柿の種(セミ)
セミはいいよな。
全裸で奇声あげながらションベンを通行人にぶっかけても、「ああ、夏だねぇ」で済まされる。
人間がやったらニュースになる。全国放送だ。近所の回覧板にも載る。
理不尽だ。
俺だって暑いんだよ。
朝起きた瞬間から空気はぬるいし、シャツは着た瞬間に汗で張り付くし、外へ出ればアスファルトが照り返してくる。
セミは「ミーンミンミン」とか鳴いてるけど、お前ら絶対楽しくて鳴いてないだろ。
あれは断末魔だ。
「暑い!」「死ぬ!」「嫁どこだ!」を昆虫語で叫んでるだけだ。
分かるよ。
今この瞬間だけなんか俺の前世セミだった気がしてきたし。
鳴き返してやろうか。
「ベヒヒヒヒ…」
俺も毎朝そんな気持ちで会社に向かってる。
満員電車で押し潰されて、ようやく着いたと思えばエアコンの設定温度を巡る戦争。
寒い派と暑い派の冷戦は今日も続く。
誰かが一度下げて、誰かが上げる。
昼飯を食えば眠くなる。
仕事は終わらない。
メールは増える。
電話は鳴る。
「ちょっといいですか?」はちっともよくない。
帰る頃には空はまだ明るくて、「今日も一日終わったな」という実感だけが夕焼けに置いていかれる。
コンビニでアイスを買う。
五分で溶ける。
俺のやる気より長持ちしない。
家に帰れば湿気。
いや、猛暑。
風呂から出れば汗。
寝ようと思えばセミが鳴く。
夜なんだから寝ろ。
いや、お前らも寝られないのか。
……分かるよ。
結局みんな暑いんだ。
夏ってそういう季節なんだろう。
だからもう。
もう夏なんて、来なくていいんじゃないか。
その瞬間、遥か宇宙の彼方から大魔王けみにーけんぬよが飛来した。
大魔王けみにーけんぬよは地球を見るなり「ほう」とだけ呟き、三秒で地球を踏まれた柿の種みたいに粉々に砕いた。
人類も夏も冬も会社もセミも全部一緒に宇宙へ散った。
こうして夏は二度と来なかった。
めでたし、めでたし。




