったため、ふたつ返事でOKしてしまった。
麻薬関係とかの可能性があるのだが、そこまで頭が回らないバカな俺の返事は即答だった。
まぁ、かくして俺はめでたしめでたし。
スパイになったのでありました。
そして、その日のうちに初仕事場まで、誘拐・・・ではなく、案内してもらい、囮として使い捨て・・・ではなく、まぁ仕事をさせて頂いたわけです。
後日、約束どおり俺の銀行口座に初仕事の報酬が振り込まれていた。
・・・約500円というね。
いくらなんでも少なすぎないか!?
俺は囮として、命かけてたんだ!!
もっとそれに見合う報酬をくれないのかよ!!?
あのときの恐怖はもう二度と味わうまい。
絶対仕事は、しっかりとどんなものかを知った上でやろう!
そう決心した俺の心構えは、その二日後、粉々に崩れ去ってしまった。
『やぁ、新米スパイ君。 新しい依頼が入ってね。
君の存在は欠かせない仕事になりそうだから、また手伝ってもらうよ。』
俺が、散歩でもしようと家を出た瞬間に、目の前に現れたベンツの黒光りする車と黒できめたスーツの男。
俺の耳には、男の言葉の真意がはっきりと聞き取れた。
こうして俺はまた、囮として連行され・・・、新たな仕事を与えられたのだった。
そして、最近になり、スパイの人手不足も解消されつつあり、俺は平和なschool life☆を送っていたのだが。
・・・とんでもなく、嫌な予感がする。
ものすごく嫌な予感がする。
このメールは無視すべきだと、俺の頭の中の警鐘が鳴り響く。
無視しよう。
このメールは無視しよう。
さぁ、ボスよ、スパイよ、さようなら。
俺は平和な生活が欲しいのだ。
何がうれしくて、わざわざ500円に命を懸けて囮にならねばならんのだ。
俺はスパイから手を引くよ。
もう二度と、スパイ生活なんて・・・。
そんな俺の決心を打ち砕くように、俺の目は捉えてしまったのだ。
メールの題名の部分に書かれた脅し・・・、ではなく、要求の言葉に。
[題名:このメールを受信してから、10分以内にメールを返信し、内容を消去したまえ。 でないと・・・。]
俺は、やっぱりスパイ生活を続けることにします。